体験の解像度を上げるには?

A Design in the Life / 日常にあるデザイン #4

人が認識する体験の解像度とは

交通事故にあったとき、人生の出来事が走馬灯のようにゆっくりと振り返って流れるといわれています。幸いなことに、私はまだそういった事故や体験に出会ったことはありません。けれども楽しかったり集中していたりして、あっという間に時間が過ぎるとき、退屈で何度も時計を見て、なかなか時間が進まないときなど「脳が感じる時間」があることは理解しています。

The Horse in Motion (Eadweard Muybridge撮影)

この馬が走っている連続写真は1878年に当時は最先端である木製の大型カメラを12台並べてエドワード・マイブリッジ氏が撮影したものです。当時、馬がもっとも高速で走る「ギャロップ」と呼ばれる特殊な走り方について議論がなされており、この連続写真によって初めて「すべての足が地面から浮いている瞬間があること」の確証が取れたのです。このギャロップと呼ばれる走り方は、物理的にも生物的にももっとも効率の良い動きであり、それによって馬は長時間高速で走り続けることができると言われています。

近視や遠視の場合、視力の合った新しいメガネをかけたとき、一気に世界が鮮明になったような気分になります。雑踏の中の騒音を遮って、ノイズキャンセリングヘッドフォンで音楽を聴くと楽器ひとつひとつがくっきりと浮かび上がります。これは「解像度があがる」という身体的な現象でもあり、個人的な感覚でもあります。もともと目が良い人、あまり音楽を聴かない人にとっては理解しづらい感覚かもしれません。私はなにかこういった、ある出来事によって、ものの見方が変わるような体験や経験をとても尊重し、日々期待しています。日頃から、なんだかよくわからないけど使いづらい、理由はよくわからないけれどなぜかこうなっている、その「わからない」状況から脱したいと考えているのです。なにか新しい知識や視点を得る、新しい体験をすることで、その理由や背景、フリクションと呼ばれる引っ掛かりが理解できるとその体験について興味が湧いてくるだけでなく、さらに深く広く知ろうと観察したり、調べたり、解決策を考えたりしたくなるのです。

言語化が得意な習熟したデザイナーであれば、なにが理由で使いづらいのか、楽しいのか、それを的確にとらえることで他のプロダクトやサービスでも再現できるようになるのだと考えていることでしょう。ではそういった体験にまつわる視点の解像度を上げるには、どういう心がけが必要なのでしょうか?

時間方向に細かく分解してみる

単純な体験だと思っていたことを、細かい体験に分解してみる

なにかの体験をより高解像度で把握する一番手軽な方法は、時間方向に分解することです。たとえば「コーヒーショップでコーヒーを頼んでテイクアウトする」という体験は、一見シンプルな行動に思えます。中心となる体験を「コーヒーを味わう」と、単純に考えがちです。ここでの行動を考えたとき、次のような流れが一般的です。

どのコーヒーを注文するか決める → 支払う → 受け取る → コーヒーを味わう

けれどもそのひとつひとつの決定や選択は、さらに細かい要素が含まれているはずです。

どのコーヒーを注文するのか考える

  →定番のいつもの商品にするのか?
  →どのサイズにしようか?
  →メニューを一通り見て、自分が頼もうとする商品を見つけられたか?
  →季節の新製品にしてみるのか?
  →メニューからなにか品切れになっていないか?
  →注文は正しく店員に伝わったか?
  →テイクアウトであるということを伝えたか?
  →オプションを加えるのか?加えないのか? 追加でスナックも買うのか?
  →テイクアウトしようと思ったが、店内が空いているので少し店内で時間を過ごしていこうか?

支払う

  →どの支払い方法を利用しようか?
  →ちょうど足りるくらいの現金を持っていただろうか?
  →クレジットカード、電子決済で支払おうか? チャージは残っていただろうか?
  →コーヒーショップ専用のアプリで支払おうか? アプリはスマホのどこから起動できる?
  →スタンプカードを利用していただろうか? いま持っているだろうか?

