トイレのサインから学ぶ、人の認知能力と空間体験

Tech & Experience Design / テクノロジーと体験デザイン

世界中どこにいっても一番よく見かけ、そして追跡することになる案内標識はトイレのサインではないでしょうか。駅、空港などの交通機関、商業施設、ホテル、公園、オフィスビル…… どこにいっても、どんなときでも人はトイレを使うので、「トイレを探す」 という体験からは逃れられません。誰かにトイレの場所を聞くこともなく、トイレの案内標識を追いかけて行くことで、自力で目的を達成できます。

見知らぬ国へ行ってもトイレのピクトグラム(案内用図記号)やサイン(案内標識)を見て、それがトイレの場所案内だ、とすぐに理解できます。よく見かける男女の立ち姿だけでなく、その場所や空間からイメージされるデザインで表現しているユニークなピクトグラムも見かけるようになりました。

英語のMan, Womanの頭文字である M, W を利用したり、テーマパークでは登場するキャラクターにしたり、女性を三角形(△)、男性を逆三角形(▽)をベースにしたデザインで模すなど多種多様です。そこに「トイレ」「WC」と文字で添え書きしていなくても認識できる人間のパターン認識、認知能力の凄さにも感心しませんか?

このトイレのピクトグラムやサインは、国際標準機構の規格 ISO 7001「Graphical symbols — Public information symbols」に記載があります。また、近年の日本産業規格(JIS) においては、案内用図記号 JIS Z8210 の中にお手洗い(Toilets)の図記号の記載があり、ISO 7001を踏襲しています。日本では危険標識、警告標識、安全標識などは法律でデザイン等が厳格に決まっていますが、トイレ図記号(ピクトグラム)はそういうわけではないようです。

しかし、昨今では日本在住者だけでなく来日外国人、さまざまな利用者ニーズの多様化にむけて、先のJIS Z8210などの案内図記号の整備や調査研究をしている交通エコロジー・モビリティ財団が標準案内用図記号ガイドラインを発行し、その利用を推奨をしています。

交通エコロジー・モビリティ財団 標準案内用図記号ガイドラインより抜粋

これらの案内記号はどれをみても、場所・道具・体験などが容易にイメージできるデザインになっています。しかしトイレは男女の人の形のみ。便器すら表現されていないのに「トイレ」と世界中の人が一瞬で認知できる凄いピクトグラムだと私は思うのです。

男女の色分けをするのは日本だけ?

さて、そんなトイレのサインに関してちょっとした質問をします。質問文を読みながら頭の中でその体験をイメージして答えてください。

いま、あなたは非常にトイレに行きたいと思っています。トイレのサインを頼りにしながら歩いています。ようやくトイレの前にたどり着いたようです、目の前にトイレのサインを発見しました。さて、あなたは右と左どっちに向かいますか?

このトイレのサインを見て瞬時に正しく自分の行くべき方向が認識できましたか? このサイン(ピクトグラム)の場合、右側に男性用トイレ、左側に女性用トイレがあることになるのですが、色に惑わされた方もいるのではないでしょうか。

興味深いのは、日本在住の人は間違った方を選んでしまう人が多いのです。サインを見た直後の判断プロセスにおいて、デザインのシェイプ(形)よりも色識別の方が優位だったということになります。

この理由は日本においてトイレのピクトグラムは、男性は青色系統、女性は赤色系統の色で人のイラストや文字を表現することが多く、それに見慣れてしまっているからです。トイレ以外でも、日本では男性は黒、青色や緑色などの寒色、女性が赤やピンク色などの暖色、と男女が色分けされたり、そう指定されたりする慣習が以前からありました。昨今は、このような区別は減ってきていますが、トイレに関して言えば、サインやピクトグラムだけでなく、トイレの空間エリア(床や壁など)も、同様に色分けされているところがあります。

一方で、海外在住の人は、先の問題にさほど戸惑いを感じず、正しい方向を選択する傾向にあります。つまり、判断プロセスにおいて色よりも形状識別が優位にあったといえます。理由として、そもそも日本国外においては、トイレのピクトグラムやサインを男女で色分けはせず同色が一般的だからです。ISOにしろJIS規格にしてもトイレなどの図案は、白地に黒色が基本で、男女の色分けの指示やガイドラインはありません。男女共に同じ色をスタンダードとしています。

道路の信号を考えると形や文字を読み取るよりも、色の方が瞬時に判断がつき便利そうに思えます。ちなみに信号は世界共通CIE(国際照明委員会)という組織により、赤・緑・黄・白・青の5色と規定され、道路の交通信号機用としては「赤・黄・緑」の3色が割当てられています。信号の色は万国共通です。危険なので例外は許されていません。

海外でトイレのサインを色分けしない理由

では、トイレのピクトグラムではなぜ日本以外で色による識別方法を選ばないのでしょうか? これには3つ理由があると考えています。

1. ジェンダーカラーの撤廃

日本の古き慣習である「男性を示すのは青系、女性は赤系」というジェンダーカラーの考え方は世界共通ではなく、国によって当然違いがあります。香港や中国の一部では過去に男性トイレが赤色、女性トイレが緑色だったことがあったそうです。どちらにしろ、昨今は世界的に見ても多様性を理解し、男性はこの色、女性はこの色、といったジェンダーカラーで区別はしないような流れになってきています。よって、日本においても近年設置されている公共空間等のトイレのピクトグラムはモノトーンが増えています。

