テキスタイルからデジタルデザインを考えてみる

模様に囲まれたこの世界

世の中は模様にあふれています。動物や自然が持つ模様、人工的な模様、自然物を模倣したデジタルな模様、意図せず偶然生じた模様。どんなに無機質でミニマルな空間だったとしても、さまざまな素材を仔細(しさい)に観察すれば、世の中には多くの模様が存在することを実感できます。

世界中で広く愛されている北欧のテキスタイルブランド「マリメッコ」。よく知られたデザイン「Unikko(ウニッコ)」は1964年に作られたもので、なんと今年2024年で60周年とのこと。ウニッコのイメージの源になったのは「ケシの花」で、世界を旅しながら数多くのテキスタイルデザインを生み出したマイヤ・イソラ(1927〜2001)さんによるものです。

当時のマリメッコでは「プリントした花は、自然界の花にはかなわない」と考え、花のテキスタイルを商品にしていなかったそうですが、その考えに反発して作られたウニッコがこれほど長い間、世界中で親しまれるとは誰も想像できなかったことでしょう。発売当初はいまほどの人気はなく、この柄の布がいったいなにに使えるのだろう、と不思議がられたそうです。しかしウニッコ柄の布地だけではなくドレスなど、実際の商品として徐々に展開を広げていきました。そのドレスをファッションショーに登場させるといった施策で具体的な利用イメージが湧き、広い分野での活用につながったそうです。いまではドレスはもちろん、マグカップから傘、バッグや靴下、エプロンに至るまでさまざまな商品にウニッコ柄が使われています。

マリメッコのウニッコ柄の布(※著者撮影)

一方、特定のブランドのテキスタイルではないですが、世界中で広く使われている水玉模様は、ポルカドットとも呼ばれ、清涼飲料水のパッケージから壁紙の模様まで、多くの商品でみかけます。チェコ発祥の民族舞踊「ポルカ」に由来するとも言われていますが、詳細は定かではありません。さかのぼると、紀元前の石碑に水玉模様の衣装を着た人物が描かれていることから、相当昔からよく親しまれていた柄だということがわかります。

自然由来の柄

「ポルカドットスティングレイ」という日本のロックバンドがありますが、ここで言及したいのはバンドではなく、エイの仲間である海洋生物のポルカドットスティングレイです。ポルカドットスティングレイは優雅な水玉模様で海底の石に擬態しつつ淡水のなかをひらひら泳いでいます。そう考えると、古くから存在し長いあいだ親しまれている模様は、どれも自然界に存在する見慣れた模様だからなのかもしれません。

川崎水族館 カワスイで飼育されているポルカドットスティングレー
紀元前7世紀、新アッシリア帝国の王妃・リッバリ・シャラトが水玉模様の衣服に見える (Wikipediaより)

日本では、唐草紋様の風呂敷を背負っていると、だれもが頭に浮かぶのは「泥棒」のイメージです。これは高度経済成長期に大量生産されたどの家庭にもある唐草紋様の風呂敷が、空き巣に入られた際の盗品を包む用途に使わることが多かったため、泥棒を表現する際のアイテムとして唐草紋様がイラストや漫画、再現映像などに使われました。そのため日本では唐草紋様 = 泥棒というイメージが多くの人に刷り込まれているのです。

唐草模様の布

唐草紋様のような複雑な植物の繰り返し模様のテキスタイルは世界中で事例がみられるそうですが、実は「唐草」は実在しない植物なのです。実態のない植物がここまで認知されているのはとても不思議な現象です。

布の模様とデジタルの模様

さて、デジタルデバイスや画面における「模様」に視点を移していきましょう。

テキスタイル(布、織物)とデジタルの世界はあまり関係性が無いように思えますが、最近はオリジナルの模様から少量多品種の布を生産したり、パソコン上で自由に作成した柄を大量生産することも一般化しつつあるそうです。単に編むだけでは制作が難しいような複雑な柄を布地に印刷し、色落ちせずに布として使える印刷機も商業的に使われており、現在とても成長している市場です。同じ模様だったとしても、布地の種別や質感によって、印象や発色が異なるのが特徴です。

