レコメンデーションの罠

A Design in the Life / 日常にあるデザイン #8

とあるきっかけから考えた、レコメンデーション(推薦)とは

みなさんが最近買った本、最近買った衣服、最近聴き始めた音楽、最近観た映画、これらはいったいどんなきっかけで知りましたか? 雑誌や広告、オンラインメディアで見かけて気になったものもあれば、街中でふと耳にしたり目にしたことがきっかけかもしれません。またはSNSでインフルエンサーや有名人が紹介していた商品、はたまたテレビ番組で見かけたものあるでしょう。

あるとき仕事で大分県に出向き、少し時間ができたので宿泊しているホテルから歩いて行ける書店を探しました。Googleマップで見つけたカフェが併設された小さな書店「Bareishoten(バレイショテン)」に夜遅くに行ってみました。

大分県大分市金池町にある独立系書店「Bareishoten」

その書店に並ぶ本を見て驚きました。そこにある多くの本に見覚えがあり、まるで自分の本棚かと思ったのです。まあそれは少し大げさですが、店主が選び取り揃えたと思われる、テーマごとにまとまった本棚には、自分の持っている本や何度も読んだことのある本、読もうと思っている本、買おうかどうか迷っている本がたくさん並んでいたのです。欲しい本がなんでも揃っている品揃えの良い書店、ゆったりと居心地の良い書店、そういった書店もお気に入りですが、「自分の本棚によく似ている書店」に出会ったのは初めてのことでした。

コミュニケーションのスピードが速くなった現代では、誰かの推薦でものを知ったり、買ったり試したりすることがとても多いと感じています。自分と同じような好みを持つ友人に紹介されたものは、ほぼ無条件で信頼する人も多いのではないでしょうか。その一方で、どんなに好みが似ていたとしても完璧に一致する人はいないとも考えています。その似たような好みにおける若干の差分こそが、新しい「好み」の発見への機会かもしれません。

デジタルサービスにおけるレコメンデーション

そもそもデジタルデザインやデジタルサービスにおけるレコメンデーション(推奨)とはなんでしょうか。レコメンデーションとは、利用者の嗜好や行動履歴などの情報をもとに、その人に最適な情報や商品、サービスを推薦することです。オンライン販売サイトでは「これを買った人はこれも買っています」と推薦する「レコメンデーション」という仕組みが販売促進に役立てられています。機械的なレコメンデーションなんて人と比べるとまだまだ! と思う方もいらっしゃるかもしれません。しかし体験のデザインとレコメンデーションは切っても切り離せないものになっています。

たとえば動画配信サービス「Netflix」では視聴の約75%が自動的生成されるレコメンデーションをきっかけにしているそうです。いまでは本に限らずさまざまな日用品も購入できる巨大ECサイト「Amazon」では売り上げの約35%がレコメンデーションをきっかけとしたものだそうです。

Amazon のレコメンデーション

Amazonのレコメンデーションは一見複雑そうに見えますが 「Item to Item」という理論に基づいた、商品と商品との繋がりしか管理していません。つまり人の好みをデータとして扱っていないのです。しかし「この商品を買ったはこの商品も……」と推奨することで説得力を増しています。大量の商品を扱いつつ、素早くレコメンデーションを抽出する良い方法です。しかし、このアルゴリズムのため、自分が直前に購入した商品もレコメンデーションに出現し、不可解な印象を与えることもあります。

参照:Amazon.com Recommendations Item-to-Item Collaborative Filtering

Netflix のレコメンデーション

Netflixでは、プロフィールを年齢や性別などの基本情報では管理していません。その代わりに作品を7万種類以上の細かなジャンルに分類しています。その理由は、たとえば「ホラー映画が好きな人」でも、年齢や性別などに関係なく同じホラージャンルの中にさまざまな好みがあるからです。また、その人に作品を観たいと感じさせる工夫として、Netflixでは作品の紹介文を1種類ではなく、いくつかの異なる文章を利用者によって切り替えて表示しています。

さらに視聴者のアクセス履歴や好みによって、映像作品のサムネイルを自動生成しているそうです。常にA/Bテスト(※AパターンBパターンを出し分けて効果を測定するテスト)を実施し、視聴者に最適化し続けているということです。また「コールドスタート」と呼ばれる、使い始めたばかりで趣味趣向の情報がない状態に対処するために、最初に簡単なクイズ形式の質問に答えてもらうことで、初期状態でも最適なレコメンデーションを提示しています。

参照:Recent Trends in Personalization: A Netflix Perspective

Spotify のレコメンデーション

音楽ストリーミング配信サービス「Spotify」では、一人一人の音楽の視聴スタイルからパーソナライズされた楽曲をすすめてくれます。音楽のレコメンデーションが難しいところは、大好きな曲でも周囲の環境やそのときの気持ち、時間帯などで聴きたい曲が違うことです。

映画やドラマのレコメンデーションであれば1度観た作品を2度観ることは極端に少ない一方、音楽であれば好きな楽曲は何度でも聴きたくなるのが通常のレコメンデーションとは異なる点です。Spotifyでは楽曲の視聴回数、スキップ回数、端末への保存の有無、プレイリストへの登録、ソーシャルネット上での話題、オンラインで知人へシェアしているか、アーティストへのフォローの有無など数多くのパラメータのほかに、各楽曲をジャンルや楽器、雰囲気、歌詞の内容やテーマ、歌の言語などでも分類しています。

