ユーザー体験とは切っても切り離せない「感情」とどう向き合うか
Tech & Experience Design / テクノロジーと体験デザイン
今日を振り返ってみて、感情を一言で言い表すとなんですか?昨日でも今週でも良いです。10秒で答えてみましょう。10, 9, 8, … 1, 0!
さてみなさん、どんな感情でしたか? 「ハッピー」「嬉しい!」なんてポジティブな感情? 「辛い」「怒り」といったネガティブな感情? それとも「リラックス」「まったり」でしょうか。「だるい」「疲れた」なんて人もいたと思います。感情を一言で、と言いましたが、「疲れた」「だるい」などは感情でしょうか? 日本人にとって感情分類というと喜怒哀楽の4分類が身近だと思います。「だるい」は心身的状態を表す言葉であることは間違いないと思いますが、感情に分類するか、ここは意見が分かれるところでしょう。みなさんの回答は、感情でしたか? 心身状態でしたか?
人の体験と切っても切れないのが感情です。とっておきのご飯を食べた時の「おいしい」は味覚が支配的だと思いますが、その結果として「おいしいご飯を今日も食べられて幸せ、嬉しい」といった感情に繋がります。今回は人の体験やUXに非常に大切な「感情」についてです。
感情のカテゴリー
もうひとつ質問をします。他人の感情をほぼ完璧にセンシングできるとしたら、どんなサービスを作りますか? あなた自身はなにをしますか? 人の感情や心理が全て丸見えになると、社会は混乱しそうで不安も感じますが、人の感情や心理をシステムでセンシングする精度にはまだまだ改善の余地があります。
私はかつて、感情インタラクションという研究開発をしていました。ユーザーの感情をセンシングし、その感情に合わせてコンテンツやサービスを変えていくのです。たとえば、「楽しい」ときにはより楽しい空間にするため、照明、音楽、壁や天井への映像投射、映像、香り、などを制御して空間をつくりました。ゲームでは、プレイ中に「飽きて」くると、急に難易度を上げて焦らせるプロトタイプをつくりました。また、ユーザーの発話の中から感情を抜き出し「落ち込んでいる」とわかると、ロボットやエージェントが励ますような声をかけてくれる、そんなプロトタイプも作ってテストしました。
この感情インタラクションで難しかった点は2つあります。1つ目は正確に感情がセンシングできないこと(感情の認識と推定問題)。そして2つ目は、その感情がわかったところでサービスやコンテンツはどうすると効果的なのか、なにをすれば最適なのか見つけ出すことです(表出問題)。
まず、感情がセンシングしにくい理由として、そもそも感情の分類が難しいことにあると私は考えています。感情はどのように分類されているかご存知ですか? 先に記載したように喜怒哀楽は、かなり強引ですが4つに分類したといえます。ここでは、感情の分類として有名なプルチックの感情の輪(Plutchik’s Wheel of Emotions)とラッセルの感情環(Russell’s Circumplex Model)について簡単に紹介します。
プルチックの感情の輪
プルチックの感情の輪は、基本感情を8つに分けています。喜び、信頼、恐れ、驚き、悲しみ、嫌悪、怒り、予期(期待)で感情輪の中心のひとつ外の輪に属しています。この8つの基本感情に対しての強弱によって別の感情がマッピングされています。感情輪の中心にいくと強い感情で、外が弱い感情となります。嫌悪をみると、より強い感情の憎悪が中心に、退屈が外側に位置しています。そして、基本感情の8つの組み合わせがそれぞれの間にあります。愛、服従、畏敬、失望、自責(後悔)、軽蔑、積極性、楽観です。それぞれの感情の境はこの図をみると非常に微妙ではっきりと自覚するのは難しいのでは、と感じる人もいるのではないでしょうか。なお、プルチックの感情の輪はもともとが英語なので、完全にその感情を表現する日本語がなく、しっくりこない部分もあるでしょう。オリジナルの英語版も載せましたので、比較してみてください。
ラッセルの感情円環
ラッセルの感情円環は、縦軸を覚醒(AROUSAL, ACTIVE)〜 非覚醒(眠気)(PASSIVE, CALM)でとり、横軸を快(PLEASANT)〜 不快(UNPLEASANT)で表す平面上に感情を配置したものです。覚醒、非覚醒という軸は不思議に思えるかもしれませんが、自律神経という視点から見ると非常に理に適っていると思います。自律神経とは交感神経と副交感神経の2種類で構成され、それぞれがシーソーのようにバランスよく働くことで機能し人の体をコントロールしています。この交感神経の優位状態になるとき(車でいうとアクセル)がラッセルの感情環の縦軸の覚醒側になっていて、副交感神経の優位状態(ブレーキ、休め)が縦軸の非覚醒側になります。また、心拍数、脈拍数、呼吸、皮膚抵抗、血流、発汗度などの生態情報は自律神経とほぼ同期しています。たとえば、発汗が増えるのは、交感神経優位のときであり、ラッセルの感情円環でいう縦軸が正(Y>0の領域) の感情、つまり興奮や緊張していると推定できます。そのときの感情がネガティブなのかポジティブなのか、これを判定すればある程度感情を推定できそうだと思いませんか?