2. カラーユニバーサルデザイン

カラーユニバーサルデザインとは、色覚の多様性に配慮し、すべての人に正しく情報が伝わるように配慮してデザインすることです。たとえば、色弱者の方が見分けづらい配色にしない等の配慮が挙げられます。

なお、日本のJIS Z8210 案内用図記号(国土交通省 案内用図記号)にはトイレのピクトグラムの色指定はなく、白地に黒色での表現が基本色で、JIS Z9101-1995安全色および安全標識 に記載の赤、青、黄、緑として指定されているマンセル値以外の色に変更できる、となっています。つまり、このJISルールに従った青や赤色は使っても問題はありませんが、前述の色弱者の方が不自由なく認知できるような色選びは必要です(このJIS規格も、色覚多様性に考慮して、2018年に若干色調に変更が加えられています)。

3. 空間的デザインと体験への配慮

空間を設計デザインする際、床・壁・天井・建具・家具の素材、色、配置場所などが重要な要素になります。公共空間や商業施設では、サインもその空間の一部となります。モノトーンで統一された空間にトイレのサインだけが赤・青で目立ってしまう、といったことも起こりえます。

写真は、ラスベガスの高級ショッピングモールのトイレです。ハイブランドのアパレルブランドが並ぶフロアなので、ドレスアップした男女のイラストのサインになっています。

このように、その空間コンセプトに合わせた色・形をしたトイレのピクトグラムを独自にデザインし他のサインやピクトグラムも含めてトータルでデザインすることで、その空間のコンセプトや雰囲気に統一感が出ます。

もちろん、空間に馴染みすぎてしまい、必要なサインやピクトグラムが認知できないのは、標識案内として機能を果たさないため大問題です。どこまで空間美を保ちながら、機能を落とさず表現するか、「わかりやすい・認識しやすい」と「空間にマッチしている」の両方を共存させることが、空間体験デザインとして私は大事だとではないかと考えます。

自分の常識を疑ってみよう

なにげなく目にしているトイレのピクトグラムやサインについて取り上げました。信号のような色による区別が人間の認知メカニズムとしてもおそらく一番負担なく瞬時にわかりますが、さまざまな理由により、形や文字や場所などで認知できることもデザインする側としては考慮にいれなければなりません。

色の区別に頼らず、歩いている人にわかりやすく(視認性)、かつ空間デザインも損なわない(空間美)、良いピクトグラムやサインはどうあるべきでしょうか? トイレに用がない人が不快に感じない、でも必要な人にはトイレのサインと認知しやすい必要がある、という一見相反する体験をデザインしなければなりません。今回は深堀しませんでしたが、サインやデジタルサイネージを設計設置するときは、人の動線・視聴距離などを算出し、そこからイメージの大きさや文字サイズの最適値の導出、視野にどう入るかなどの事前にシミュレーションすることが重要です(デジタルサイネージでは、視聴距離に対する最小のフォントサイズなどのガイドラインがあります)。

また、自国の人だけでなく、あらゆる国の方の意見を聞き、ユーザビリティテストすることも大切でしょう。自分たちは当たり前に思っている慣習や常識が、他国の人には考えられないことだったりします。たとえば、「虹は赤・橙・黃・緑・青・藍・紫の7色」というのが日本人の常識ですが、調べてみるとこれも世界各国で違います。トイレの男女の色分け同様に一度、自分の常識や自国の慣習が外ではどうなっているのか疑ってみるのも、視野を広げるきっかけになるかもしれません。

そんなことを考えながら、私は今日もトイレのピクトサインを見かけるとついスマートフォンで撮影してしまっています……。

補足

本記事では取り上げませんでしたが、ジェンダーフリートイレについても世界的にさまざまな動向があります。日本においても、公益財団法人交通エコロジー・モビリティ財団の「男女共有お手洗い Allgender toiletについて」に JIS Z8210に登録されている男女共有お手洗いの記号についての背景や解説がありますのでご参考ください。

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「テクノロジーと体験デザイン」では教科書的なUXデザインを語るのではなく、幅広い知見からデザインについて語っていきます。デジタル・アナログ問わず、実践的な開発の現場から世界の事情、私たちの生活空間や人間の感性感情といった身近な観点なども織り交ぜて、体験をデザインするとはどういうことか深掘りしていきます。

Written By

河野 道成

BXUXディレクター&デザイナー。ソニーで22年間、PS3, PS4等のグローバル向けプロダクトのUIUXデザインに携わる。独立後は次世代UIUXのコンサルをしつつ、フィットネスクラブ・テーマパークアトラクションの企画やディレクションなど、基本的に何でも屋。好きな体験はダンスミュージカル出演と4輪レース参戦と犬の散歩。

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