日本人デザイナーが考察する、日本のユニークなUXデザイン

一時のコロナウイルスの蔓延が落ち着いて以降、東京で外国人観光客を本当に多く目にするようになりました。台風が定期的に訪れる、湿気のひどい真夏でさえも、観光客と思わしき人をどこに行っても見かけます。30年強を日本で過ごしてきた筆者のような人間にとってこの光景は異様で、こんなに多くの観光客が日本を訪れることがかつてあったのでしょうか?

コロナが流行り始めた前後から外国人が日本のUXのユニークさについて説いている記事を多く見かけるようになりました。多くはパッケージやポスターのグラフィック、Webサイトに所狭しと密集した情報や、親切丁寧な情報設計について言及し、西洋との違いも説明してくれています。一方で文句を言っている人もいるようです。しかし、そういった記事は西洋からの視点のものしかほぼ見たことがありません。というわけで、この記事では日本人デザイナーである筆者が日本と海外のUXの違いについて、日本からの視点に重きを置きつつ分析、説明します。

今回の記事では外国でよくトピックに上がる広告、パッケージ、Webサイトの観点から日本のユニークなUXを探っていきます。

注※この記事は日本で日本人、外国からの住民、旅行客など100名以上に会って話を聞いた中で個人的に感じたことをまとめたノートです。ここに掲載されたものはすべて個人の意見であり、会社や組織の推薦は受けていません。
この記事は以下の記事の内容も参考にしています: 
The deeper meaning behind Japan’s unique UX design culture|uxdesign.cc
What makes Japanese food packaging more innovative and user-centric than its Western counterparts?|uxdesign.cc

情報量が圧倒的な日本の広告

まず、よく語られる日本の広告デザインから。外国人が日本に来て圧倒されるものといえば街中の情報量ですが、なぜそんなに情報が多いのかを真に理解できている外国人は多くないでしょう。また、これに関しては「どうしてそんなに情報量が多いのか」と衝撃を受けているような投稿を多く目にしますが、その内情を調べてコメントしようとする人は極わずかです。

看板、装飾、騒音……とにかく情報過多な渋谷の駅前
(写真: Jezael Melgoza on Unsplash

文字が密集した広告が常に電車や街頭を占拠するのは、日本では広告が単なる情報提供以上に顧客の獲得競争の場 = コンペである点から来るものと思われます。ひとつの証拠として、街を見れば至るところで「視認性が高い」という理由で使われる黄色や赤、もしくはそのコンビネーションの広告を本当によく見かけます。たしかに広告は誰よりも目立ったもの勝ちではありますが、同じような広告が乱立した結果、街中はカオスになっています。そして広告の大半にものすごく小さな文字で注記が示されているのは、日本人ならすでにおわかりかと思いますが、法律違反や顧客クレームからのリスク回避のためです。

日本の広告の情報密集具合とバブル期以降の官公庁による「ポンチ絵 ※」文化には通ずるものがあると考えます。どちらも少ない時間でより多くの情報を効率的、効果的に提供しようとしていることには変わりないのです。

※ 官公庁におけるポンチ絵 = 官公庁における「文書」において、事業や計画の概要を解りやすく示したり、内容を補足する目的で掲載される図を、「ポンチ絵」と称する。(Wikipediaより)

(Google画像検索より 2024年9月時点)

コロナウイルスの流行が落ち着いてから、日本の会社の多くはリモートワークと出社のハイブリッドもしくはフル出社に戻っており、1〜1.5時間かけて電車で通勤している人が増えています。そしてその電車の中や駅のコンコースこそ商材を宣伝する上では格好のチャンスとなるために、どうしても異様な量の広告が所狭しと並ぶことになっているのです。

かつては電車内上部の両端のデジタルサイネージの部分までびっしり紙の広告が埋まっていた

とはいえ、情報量の多い広告の大概はセール、新商品紹介、キャンペーンの案内などの「この機会をお見逃しなく」系の宣伝であり、そうでないもの、たとえば高級ファッションブランドの宣伝などに関しては美的に洗練されている広告が少なくありません。

加えてスマホの普及とそれに伴うWeb広告の増加、また、おそらくそれによる街頭広告への予算削減により、街中でも動画広告(デジタルサイネージ)に移行し、一度に見られる量は減少しているようにも見えます。

それでも日本人はその密度の情報を瞬時に理解できます。それはおそらく漢字がそもそもとても情報量の多い文字であるのと同時に、カタカナとひらがなをも同時に、瞬時に使いこなす日本人の類稀なる情報処理能力の高さから来るものではないでしょうか。これも日本の明治時代以降の教育による識字率の高さのたまものです。

好んで情報量を多くしているわけではない

日本に住み慣れている外国人は情報量が多すぎる日本の広告デザインについてよく不満をこぼしていますが、それが大半の日本人が好むものというわけではありません。日本人はミニマルで繊細、最小の情報を生活に求める傾向もあります。日本生まれのプロダクトでその傾向が顕著なのはMUJIやBalmuda、ダイソーの姉妹ブランドStandard Productsなどが上がります。どれも、私が知る限り、海外にありそうで意外にないミニマルなテイストのものが多いものです。