このように感情をセンシングするという意味では、このラッセルの感情円環が非常に適していると私は考えています。実際、心理学系の学会ではプルチックの輪がよく出てきますが、情報通信学会、感性学、ロボット系の学会の論文ではラッセルの感情円環を参照して感情推定する例が多いように感じます。
もちろん感情の分類については、心理学や感情・情動理論など非常に古くから研究されている分野で、さまざまな提唱がされています。一方で、私たち自身そもそもそれぞれの感情の定義は人それぞれです。ラッセルの環にある感情の「イライラ」と「ムカムカ」の違い、「くつろぐ」「穏やか」「リラックス」の違いを表現できますか? 感情を表現する言葉は各言語それぞれで沢山あります。その感情を表す言葉の定義は辞書にある通り、実際の自分の感情や感覚とあっているでしょうか。ある人が今の感情を「嬉しい」という言葉で表現したとしても、それはあなたの「嬉しい」感情と一致しているでしょうか。
このように感情はその定義と個人の認知の違いに気をつける必要があります。特に、普段ユーザーリサーチやインタビューを行っている人はこの言葉の定義と個人の認知には注意してみてください。
生体情報と感情
どうやって人の感情はセンシングできるのでしょうか? ひとつは、顔や音声などから抽出する方法、そしてもうひとつは生体情報からのセンシングです。生体情報とは、生体が発するさまざまな生理学的、解剖学的情報や身体的特徴(生体器官)情報です。心電、心拍数、脳波などにはじまり、皮膚温(体温)、呼吸、まばたきなども含みます。
まず、顔や音声から感情をセンシングする方法としては、表情画像パターン(特徴点など)から機械学習などのアルゴリズムを利用します。顔認識技術の中でも笑顔判定は、地域や文化などに左右されず、精度の高いものになっています。笑顔に合わせて撮影するスマイルシャッター機能が搭載されているカメラやアプリも存在しています。しかし、その笑顔の裏にある感情、幸せで笑顔なのか、楽しくて笑顔なのか、おもしろくて笑顔なのか、その感情センシングの精度はまだまだです。また、音声からもその韻律や発話内容から感情を抽出する研究がされています。少し前までは「喜・怒・哀」のざっくり3分類することはできましたが、最近はさらに進化を遂げて、完璧ではないまでも「平穏」「幸福」「怒り」「悲しみ」「恐怖」「嫌悪」「驚き」の7感情に分類も類推できる時代になっています。
次に生体情報からのセンシングとしては、心拍、皮膚温、脈拍、発汗といった人間が生きていることを示すバイタルサインのデータ(バイタルデータ)から類推する方法もあります。この方法の難しいところは、環境の影響度が非常に高いことです。たとえば、測定する室温やそのとき着ている洋服でも体温や発汗度は変わってきてしまいます。また、測定直前の食事や運動の有無。それこそスポーツなどしていると、体温、発汗などは感情による変化よりも運動活動による変化のほうが支配的になります。平常状態、静止状態が好ましいのです。また、測定前の感情にも影響を受けることもあります。皆さんも感情がいつまでも引きずられることって経験はありませんか? 直前にイライラしたことがあったので、何気ないパートナーの一言にもついついキツイ態度で反応してしまった……などです。インタラクションによる感情の変化を測定したい場合、その測定したい事象とは関係ない直前の感情の影響は排除しておきたいものです。
このようにバイタルデータから感情をセンシングするときは、感情に影響しない環境下でセンシングできるかどうかが鍵になります。
生体情報を使ったインタラクション
