シンプルなデザインは「お互いへの信頼感」から ‐ デンマーク取材編集後記
2022年9月、Spectrum Tokyo編集チームはデンマークでいくつかのデザイン会社に取材をしてきました。私自身、もともとデンマークについてはあまり知らず「シンプルでステキな北欧デザインが溢れている国……?」とざっくりとしたイメージだけを持って現地に向かいました。実際に行ってみて、想像通りの愛らしいデザインがたくさんあるのはもちろん、現地のデザイナーと話し「伝えること」「信頼感」「倫理観」などカルチャーの違いや発見が多くありました。一方で「意外と日本と似ている部分もあるんだ」と感じることもありました。
デザインに対するリアルな話は各インタビュー記事でご紹介しましたが、そのほかにも視野が広がるようなことをたくさん聞けたので、読者のみなさまにもシェアしていきます。
「聞けばわかる」は良し悪し
まず編集部が最初に伺ったのは日本とデンマークのビジネスをつなぐ事業を営んでいる「ayanomimi」代表のアヤさんのオフィス。オフィスを構えるコペンハーゲン市内のシェアオフィスコワーキングスペースは、イケイケのスタートアップがたくさん……ではなく、40〜50代の方が入居する中心の落ち着いた雰囲気でした。年を重ねてから新たなことに取り組むメンバーが多く在籍しているようで、日本にもこういった場所ができたらさらに自由に面白いビジネスが生まれるかも、と期待を持てるような場所でした。
インタビューではデザインやビジネスについてたくさん聞かせていただく中で、特に印象に残ったのは「デンマーク人はわからないことは誰かに聞けば良い、というスタンスで生きている」ということでした。デンマークは張り紙や注意書きなど視界に入る文字情報が極めて少なく、不思議に思って質問したところそのような答えをいただきました。
「コワーキングスペースのキッチンの引き出しにいちいち「フォーク」「ナイフ」「スプーン」などのテプラは貼らない。見てわかればそれでいいし、わからなかったらそこにいる人に聞けば良い。駅でも迷ったらその辺にいる人に聞けばいい。」そういった考え方なので、張り紙が少ないわけです。お互いに聞くし、聞かれることが当たり前として生活をしているとのことでした。
日本では逆に、「なんでも人に聞くのは迷惑がかかるから、できるだけ自分で対処する」という考えがあるように感じます。だからこそ、いろいろなところに注意書きがあり、誰かに聞かなくても最低限は自分で対処できるようになっているのかと思いました。駅など人が多い場所では特にそのような傾向を感じます。
デンマークに滞在し、「聞けばわかる」のスタイルも良し悪しだなと感じることがありました。それはホテルの鍵。私たちが泊まったローカルなホテルでは、出かける際にフロントに鍵を預け、帰ってきたときに受け取ることになっていました。なので、ちょっとコンビニに出るだけでも「○号室の者ですが」とフロントに声をかける必要があります。へとへとになって帰ってきても、フロントに声をかけなくてはならないのは少し疲れる……と思うこともありました(ホテルによって仕組みは違うと思います)。気軽にコミュニケーションが取れるのは良いことだと思う反面、自分で完結できればいいのにと思う瞬間でした。
→ ayanomimiへのインタビューはこちら
裕福さには憧れない、堅実な国民性
次の訪問先はデザインオフィス「Charlie Tango」。ご用意いただいた朝ご飯をいただきながら、UXデザイナーのLeaさんとRasmusさんにインタビューしました。
インタビューで書ききれなかったことをひとつ。Leaさんはデンマーク人ですが、イギリス人の旦那さんとの文化の違いを感じることがあるといいます。「デンマーク人は絶対定時で帰るけど、旦那さんはデンマークにいても朝から晩まで働いている……」など、同じヨーロッパでも考え方に差があるのかと思いました。
特に裕福さに関する価値観は大きく違うようで、「アメリカやスペインでは自分がいかに裕福か、成功者かを自慢したがる(高価なクルマやブランド品などはその象徴)。デンマークは税金が高額ではあるが、それは国民の生活を平等に良くするためと納得している」とのこと。たしかに、アメリカでは個人の富は「アメリカンドリーム」とされており、それに対しての憧れを抱かせるような価値観が目立ちます。その点北欧はきらびやかなものが目につく環境ではないですが、幸福度が高い国が多いようです。ただ、競い合わない国民性だからこそ尖った才能が出てこないことは少し残念だと言っていました。
また、「デンマーク人は民間よりも政府を信頼している」ということも、日本とは大きく違うと感じたことのひとつでした。
→ Charlie Tangoとのインタビューはこちら
余白があるデザインだからこそ生まれた変化自在な「Design System」
次に訪れたのは、コーディング×デザインシステムに取り組むスタートアップ、Design Systems International。
彼らの「大まかな印象が確定されていれば、変動してもコンセプトをキープできる」という考えに驚かされ、納得感のあるクリエイティブにまた驚かされるような取材でした。「デンマークではデザインの完成度にそこまでこだわりがない」と聞き、だからこそ生まれた柔軟な仕組みなのかもしれないと思いました。グラフィックデザインは「1mmも狂いがないのが良いデザイン」とされてきた節がありますが、媒体の進化に従いブランディングも流動的になっているのかと感じます。
