強みを紐解くことから考える これからのシニアクラスのデザイナーキャリア
あなたはこの先どのようになりたいですか?
「デザイナーになりたい」── その思いが叶い、いまデザイナーとして楽しく仕事をされているのであれば、次にお尋ねするのは「この先どのようになりたいですか?」です。みなさんは、すぐに答えられますか?
私の場合、現在はデザインを中心にした仕事をしていますが、最初に目指したわけではなく気付いたらデザイナーになっていました。小学生のころからプログラミングに触れる機会があり、大学では経営学と情報系を専攻しましたが、2002年に就職し配属されたのはネットワークエンジニアでした。ただどうしてもソフトウェア開発に携わりたく、異動後には CRM のソフトウェアを担当することになりました。当時は「UI デザイン」という言葉はなく、機能設計とひっくるめて「基本設計」と言われていた頃です。
設計にあたり、利用者のところに何度も出向いて意見を聞き、画面イメージを PowerPoint で起こしてはインタビューを繰り返しました。他社の類似システムの良い部分を分析し、エンジニアに分かってもらえるよう、ガイドにまとめました。彼らとのコミュニケーションでも、まずは相手の気持ちをなによりも大切にしました。カットオーバー(いまで言うリリース)後、利用者からの良いフィードバックにやり甲斐を感じていたのが会社員のころの私です。
当時はツールや手法も少なかったですが、「ユーザーにとって使いやすいものを作る」という目的でやってきたことは現代とほぼ変わりません。それが後に、まずユーザーの話を聞くこと、そしてプロトタイピングから開発と検証を進めていくことが、デジタルプロダクトのデザインの一手法として体系化されていきましたが、自分にとっては答え合わせをしたような感覚でした。同時にそのときにデザイナーの使命に気付き、現在に至ります。
このように私は「デザイナーになりたい」と思ってキャリアをスタートした訳ではなく「気付いたらデザイナーだった」のです。そういう方も一定いらっしゃいますが、私のキャリアパスですら誰の役にも立ちません。そのくらい、デザイナーになった経緯や、この先どのようになっていくかはデザイナーの数だけストーリーがあるはずです。
誰にでも訪れる人生の「ど真ん中」
人生の「ど真ん中」に差し掛かる時期が誰にでも訪れます。キャリアの明るい未来の話をしたいのですが、こういった現実的な話ほど、親しい間柄でしか議論されないテーマです。得られた知識や経験によって収入は落ち着くものの、家族や健康面、自分のこの先の立ち位置を冷静に考えると「このままでいいのか?」と一旦立ち止まるような時期ではないでしょうか。
若いころにできなかったことができた喜びも、徐々に記憶力や体力は落ち、できていたことが段々できなくなっていくように変化します。一方で商業デザインのまわりで起きる変化、そのスピードはすさまじく、新しい技術やトレンドが次々と生まれ続け、終わりはありません。AI も活用され始めています。デザインやエンジニアリングの技術で勝負できる場面ならともかく、マネジメントやジェネラリストにキャリアを進めた方は、特に脅威を感じていると聞きます。
いわゆる Midlife Crisis は「中年の危機」と訳されますが、私は冷静に「シニアクラスの転機」と捉えます。シニアクラスとしたのは、働き方の多様化で、40代以降でなくとも(30代でも)あり得る話だからです。また、私の周りを見ているとそれは乗り越えられるものなので、危機とは捉えずに「転機」をどのように迎え、持ち手のカードを整理しておくか、なるべく早いうちに備えておくことが大事だと考えています。私自身も40歳を目前に、体調の大きな変化がありました。このまま同じ事をずっと続けられるかという思いや、ちょうどコロナ禍も重なりました。これは絶好のタイミングだと捉え、セカンドキャリアとしてコーチに転じたり、さらなる自己啓発や新しい分野への挑戦を始めています。それはこの記事を執筆しているモチベーションでもあります。
キャリアとロールモデル
冒頭に述べた「他人のキャリアパスは役に立たない」という点をもう少し広げておきたいと思います。多くの人が、キャリアを歩む上でロールモデルを求めています。「優秀なデザイナーになるには」「これからのデザイナーのキャリアとは」「PdM、CxO の仕事とは」── このような直球なタイトルではなくとも、デザイナーを集めるイベントにはこんなテーマが散見されます。
成功したパターンを目標とし、その足跡をなぞることで、自身のキャリアパスを考えることは自然なことかもしれません。特にデジタルプロダクトの商業デザイナーは、その職が誕生してからヒト一生分の時間を経過していません。ロールモデルのサンプルが他の職業より少ないのです。
私の場合は幸か不幸か、よりサンプルが少ない時代でしたが、あえて「キャリアにロールモデルはない」と言うことにしています。他者の成功から部分的に学ぶことはあるものの、その人のキャリアを完全に真似することは難しいですし、同じ結果は得られません。その人の背景、機会、そして強みが異なるからです。私たちは一人一人が唯一であり、それぞれが独自のキャリアを築いていくべきです。
そうなると、この先の転機を迎えるのに重要なのは、特定の個人をロールモデルとすることではなく、多様な人々を知りながら、自分なりの「強み」を見つけることです。他者の成功体験を知ることで、自分ではどのようにできるかを考え、自分の「強み」に基づいてキャリアを構築していく。そんな主体的な姿勢が、デザイナーだけでなく、現代のキャリア形成には不可欠です。