感情を利用したインタラクションやサービスでは、正確な感情センシング、そしてどうユーザに表出させるかが重要となります。現状はすべての感情をセンシングするのではなく、取得しやすい感情や表出時に効果的な感情に絞った製品やサービスが多いようです。取得しやすい感情は「怒り」「驚き」「喜び」などがあげられます。これはラッセルの感情円環でいう覚醒領域(Y>0 の領域)の感情、つまり交感神経優位な状態です。
生体情報を使った商品やサービスは実は過去にいくつかあります。1997年頃にコナミがアーケードゲームとして出した、「ときめきメモリアル 〜おしえて Your Heart〜」、これはマウス型のハードウェアの指先のあたる部分にバイタルセンサーをとりつけてあり、そのマウスを握ることで、脈拍と発汗度をセンシングするものでした。このゲームは、ユーザーが操る主人公が気になる同級生の女子生徒をデートに誘うために声をかけたり、アプローチしたりする恋愛シミュレーションゲームです。女の子たちからの質問に答えるときに、プレイヤーの心拍数や発汗、つまり緊張度などを測っていてゲームの分岐に使っていたようです。また1998年にNINTENDO64向けにセタが発売した「テトリス64」は、耳にバイオセンサーを挟んで遊ぶものでした。取り付けた心拍数センサーで緊張度を抽出し、その緊張度に合わせてテトリスのブロックが大きないびつな形になったり、あるときには小さな有利な形になったりしたそうです。
このように生体情報、主に発汗や心拍から計れる「緊張しているかどうか」をトリガーにしたゲームは過去にもいくつか出ています。また、「Mind Ball」「Mind Flex」「The Forth Trainer」など脳波をつかったゲームも存在します。しかしどれも残念ながらさほどヒットはしてないように私は感じています。
まとめ
体験には感情がつきものです。UXデザインを語るとき、私は人の感情や心理に関わる形容詞や形容動詞を突き詰めることだと表現するときがあります。「楽しい」「満足」「安心」「嬉しい」「素晴らしい」など、その感情を言語化してしまうとその定義と分類が必要になりますが、感情の分類は本当にさまざまです。そして、その言語化された感情はある程度共通とはいえ、人同士で完全一致はしていないのです。日本語と英語間だけでも、翻訳し難い感情や心理を表す単語が双方にあります。たとえば、日本語の「安心・安堵・ほっとする・落ち着いている」という感情は、英語では、「calm, relaxed, relieved」などになりますが、それぞれ微妙にニュアンスが違います。1対1ではありません。まさにこれは言語間で分類や体験感覚の価値が違うという事例のひとつでしょう。
そんな小難しい感情や生体情報をいかに正確にセンシングするか、そしてその結果をどう表出させていくかが感情インタラクションデザインを成功させる鍵のひとつだと思います。
さてここまで本記事を読んでのいまの感情を答えてみてください……。
ご注意
本記事を読んで興味を持ちバイタルデータを取得しようとお考えの方へ:
昨今は、ウェアラブル機器でバイタルデータが手軽に簡単に取得できます。しかしながら、装着後の体調不良などのトラブルなどもないとは言い切れません。被験者の同意が必要なのは当然ですが、生体情報・バイタルデータを取得する試験を行う場合には、会社や組織の倫理指針の確認、または所たる組織にご相談下さい。
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「テクノロジーと体験デザイン」では教科書的なUXデザインを語るのではなく、幅広い知見からデザインについて語っていきます。デジタル・アナログ問わず、実践的な開発の現場から世界の事情、私たちの生活空間や人間の感性感情といった身近な観点なども織り交ぜて、体験をデザインするとはどういうことか深掘りしていきます。