だからこそ、シンプルで美しい広告やVIを作る亀倉雄策氏や佐藤可士和氏、原研哉氏などのグラフィックデザイナー、深澤直人氏、安藤忠雄氏などクリーンでミニマリスティックなデザインが得意なプロダクトデザイナーが日本から世界で活躍しているのではないでしょうか。Japandi (ジャパンディ=北欧と日本のデザインの中間のような、ナチュラルでミニマルなテイスト)が新しいテイストとして海外で話題を集めているのも、ここにつながるのかと思います。

2000年代以降の国産オシャレ家電の代名詞、Balmuda
ダイソー発のライフスタイルレーベル、Standard Products。300–500円でシンプルなインテリアにもマッチする雑貨が手に入る

基本的に日本のビジネスにおいてはいつもクライアントやステークホルダー、ひいては政治との折衝の中でいかに効果的にビジネスインパクトを出すか考える必要性に迫られています。日本はそれなりの人口の多さと歴史的な社会構造ゆえに「まず日本で勝負してから海外に出よう」となる商材が大半で、シーンによっては予算が少ないために、デザイナーの希望がクライアントやステークホルダーに捻じ曲げられてしまうことは悲しいかな多いのです。近年、デザインの重要性についての認知が上昇していることは確信できるものの、いまだにデザインの価値や「デザインとはなにか」の認識が世界的な尺度とは異なっている層がマジョリティーだとも感じます。それゆえにデザインがうまく機能しないことが多いのですが、それは使う側と作る側の認識にギャップがあることが原因であり、テストや調査を通したユーザーやステークホルダーとの対話不足からくるものなのではないでしょうか。経営者など上層部の問題に聞こえるかもしれませんが、そこに奢っているデザイナーやデベロッパーなどの開発者にも責任はある、と言えないわけではありません。

サービス提供者とユーザーも、同じようにコミュニケーションがとれていないのかもしれません。セブンイレブンのコーヒーマシンに貼られる注釈のシールや、トイレや公共のエリアに所狭しと貼られた施設の使い方や注意点の張り紙からもそれを感じます。私たちは、対面によるコミュニケーションが得意な人種とは言いにくいからこそ、多くの注意書きを貼り情報を増やしてしまう傾向にあります。

日本人にはおなじみの誤解を生まないようにと追加で次々と貼られてゆく説明書き

親切とおもてなしに溢れたパッケージデザイン

日本のデザインでよく関心されるデザインのひとつ、パッケージデザイン。その異様な丁寧さを意識したことはありますか? もしくは、海外に行ったときに、粗雑なパッケージにがっかりしたことがあるかもしれません。日本の包装は異様に丁寧ですが、ここには日本に住んでいる人には当たり前で意識しない中に、心遣いが隠されています。そしてこの心遣いは日本に昔から存在する「贈りもの文化」からきているのかもしれません。

たとえば伊勢丹、西武、阪急などの百貨店に行けば、「美しい!」と思わず声に出してしまうような見た目のお菓子を数多く目にします。虎屋のようかん、千疋屋のゼリー、ヨックモックのシガール……。そしてそれらを販売する店舗も、世界観に没頭できるように細部まで丁寧に作り込まれているのです。昨今では、カウンターからレジが見えないようなオシャレな作りの店舗がメジャーになっています。そんな中にあって、包装が雑というのは日本人としては許し難いはずで、雑な包装のものを大切な人に送るのは大変気が引けるだろうと考えられます。

外国人には馴染みないが日本人は知っているであろう文化、お中元とお歳暮。目上の人や親戚に贈る大切なものという風習から、このパッケージには日本人の細やかな気遣いが見て取れる
(Google画像検索より 2024年9月時点)

そのような心遣いが日常で使うパッケージにまで行き届いている、というのが私の仮説です。そもそも現代人は時間がないとよく言われますが、たとえば東京などの都市部に住んでいると特に時間がないと感じる人は多いのではないでしょうか。手を洗うことでさえも気が引けるレベルに忙しいと、洗う手間を無意識に回避してくれる小分けパッケージの意匠には感謝せざるを得ません。最近のパッケージには、そのようなさりげない心遣いが多く存在しています。

実は最近海外YouTubeチャンネルでSakuracoという日本のお菓子をボックスで届けるサブスクサービスがよくスポンサリングをしているのですが、そのエクスペリエンスは日本の贈り物カルチャーをよく体現しています。毎月届く箱の中には、ご当地お菓子や季節を象徴するお菓子と一緒に小さなお皿などの小物が入っています。

参考:FIRST LOOK: SAKURACO Sakura Afternoon Tea | Japanese Snack Subscription

創意工夫は心遣いの現れ

さらに、日本のUXでよく見るものといえばコンビニの商品の細やかな心遣いです。コンビニのごちゃごちゃ感やその随所に見られるUXの独自性はまさに日本の縮図と言えるのではないでしょうか。

コンビニおにぎりは私が人生で最初にコンビニに行くようになったころにはフィルムの構造が違っていたような気がする、と思い調べてみたところ、諸説はあるものの、おにぎりのパッケージの起源が長野のお惣菜屋さんにあることを発見しました。ビニールの包装に工夫を凝らしたことで今日(こんにち)の海苔のパリパリさをキープできるおにぎりのパッケージの土台が出来上がったそうです。