たとえばある曲のパラメータの結果として、Danceability(踊れる曲か)、Energy(エネルギッシュな曲か)、Valence(ポジティブさ)を評価し、物悲しい曲を聴いている人に対して、DanceabilityとValenceのパラメータの低い楽曲、かつ視聴者の好みの範囲に含まれる曲を次の曲としてレコメンデーションするのです。

Spotifyのこういった取り組みは、「Spotify.Design」 というサイトにまとめられ、どういった考えで調査、研究、開発、デザインを進め、サービスを提供しているのか、レコメンデーションが関係するデジタルサービスに関わる人に必見の情報が満載です。Spotifyを作っている人たちの顔や声が見えてくるようなポップなサイトの作りも素敵ですし、なにより本当に音楽が好きな人たちが Spotify を作っているのだと伝わってきます。

また、Spotifyの誕生秘話を描いたドキュメンタリータッチのドラマ「ザ・プレイリスト」が Netflixで配信されています。登場人物は役者ですが、創業者本人たちに雰囲気がそっくりです。Spotify設立時の困難と情熱を垣間見ることができ、いままでとは少しSpotifyへの印象が変わるかもしれません。

Spotify Design Spotifyのデザインに対する取り組みを紹介しているサイト 
ザ・プレイリスト予告編

参考:Music recommendation at Spotify

その他、動画配信のYouTube、食事の配送を依頼するUberEatsや短い動画を延々と見続けられるTikTok、誰かの住まいを宿として借りるAirbnbなど、レコメンデーションの仕組みがサービスの根幹となっているサービスが多数存在し、すでに私たちはそのことをあまり意識していません。

さまざまなサービスでレコメンデーションを活用する際、ユーザー体験として次のような観点が重要なポイントだと考えています。

レコメンデーションを活用する際のポイント

・利用するユーザーに合わせたレコメンデーションを優先する
 売り手の都合で「売りたいもの」を優先しない
・情報の由来を明記する
 どういった理由でそれが推奨されているのか背景を説明することで説得力が増す
 (例:「この商品を買った人はこれも買っています」)
・レコメンデーションをカテゴリーに分類する
 カテゴリでまとめることで自分に合った推奨がどうかが理解できる
・ユーザーが提案内容を微調整できるようにする
 完璧な推奨は難しいので推奨の中でも気に入ったもの、必要の無いものを排除することで最適化
・すばやく頻繁に更新する
 推奨内容が変化していないと、興味を失っていくので、更新は定期的に頻繁に
・レコメンデーションの方向性に配慮する
(例:書籍の上巻を買った人は下巻も買う可能性が高いが、その逆は滅多に無い)

あなたが見ている世界とは

プロダクトやサービスを評価する一般的な指標として、NPS(ネット・プロモーター・スコア)が使われます。この調査では「このサービスやプロダクトをあなたの親しい知人に紹介しますか? 0点から10点でお答えください」と、人に薦めるか否かを評価の基準としています。人に推薦できるほどそのサービスやプロダクトを好んでいるか、信頼しているかといった観点はその人自身が気にいるかどうかよりも重要な、究極の指標なのかもしれません

2017年にノーベル文学賞を受賞した作家カズオ・イシグロ氏によると、地域を超えるだけの「横の旅」よりも、人を深く知るための「縦の旅」を意識しているとのこと。これは自分が住んでいるのと似たような都市で、自分と似たような人たちと出会う「横の旅」ではなく、自分の住まいとは異なる都市への旅行先で、そこに住んでいる人を深く知る「縦の旅」こそが今後さらに重要になってくるという考えです。

レコメンデーションの対岸にある言葉として「セレンディピティ」があります。これは思いもしないような偶然の発見、気づき、出会いを意味しています。一例として、コンビニエンスストアに陳列されている商品も、売れる商品ばかりを推奨し最適化しすぎると新たな発見や楽しみがなくなり、逆に全体としての売り上げが落ちると聞いたことがあります。

みなさんも、心地よいレコメンデーションに囲まれ、誰かがおすすめするもので、周りが埋め尽くされてはいないでしょうか? 時間をかけることをいやがりタイパ(タイムパフォーマンス)を追い求めるあまり、大切な余白、細かななにかを見逃してはいないでしょうか。行ったことがない新しい場所、新しい集まり、新しいお店、新しい音楽に出会う場所に意識的に訪れてみたら、そこでなにが起こるかもしれません。自分の中のまだ引き出されていない好みや興味、得意なこと、多様性を見出せることもあるでしょう。

検索エンジンでなんでも探せる、人工知能チャットに聞けばなんでも教えてくれる現代において、レコメンデーションでは見つからないなにかに出会うことが重要なデザインのきっかけになるのではないかと考えています。

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「A Design in the Life / 日常にあるデザイン」では、生活の中のデザインと、デジタル空間のデザインとの両方の切り口で、デザイン体験の解像度を上げる視点を提供していきます。なにか取り上げて欲しいテーマやご希望などがございましたら、ぜひ編集部までお知らせください。

Written By

安藤 幸央

UXデザイナー、UXライター、デザインスプリントマスター。北海道生まれ。 Webから始まり情報家電、スマートフォンアプリ、VRシステム、巨大立体視ドームシアター、 デジタルサイネージ、メディアアートまで、多岐にわたった仕事を手がける。好きなものは映画とSF小説。本に埋もれて暮らしています

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