君は変わらなくていい。デザインにおけるリファクタリングのススメ

A Design in the Life / 日常にあるデザイン #12

来る2023年12月2日と3日、東京六本木でSpectrum Tokyo Festival 2023が開催されます。いまみなさんがご覧になっているデザインの多様性をテーマに掲げるコミュニティプラットフォーム「Spectrum Tokyo」が開催するデザインフェスティバルです。

ありがたいことに2022年のこのイベントで登壇する機会をいただき、「デザインのリファクタリング(慣れを大切に)」というトピックで登壇しました。登壇後、とてもありがたい評価や有益なフィードバックをたくさんいただきました。それから1年ほど経って、「そういえばその時の話をコラム記事で取り上げていないな」と思い出し、今回紹介します。

デザインのリファクタリングとは

登壇のきっかけは、Facebookにふと書き込んだ「最近こんなことに興味があります」という何気ない投稿でした。そのときに書いたデザインのリファクタリングについてのアイデアをまとめ、30分のプレゼンテーションに落とし込み、当日はGlobalステージで発表しました。

発表の内容は「安易なリニューアルを避け、利用者の慣れを大切にした良質の改善を少しづつ積み重ねよう!」というものです。Webサイトやスマートフォンアプリなど、デジタルプロダクト、デジタルサービスに関わっていると新しいサービスの立ち上げばかりではなく、既存プロダクト、既存サービスの改善やリニューアルの仕事を担当することもあります。

リニューアルにはいろいろな事情や背景がありますが、大抵はマーケティング戦略の変化、ブランディングの事情、担当者や役員が変わったり、企業や部署の統廃合など、利用者には関係のない事柄がほとんどです。

デジタルプロダクト、デジタルサービスの多くの利用者は賢く、複雑で使いづらいUIや、ユーザー体験が今一歩優れたUIではなかったとしても「慣れ」てしまうことがほとんどです。そして「慣れ」は恐ろしく、ボタンの場所や操作の手順、本来ならしなくても良い配慮などを無意識にできてしまうほど使いこなしてしまうのです。どんな難しい操作感も「こうすればこうなる」という記憶が定着してしまうと、それよりもっと良い方法、手順があったとしても、「前の方が使いやすかった」となるのです

 1995年に登場したEbayは一度も大規模リニューアルせずに少しつづ変化し2023年現在のサイトに至っている

発表では例として、巨大ECサイトAmazon、オークションサイトEbay、動画配信サイトYoutubeを取り上げました。Amazonは1995年、Ebayは1995年、YouTubeは2005年、サービスを開始してから、実は大規模リニューアルらしきリニューアルをほとんどしていません。どのサイトも、利用者にわからないほど少しずつ変化し、ユーザーの反応を見つつ、現代風のサイトに変化してきたのです。

 iPhoneの消音ボタン、音量ボタンも登場以来変化していないものとして紹介しました。
iPhone15で変わってしまいました。

この少しずつ変化と改善をし続ける考え方として、「リファクタリング」という考え方を紹介しました。リファクタリングは、外から見たプログラムの振る舞いを変えずに、中身だけを洗練、高速化させ、メンテナンス性の高いものに書き換えるというプログラミングの世界では一般的な改善手法のひとつです。

このリファクタリングという考えを、デザインの世界にも取り入れられるのではないかと考え、次の3つのアプローチを紹介しました。

  • スピード(タイミング良く動く・速いと感じさせる)
  • コミュニケーション(UXライティング・伝え方を大切にする)
  • マイクロインタラクション(適切な反応・引っかかりを取り除く)

資料のダウンロード

(途中に挟まれる広告が邪魔な方はPDFファイルをダウンロードしてご覧いただけると幸いです)

登壇者だけでなく、来場者と作り上げる学びの環境

ここからはSpectrum Design Fest登壇者としての体験を共有します。

私はどちらかというとプレゼンテーションは得意な方で、たいていの場合あまり緊張もせずに発表できるのですが、今回ばかりは違いました。このときはいつになく緊張したので、慎重に準備し、何度も1人でリハーサルし、話す時間を計測し、ギリギリまで何度も発表資料を修正しました。このイベントは一般的な講演者の発表を聞くだけのイベントとは大きく異なります。発表時間は30分、それと同じ時間、発表者を囲んで質問やディスカッションするAMA(Ask Me Anything)という時間がとられています。このAMAの時間に参加者のみなさんが集まるか心配していましたが、蓋を開けてみると発表の時間以上に貴重な時間になりました。