「強み」については、これまでに多くの名著で語られていますが、中でもドラッカーの「マネジメント」は特に重要な示唆を与えてくれます。彼は「自分の強みを知り、それを最大限に活用することで、個人の成果が高まり、組織全体にも良い影響を与える」と説いています。また、同著の「Managing Oneself(邦題:自己探求の時代)」では、同じように「自己の強みを知る」ことや Midlife Crisis を乗り越えた後に迎える第二の人生について、1990年代にすでに書かれていたことに驚かされます。ぜひ一度、読んでみてください。
強みとは、他者より容易にできること
現代は外からの情報が多すぎて、外部の評価や他者との比較に囚われがちです。そんな時こそ、自分の中に目を向けることが自分のキャリアを考える第一歩です。就活をされた方は、自分の強みを言語化した経験があると思います。しかし「何事にもチャレンジし、行動力があります」── こういったところで止まってるだけでは、強みとして活かされているとは言えません。「○○力」という言葉ほど、力がないものです。
たとえばなんでも挑戦してみたくなる衝動はなにか、チャレンジによって他人に影響を与えたいのか、まずやってみて誰よりも突破口を速く見つけられるのか、周囲を鼓舞したいのか。その考えの根幹はさまざまで、過去、何度もやってきた自分なりのパターンを思い出してください。根幹に持っている強みとは、再現性があり、変わることなく、その人が他者より容易にできることです。
「スキル」という言葉にも注意が必要です。スキルは知識(学ぶことで得られる真理)や技術(行動のための手段)、そして強みのいずれか、またはそれぞれが組み合わさった概念で使われることがあります。「デザインスキル」とはそのうちなにを示すことなのか、知識と技術、強みに分けて言語化をしておくことです。
「ありのままの自分」がブームになったこともあり、心理学でいう「自己一致」がいつの間にか「自分がやりたいことをやる」という意味に捉えられてしまっていると感じます。自分に合わない会社はすぐ転職し、自分にフィットするまで探し続ける。そんな働き方も珍しくなくなりました。もしそれを繰り返しているのであれば、目の前の山に登ることをやめてしまう前に、自分の強みを見つけ「自分ならこの山をどう登るか」という視点に切り替えるべきです。
自分から「私たち」へ
コーチングの経験から、強みの発見には段階があることが分かりました。まずはキャリアをスタートさせたころは自分の中にある強みが言語化されていない状態。そして少し経つと、周囲の評価などから自分の得意とすることがわかり、強みに言語化できる状態になります。最終的には自身の強みを理解し、それを自分のものとしていつも使えている状態です。
自分の「強みを使えている状態」とは、視点が「私たち(チーム)」になっていることが大前提です。先ほどの挑戦、行動力の例では、計画性の高いメンバーと組んだり、失敗に備えリスクをメンバーで検討する、自分以外にも挑戦の機会を創出することでチーム、すなわち私たちの成果を上げる。こういったことができれば、強みを使えているといえるでしょう。
デザイナーが関わるプロジェクトは、一人で完結することはほとんどなく、チームで進められます。自分の強みはチームで共有し、他のメンバーの強みを理解することで「私たち」という視点が生まれ、メンバー全体の成長を促すことができます。
もしあなたが組織内のシニアクラスであれば、視点はすでに「私たち」になっていることと思います。デザインから離れ、リーダーシップやメンターシップ、組織によって求められていることは多いですが、基本的なことは自分の強みを活かし、知ってもらうこと。そしてメンバーの強みを理解し、チームの強みへと昇華させる要領は同じです。
私たちから社会へ
私はこれを執筆するにあたり、キャリアという観点でできるだけ多くのデザイナーに話を聞きました。やはりシニアクラスのほとんどの方々が一度はなにかに悩み、そして自分の強みを問えばそれに気付いています。同じ時代を歩んできた私もまだ道半ばではありますが、彼らが感じる悩みや課題に共感できました。一方で、若い世代にとっては、すでに複雑な環境に直面しています。選択肢の多さ、働き方の多様化、そして膨大な情報量の中で、どのようにキャリアを築いていけば良いのか、より複雑になっているからです。
デザインの現場は、かつての創造性が求められるものから、会社の成長やビジネスへの貢献、効率化のための手段として、タスクベースへと戻っているようにも見えます。転職を繰り返すデザイナーが増え、キャリアは流動的になりつつあります。「やりたいことをしよう」「なりたい自分になろう」というキャリアアドバイスは、本質的な解決策だとは思えません。来たる転機に備え、しっかりと助走をつけておく。それは繰り返しになりますが、自分の強みをみつけた上でのキャリア形成です。
シニアクラスの視点は「私」から「私たち」へ、家族や会社にとどまらず、社会全体へと向いていきます。これからのデザイナーには、単に個人の生き方を追求するだけでなく、社会のニーズを理解し、それにどう貢献できるかを考えることです。 デザイナーとしてのキャリアは、単なる職業選択ではありません。それは自分の強みを活かしながら、社会に価値を提供し続けるひとつの手段です。
あなたはシニアクラスとしてこの先どのようになりたいか、ではなく、あなたなら山をどのように登るかを一緒に考えてみませんか?