参考:『アイデア商品を発明して、お金を稼ぐ秘密その1』 | よ・み・き・か・せ – TOKYO FM 80.0MHz – EVERY Mon.-Thu. 14:30頃~

こういった創意工夫は、小中学校の夏休みの課題、「発明創意工夫展(編集注:正式には全日本学生児童発明くふう展)」のための自由研究が起源になってはいないだろうか、と想像しました。なんだかんだ日本人が創意工夫を施した便利グッズは100円ショップや東急ハンズに行くと無数に見ることができます。電子レンジで上手にゆで卵を作れる道具など、別になくても生きていけるけどあると便利だよね、という類のものが多く存在します。

そんな工夫はおにぎりやその他お惣菜、お菓子などのパッケージにも見られます。海苔のパリパリ感をキープできるおにぎりパッケージや、開け口にチャックがついた持ち歩きできるサイズのチョコレート、レンジで温められる蒸気孔がついた弁当のフタ、丁寧に仕切られ柄まで入っている弁当箱、手を汚さず開けられるフライドチキンのパッケージなどなど。日本人の丁寧さにはこれでもかというほど感心させられます。まあ、そうしないと面倒な思いをするほど、日本人はとても忙しくて時間がなく、そして神経質な人種で、それをわかっているが故にこの心配りが実現するのかと思います。

筆者のポスト

保守的な国民性が出ている? Webサイトとアプリ

最近は日本発のWebサイトデザインで非常にクールなグラフィックを目にすることも多くなりました。これは大変嬉しい話です。

すべて日本の制作会社やフリーランスデザイナーが制作しているWebサイトである
(出典:Awwwards)

しかし日本のWebサイトやアプリは広告にも通ずる情報密度の高さにおいて、他の国とは明らかに一線を画しています。この情報量の多さは中国にも似たものがあるように思います。

先の広告の話で述べた「必要な情報を一度に閲覧したい」という欲求はWebサイトやアプリ、果てはインスタグラムのお役立ちtips投稿にもあふれています。また、効率や印象の問題からWebサイトで使用した素材が広告のバナーに使用されるケースも多いため、広告バナーそのものも欧米以上に作り込まれていることが多いのです。

たとえば、アパレル企業やメーカーの場合、ECを導入する際に社内に専任の担当者を置かないことが多く、これにより代理店、コンサルタント、システムインテグレーター(SIer)の存在感が大きくなり、この傾向は現在も続いています。

ただし、予算の都合上、コンペからの単発契約となるケースも多く、その結果、予算の問題によりビジネスパートナーが頻繁に変わることは珍しくありません。これが何度も続くことでデータベースを含むWebサイトが適切にメンテナンスできないパッチワーク状態になることもよくあります。このような状態から内製化してWebサイトを刷新しようとすると、膨大な量のレガシーシステム問題に対処しなければならず、大幅な刷新が困難になるのです。

また、長年の運用を経てすでに「成熟しきってしまったプロダクト」もあります。このようなデザインは、複数のABテストを行っても、結果は一貫して「変えない方が良い」と示されているため、ほとんど変わることがありません。これは、日本市場やユーザーの安定を求める保守的な考え方を反映していると同時に、プラットフォームがいかに日本国内のみで成熟してきたかを浮き彫りにしているといえるかもしれません。その一例として、Yahoo! JAPANと楽天のデザインは設立当初からほとんど変わっていないのです。そして、海外の楽天サイトの見た目は全く違い、同じことがかつての日本版 Yahoo!(Yahoo! JAPAN)と海外版Yahoo!(Yahoo.com)でも起きています。Yahoo.comはあるときから経営方針の変換も相まってUIが大幅に刷新されましたが、Yahoo! JAPANはその間も一貫して変わらないUIが鎮座しています。

とはいえ、プロダクトの成熟という観点でUIを眺めると、日本のWebサービスだけが成熟しきっているとも言い難いようです。日本がUIの成熟という点においてはかなりの先端を走ってきているだけで、海外サービスにもその傾向は現れているかもしれません。たとえば海外サービスを見渡せば、Instagram、Facebook、X(旧Twitter) も、初期と比較してUIの変更は減少傾向にあります。このような傾向が日本・海外を問わず成熟したすべての製品に当てはまるのであれば、Instagram、Facebook、X(Twitter) などのプラットフォームも安定方向に向かう可能性が考えられます。

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今回は広告、パッケージ、Webサイトの観点から日本のユニークなUXを考えてみました。本件に関して意見がある方はたくさんいると思いますので、コメントやご意見などをぜひSNSなどで投稿いただけるとうれしいです。

Written By

鈴木カアイ

ファッション業界からマーケティング・グラフィックデザイン業務をきっかけにUI/UXデザイナーへ転身。カナダでのフロントエンドエンジニアリング、グラフィックデザイン、UIUXデザインを経て現在はデジタルプロダクト & コミュニケーションデザイナー。電子音楽とコーヒーとチーズケーキが好き。

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