AMAの良いところは、質問と回答が登壇者と質問者の間だけで閉じることなく、参加者全員に共有されることで、新たな質問や知見が集まる点です。それによって多様性をもった新しい考えやヒント、課題感などが集まり、単なるQ&Aの場以上の有意義な会話のやりとりがなされました。多くの人が日頃同じような悩み、同じような想いを抱えていることがよくわかり、所属する企業や職種を超えた一体感を感じることのできたとても素晴らしい体験でした。

登壇後、スピーカーとディスカッションできる場となるAMA

さて、終わってみると「大成功」と言える発表だったと満足していますが、自分がかつてないほど念入りに準備したのには理由があります。あるミュージシャンのインストアライブに行ったとき曲間のMCで「僕らは2割くらいしか実力だしてないからね」と言っていて驚愕しました。一見、手を抜いているのか? と思えるこの発言の真意はとても深く、その後の自分の考え方に大きく影響を与えました。スポーツ選手やスポーツ競技であれば、全力を出し切り、本番で実力を発揮するのが素晴らしいことだと考えます。けれどもミュージシャンであれば、全力を出し切らないと演奏できないような楽曲であれば、不十分。実力の2割くらいで楽々と演奏し、残りの余裕8割で観客を楽しませ、ライブ演奏中のトラブルにも対処し、ライブならではの表現も加え、観客に物足りないと思わせたり、ミスしたと思わせないくらいの余裕の演奏をするということでした。

この話を聞いてから、自分はミュージシャンではないながらも、いつも十分に余裕を持てるくらいの事前準備や、事前の調査、念入りな練習やトラブル時のリスク回避策を常に考えるようになりました。まだまだ2割の実力でこなせるようになったとは思いませんが、少しは余裕ができた気がしています。そして、今でも音楽配信サービスSpotifyでその時のライブで聴いた曲が流れるたびに、俺もまだまだだなと気持ちを新たにするのです。

いよいよやってくるSpectrum Tokyo Festival

1年前を昨日のことのように思い出してきましたが、いよいよ2023年12月2日(土)、3日(日)の2日間、Spectrum Tokyo Festival 2023が開催されます。2022年のSpectrum Tokyo Fest 22で学んだことは、どんな話題にも一定の需要があること。大上段に構えた理想論、学術的に正しいことを振りかざすのではなく現場ではそうも言っていられない事柄がたくさんあります。そういったことを背伸びせず、自分を大きく見せようとせずに、等身大の自分の経験や知見を余すところなく発表できたのも良かったところだと思います。また会場の設計、イベントの進行などが秀逸で、どちらかというと人に話しかけたり、話しかけられるのが苦手な自分もリラックスして楽しむことができ、新しい出会いが数多く生まれたのがとてもうれしい体験でした。

新型コロナウイルスの影響で、オンラインでイベントが開かれることに慣れてしまいましたが、対面で話を聞き、会話をし、笑い声の絶えない空間を知らない誰かと共有するのはとても貴重な体験です。コロナの前であれば、ごく普通の風景も、いまの私たちにとってはとても大切な機会となるはずです。みなさんの仕事や興味の対象に合致したセッションはもちろん、いまの自分には関係ないと思われるセッションも、なんらかの形でみなさんのキャリア形成やスキルに貢献するはずです。

 Spectrum Tokyo Festival 2023

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「A Design in the Life / 日常にあるデザイン」では、生活の中のデザインと、デジタル空間のデザインとの両方の切り口で、デザイン体験の解像度を上げる視点を提供していきます。なにか取り上げて欲しいテーマやご希望などがございましたら、ぜひ編集部までお知らせください。

Written By

安藤 幸央

UXデザイナー、UXライター、デザインスプリントマスター。北海道生まれ。 Webから始まり情報家電、スマートフォンアプリ、VRシステム、巨大立体視ドームシアター、 デジタルサイネージ、メディアアートまで、多岐にわたった仕事を手がける。好きなものは映画とSF小説。本に埋もれて暮らしています

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