マットガーゼ素材とサテン素材に印刷されたhappyfabricサンプル素材の様子(※著者撮影)

人はデジタル画面の中に表示されたものにもなぜか質感を感じます。これは画像の光沢や影、凸凹の様子によって、現実世界にある素材を触ったり持ったりした時の記憶が蘇るからだと考えられますし、質感を感じる要素のひとつに触覚だけではなく、「視覚」も多くの役目を果たしていることがわかります。つまり、フラットな画面に表示されるデジタルデザインの要素のひとつとして、テキスタイルの模様や質感が活用できるということです。

たとえば、デジタルデバイスの壁紙やアプリの背景にテキスタイルデザインが使われることがあります。そうすることでユーザーに親しみやすい見た目を提供し、デジタル表現の整然とした冷たさを和らげる効果があります。

また、ウェアラブルデバイスやスマートフォンケースなどのアクセサリーにおいても、テキスタイルデザインを適切に用いることでファッション性と機能性を兼ね備えたデジタル製品が数多く生み出されています。

現実世界の模様に見習うデジタルデザイン

テキスタイルのような模様をデジタルデザインに取り入れるメリットにはなにがあるでしょうか?見慣れたテキスタイルを活用することでデジタルデザインにはなかった、新しいテクスチャ、色、形の組み合わせを探求することができ、デザインの幅を広げることができます。これはデザイナーにとっては成功が確約された挑戦であり、ユーザーにとっては見慣れていて受け入れやすいデザインを享受できるメリットがあります。

  •  世界的なデザイントレンドと地域固有のテキスタイルの活用
  •  国ごと、地域ごとのローカル文化のデジタルデザインへ取り入れる方法として活用
  •  繰り返しパターンによるリズムをもった表現
  •  王道の色や形の組みわせによる安心感
  •  トレンドと伝統をうまく反映した表現
  •  ピクセル単位のデジタル表現にはなかった新しい可能性の探求
  •  経験や記憶を呼び起こす質感表現

デジタルデザインの永続性を考えた時、短期的な流行り廃りに左右されず、長く愛されるデザイン、自然に受け入れられるデザインはどんなものでしょうか? 短期的な流行のスタイルに乗ってしまうと、残念ながらそれはすぐに古びてしまいます。ファッションのスタイルは数年おき、あるいは十数年ごとに繰り返し、一度流行から外れても同じようなスタイルが再び流行することがあります。

テキスタイルにおける模様が持つ永続性は、単なる一時的な流行を超えるものがあります。それは、それぞれの模様が持つ文化的背景や歴史、意味合いが大きく関係しています。たとえば、唐草模様やウニッコのようなデザインは、時間が経過しても色褪せることなく、新しい世代にも受け入れられ続けています。デジタルデザインにおいても、これらの古典的な模様やテキスタイルデザインを取り入れることにより、一過性のトレンドに左右されない、時代を超えて愛され続けるデザインを創出することができるのではないかと考えています。さらに地域固有のテキスタイルをデジタルデザインに取り入れることにより、その地域の文化や歴史を根付かせ、世界中の人々に伝える新たな手段となり得るのではないでしょうか。

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「A Design in the Life / 日常にあるデザイン」では、生活の中のデザインと、デジタル空間のデザインとの両方の切り口で、デザイン体験の解像度を上げる視点を提供していきます。なにか取り上げて欲しいテーマやご希望などがございましたら、ぜひ編集部までお知らせください。

Written By

安藤 幸央

UXデザイナー、UXライター、デザインスプリントマスター。北海道生まれ。 Webから始まり情報家電、スマートフォンアプリ、VRシステム、巨大立体視ドームシアター、 デジタルサイネージ、メディアアートまで、多岐にわたった仕事を手がける。好きなものは映画とSF小説。本に埋もれて暮らしています

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