彼らはエンジニアリングの知識が豊富であることに加えてブランディングへの深い理解、そして遊び心があるからこそ、プロダクトをより面白く実用性のあるものに仕上げられるのだと思いました。
→ Design Systems Internationalのインタビューはこちら
「誇れる仕事ができているか?」シンプルだけど響く指針
取材も後半戦に差し掛かり、ブランディングが得意なデザイン会社、Spring/Summerへ。クリーンでシンプルなオフィスにて、代表のペルさんとお話ししました。
彼が持っている仕事へのフィロソフィー「Be proud of what you have done when you go home at the end of the day!(一日の終りに、今日やったことを誇れるようにしよう!)」という言葉がシンプルでとても響きました。日々の仕事の中で、ちゃんと自分が誇れる仕事ができているかを指針にするというのは、わかりやすく良い指針になるのではと思います。仕事の中で「これでいいのか?」と迷うことは日々ありますが、そういったときに「自分が誇れるかどうか」を判断基準を持つのも良いのではないでしょうか。生き様もかっこいいペルさんでした。
→ Spring/Summerの記事はこちら
社会を明るくするのもデザインの力
今回最後の取材先、Bespokeのニコラスさん。編集長とは以前から面識があったそうです。ちょうどデンマークのデザイン会社、Manyoneと合併し、オフィスが移転したばかりの時期でした。
Bespokeは「未来デザイン」をする会社なのですが、話を聞くまで想像がついていませんでしたが、デザインと呼べるものは本当に幅広いなと感じるお話が聞けました。(未来デザイン=Futures Designは本記事でご確認ください)順を追って考え、実行できれば、自分たちが期待する未来を少しずつ作れるのではないかというFutures Designの考え方は、暗いニュースが多い日々の中で明るさを感じられるものでした。
ニコラスさんは日本の漫画やアニメも大好きだそうで、キャプテン翼が特に好きとのことです。コペンハーゲン市内には日本の漫画を中心に売っている本屋さんがあり、日本のカルチャーを身近に感じてくれている方も多そうでした。
→ Bespokeのインタビューはこちら
デンマークのデザイナーが考える「日本のデザイン」
デンマークのデザイン従事者に聞いた日本のデザインに対しての印象。とにかくみなさん声を揃えて「グラフィックがハイクオリティですごい!真似できない!」という意見をくれました。デンマークでは、「納期までに終わればOK」という感覚でやっている場合が多いそうで、想定の工数以上に品質を上げることをしないのだとか。街中で見かけるデザインも、色数が少なくシンプル、というかミニマルなものが多かったです。
言われてみると、日本には期待を超えるような高品質のものを作るためには労力を惜しまない風潮があると思います。その分、労働環境を二の次にしてきた……という複雑な状況も直視しなくてはならない事実です。特に広告会社やアニメーション制作会社など、世界に誇れるクリエイティブを作っている業界は長時間労働というイメージがあります。クラフトマンシップは高くリスペクトされているので、健全な労働環境のもとで繊細ですばらしいものが作られる環境であって欲しいと願うばかりです。
デンマークのオフィス、オシャレすぎる
これはさすがデンマークだな、と思ったことのひとつ。オフィスのインテリアが本当にオシャレなんです! シンプルですが色の使い方が上手で、どのオフィスでもたくさん写真を撮りたくなりました。特に、照明にこだわりのある場所が多かったです。
また、街中を歩いていて思ったのは、古い建築がたくさん残っているということ。デンマークを象徴するカラフルな建築、実際に見てもとても可愛らしいのですが、意外と柱が歪んでいて……。入ってみると床に傾斜があるところが多かったです。「住めるから大丈夫!」と思えるのは、ゆとりあるデンマークならではなのでしょうか。コペンハーゲンには自然災害が起きることがほとんどなく、古い建物がずっとそのまま使われているそうです。
コミュニケーションを取る前提だからこその心理的安全性の高さ
前述した「誰かに聞けばいい」という考えのもと生きているからなのか、街中の人からも優しさを感じました。スマホで地図を見ながら歩いていたら「大丈夫? 困ってない?」と見知らぬ女性が声をかけてくれたり、コンビニのホットスナックをどれにするか迷っていたら「これが美味しいよ!」とオススメしてくれたり。コミュニケーションを取ることのハードルがすごく低いと感じました。街を歩いていても危険を感じない治安の良さもあり、心理的安全性が非常に高い国です。
今回の旅を経て、いかに自分が狭い価値観の中で生きてきたかと気付かされました。そして、デンマークのステキな部分を見ると同時に、日本にもこんなにいいところがある!と再認識するきっかけにもなったのも良かったです。今回私たちが聞いてきたお話はSpectrum Tokyoのインタビュー記事にてアウトプットしています。そして日本のデザインについても、さらに海外に知ってもらいたいなと思っていますので、今後も日本のデザインを発信することにたくさん取り組んでいきます!