翻訳に頼らない、やさしい日本語

A Design in the Life / 日常にあるデザイン #11

やさしい日本語の存在意義

みなさんの周りには日本語を第一言語としない人はどれくらいいるでしょうか。2022年の調査では、300万人を超える外国人が日本に住んでいるといわれています。都内人口の約4%、新宿区に限定すると10%以上が外国人とのこと。そしてその国籍や生まれた国はさまざまです。

日本語をなめらかに話す外国人にとっても、数千文字の漢字・ひらがな・カタカナが混在する日本語の読み書きは困難を極めます。「世界共通言語という意味合いで、アニメ好きのラテン語は日本語」とまで言われ、アニメや漫画をきっかけに日本語を学ぶ外国人も多いそうです。しかし、アルファベットを基本とするヨーロッパ由来の言語から見ると、日本語は読み書きに習熟することがとても困難な言語のひとつだと考えられています。形の崩れた手書きの「ソ、ン、リ」や「ツ、シ」を見分けるのは、日本語を得意とする人にとっても難しい問題です。

微妙な角度の違いで判別しているカタカナ

日本語が読めない外国人へ情報を伝えるために、翻訳や通訳といった手段をとることもできます。多くの場合、世界人口の約25%が実用レベルで理解する「英語」での翻訳を考えます。外国人であれば多少の英語が話せると考えがちですが、実際のところ日本に住む外国人のうち英語を第一言語とする人は2%ほどで、大半の外国人は英語が流暢だったとしても非英語圏の出身者だそうです。実際、日本に住んでいる人に限定すれば、英語ができる外国人よりも日本語が少しわかる外国人の方が多いという統計もあります。

首都圏の公共交通機関であれば、日本語での表記に加え、英語、韓国語、中国語(簡体・繁体)、タイ語、スペイン語、フランス語などでガイドが用意されています。けれども世界中で利用されているすべての言語で用意されているわけではありませんし、日本語の情報がすべて翻訳されているわけでもありません。日本語が読めない人にとっては不便なこともあるでしょう。また主だった数カ国語だとしても、わかりやすい翻訳を用意するのはとても難しいことです。みなさんも街中で苦し紛れのヘンテコな翻訳表記を見かけたことがあるかもしれません。

そこで視点を変え「ある程度の簡単な日本語ならわかる」という日本に住む外国人向けに、現在「やさしい日本語」表記が広がりつつあります。「やさしい」には「優しい=kind 」と「易しい=easy 」の2つの意味がこめられています。「やさしい日本語」は、難しい単語をやさしい単語に言い換えたり、漢字にふりがなを振ったり、難しい文章を避けた表記として工夫されたものです。この「やさしい日本語」表記は、ひらがなと簡単な漢字なら読める外国人に素早く文章を理解してもらう助けになります。また言葉の理解が未熟な子どもや言語能力が衰えた高齢者、読むことに関する視覚特性により複雑な文章が読みにくい人、海外からの旅行者にとっても役立ちます。

やさしい日本語のポイント

「やさしい日本語」が生まれた背景にあるのは1995年に起こった阪神・淡路大震災です。災害時、日本に住む多くの外国人は被害を受け、その際できるだけ早く正しい情報を伝える必然性がでてきたからです。その後、さまざまな災害時に素早く正しい情報を伝える手段として工夫や活用が続けられています。

もともと「やさしい日本語」の研究は弘前大学人文学部社会言語学研究室で進められていたもので、さまざまな自治体、機関で引用、活用されています。

以下は「やさしい日本語」とその例です。

普通の日本語とやさしい日本語
  • 難しい言葉を避け、簡単な言葉を使う →例①
  • 知っておいた方がいい言葉は、そのまま使い、解説をつける →例②
  • 和製英語は日本語固有の表記の可能性があるため注意 →例③
  • 1文を短くし、文の構造を簡単にする。1文ではひとつだけ情報を伝える
  • ローマ字表記は英単語と誤解されるので使わない
  • 擬音語、擬態語は使わない。日本語には擬音語・擬態語が多いが外国語には同じ擬音語・擬態語が存在しないことが多く、意味が通じない
  • 漢字を使いすぎない。1文に3〜4文字程度の簡単な漢字のみ。ただし同音異義語は漢字で表記。
  • 時間や年月日は言語や国によって表記順が異なるため、誤解がないよう時刻や年月日をはっきりと表記
  • あいまいな表現はしない
  • 二重否定は表現を変えてわかりやすく
  • 文末表現は統一すると意味が伝わりやすい
  • 敬語は使わずに、直接的な言葉で
  • 写真やイラストを併用する
  • 言葉の区切りがわかるように、分かち書き(単語と単語の間を1字分空けて書くこと)をする

参照:総務省消防庁公開の「やさしい日本語」作成のためのガイドライン

災害時だけではない平常時の「やさしい日本語」の価値

「やさしい日本語」が活躍する場面は災害時だけではありません。多数のレストランチェーンを展開する、すかいらーくグループは、外国人向けの求人サイトに「やさしい日本語」を採用しています。ここでの着目ポイントは、日本の飲食業で働く人材を募集するための情報として単なる「翻訳」では役目を果たせないということです。すかいらーくの外国人求人ページは、日本語をいくらか理解できるが、それほど日本語に堪能ではない外国人を受け入れ、一緒に働こうという気持ちをうまく伝えているWebページになっています。

WebデザインやWebページを作ったことがある人であれば、日本語にルビを振ったページを作ること、またはルビを表示できる仕組みを用意することがどれだけ大変であるか想像できると思います。これだけの手間をかけてつくった求人ページから「やさしい日本語」が理解できれば一緒に働けますという企業メッセージを感じられるのです。

ルビなしHTML: <h3>アルバイトの申し込み</h3>
ルビありHTML: <h3>アルバイトの<ruby><rb>申</rb><rp>(</rp><rt>もう</rt><rp>)</rp>
        </ruby>し<ruby><rb>込</rb><rp>(</rp><rt>こ</rt><rp>)</rp></ruby>み</h3>

誰にとっても言葉は難しい

英国の作家ルース・レンデルによる映画化もされたミステリー小説「ロウフィールド館の惨劇」では、文字が読めないことを秘密にしたいがために殺人を犯してしまう悲劇が描かれています。現代において、識字率はとても高いですが、日本語を使いこなしていると考えている人でも、日常生活の中で知らない言葉に出会うこともあるでしょう。知らない言葉を辞書で調べながらなにかを読んだり、理解したりすることは可能ですが、子どものころは知らない言葉を前後の文章や状況から、意味を想像しながら言葉を覚えていったはずです。

「やさしい日本語」の記述方式は日本語に特化したものですが、同じような考え、表記への気配りはすべての言語で役立つ要素です。みなさんも身の回りの文章や言葉の表現、デジタルプロダクト上の文字表現をもっと「やさしい」ものにできないかどうか、言葉遣いを見つめ直してみてはいかがでしょうか。

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「A Design in the Life / 日常にあるデザイン」では、生活の中のデザインと、デジタル空間のデザインとの両方の切り口で、デザイン体験の解像度を上げる視点を提供していきます。
なにか取り上げて欲しいテーマやご希望などがございましたら、ぜひ編集部までお知らせください。

Written By

安藤 幸央

UXデザイナー、UXライター、デザインスプリントマスター。北海道生まれ。 Webから始まり情報家電、スマートフォンアプリ、VRシステム、巨大立体視ドームシアター、 デジタルサイネージ、メディアアートまで、多岐にわたった仕事を手がける。好きなものは映画とSF小説。本に埋もれて暮らしています

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