大抵の場合、これらを一瞬で考えたり判断していたりします。さらにもっと細かい思考や判断をしている人もいるでしょう。この体験のひとつひとつがスムーズなのか、面倒なのか、よくわからない状態なのかでサービス体験の質が大きく変わってきます。

体験の周辺や前後も考察する

同じくコーヒーショップの例を続けて考えます。体験の解像度を考える際、その中心となる体験そのものの、前後の体験も考えることで、さらに体験の解像度があがると考えています。

コーヒーを味わう前後の体験 

 →どのコーヒーショップに行くか検討する
 →コーヒーショップに入った瞬間の香り
 →店内にある広告やメニューを見る
 →注文するまでの待ち行列
 →注文を受け取るまでの待ち時間
 →注文を受け取って運ぶための方法を選ぶ(紙袋に入れてもらう、手持ちで運ぶ)
 →テイクアウトを持って、コーヒーを飲む場所まで行く・戻るまでの体験
 →コーヒーを飲むためにカップの口を開けたりストローを挿したりする
 →カップの口やストローが口に触れる
 →コーヒーを味わう
 →容器やストローを(分別して)捨てる

コーヒーそのものの味の記憶に加えて、この前後もコーヒーを味わったときの体験のひとつとして記憶されます。

コーヒーを飲んだあとの体験も考えられているコーヒーショップのゴミ捨て場。分別しやすい構造は、店員の手間を軽減するだけでなく、顧客の環境意識も高める効果があり、捨てる際に(面倒ではあるが)迷わないよう配慮されている。テプラの但し書きが物悲しい……。

人はなぜそう思うのか、感情の動きを考える

最近、私自身が感動する映画や小説には、なんらかの「もどかしさ」があることに気づきました。調べてみるとこれはハリウッド映画などで定番のストーリーテリング手法でした。はじめは不安や問題を抱えた「もどかしさ」が、主人公の知恵や勇気、成長によって乗り越えられたときに作品への満足感を得ているようなのです。

楽しい体験、良い体験、感心するような体験が得られたときに、単にその時間を過ごすのではなく、なぜそう感じたのかを回想したり分解したり、自分の感情の動きを客観的にとらえたりすることで、体験の解像度が上がると考えています。さらにそういった体験を自分の記憶として保存していくのです。つまり感情がどの方向に動いたのかを覚えておくことで、そういった手段を自分の作品や仕事の中で再現したり再利用したり活用できると考えています。

コーヒーショップの例でも、コーヒーそのものが適切な価格で、コーヒーが美味しいというだけでなく、店員との何気ない会話やコーヒーを買う際に過ごした時間や香りの記憶、そのときの感情の変化によって全体の良さが決まります。その良かったという記憶が思い出になっていき、またそのコーヒーショップに行きたいかどうかが決まると思いませんか?

さて、ここまでの文章を読む前と読んだ後では、あなたの「体験の解像度」が少しは変わってきたでしょうか? これからの皆さんの体験において、物事をとらえる視点や体験に対する心の動きが研ぎ澄まされ、輪郭や細部がハッキリしてくれば幸いです。

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「A Design in the Life / 日常にあるデザイン」では、生活の中のデザインと、デジタル空間のデザインとの両方の切り口で、デザイン体験の解像度を上げる視点を提供していきます。なにか取り上げて欲しいテーマやご希望などがございましたら、ぜひ編集部までお知らせください。

Written By

安藤 幸央

UXデザイナー、UXライター、デザインスプリントマスター。北海道生まれ。 Webから始まり情報家電、スマートフォンアプリ、VRシステム、巨大立体視ドームシアター、 デジタルサイネージ、メディアアートまで、多岐にわたった仕事を手がける。好きなものは映画とSF小説。本に埋もれて暮らしています

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