日本の情報過多なデザインは本当に「デザインの敗北」なのか

Tech & Experience Design / テクノロジーと体験デザイン

みなさんは意匠デザインや空間美などの見栄えのデザインと、使い勝手の良さ、わかりやすさなどのユーザビリティどちらを優先しますか? たとえばこのリモコンの写真をみて、どちらのリモコンが良いと思いますか? どれが好きですか?

実際に操作してみないとわからないと思いますが、情報表示が多すぎるとどこを押せば良いかわからない、シンプルすぎると使い慣れるまでの操作が難しい、単純なことにもステップが増えて不便、など双方メリット・デメリットがあります。どちらも高い精度で叶えたい、これが人間の性ですが、それはそれで難易度が高く、かつ、そこにビジネスの場合、費用の問題も混ざってくるのでさらに解法は複雑化します。

かつてセブンカフェのコーヒーマシンにおいて、「R」マークが左側(Left) にあり、「L」マークが右側(Right))にあってユーザの混乱を招きました。結果、各店舗ではテプラなどで注意喚起や「普通サイズ」「大きいサイズ」と補足することで、本来デザイナーが手がけた意匠デザインの見る影がなくなるという事象が話題になりました。なお、もともとのデザインとしてのR、 Lマークはカップの大きさを表す Regular、Large の意味でしたが、この文字も小さく読みづらい状態でした。このコーヒーマシンは有名なデザイナーが手がけたこともあって「デザインの敗北」なんてネットで叩かれたものです。

セブンイレブンのコーヒーメーカー
引用元:yu_photo – stock.adobe.com (adobe file#: 563935707)

このようなモノにおける説明書き(ラベル等)をどこまでやるか、意匠性と使い勝手の問題はよくおこるものです。実は空間、特に公共空間でも同じ問題が起こっているので、今回はモノだけでなく空間デザインについても考察してみます。

空間デザインと過多な情報表示

モノにおける説明書きやラベルなどの文字、記号、ピクトグラムのようなの表記があるように、空間にもそれらは存在しています。駅、公園、ショッピングモールといった公共空間を思い出してみてください。代表的なものとしては、行き先の案内表示やデジタルサイネージ、「関係者以外侵入禁止」などの注意喚起をするものなどがあります。このように空間には、建築物や空間の意匠デザインとさまざまな情報表示が混在しています。我々はその空間において五感を通じてあらゆる感情が生まれる体験をします。

成田空港第2ビル駅(2022年9月撮影)。たくさんの文字情報がある。

さて、日本の駅、特に都市部の駅においてはその情報表示の量に驚きます。乗り換え、出口番号、最寄りの建物のある出口案内、さまざまな注意喚起に広告など。これらが日本語、英語だけでなく、場所によっては中国語と韓国語の4カ国語並記です。加えて、トイレやインフォメーションのピクトグラムもあります。電車からおりるとあまりの文字情報の多さに圧倒されるでしょう。

日本の都心の駅のプラットホームには、待つ位置が記されていることが多い

しかし、この情報の良さもあります。行き先が建物のどこかに書いてあるので、インフォメーションや駅内の全体マップをみなくても、大抵わかります。乗り換えが何番線か覚えていなくても、ホームに立ち、周りを見回せばどこかにあなたの所望の表示が記載されているでしょう。特急、急行、準急、普通といろいろな列車が往来するプラットホームでは、並ぶ位置(キューレーン)のテープが細かく床に張られているところもあります。また多くの路線が繋がる駅においては、各路線を色分けしてあり、床や柱巻きにその色のテープやタイルが貼られ、自分が乗りたい路線の色をさがしていけば乗り口にいけるようになっています。日本語の読めない外国人でも簡単に乗り換えができるのです。

このように日本の駅構内や公共空間では、下記の2つの体験価値を重視してサイン計画がされていうます。

2つの体験価値
① 誰かに聞かなくていい(自分自身で完結する)
② 目的の場所への行き方がすぐに手に入る(簡単にすぐに分かる・使える)

その場所に行き慣れていない人にとってこの①と②の体験価値は非常に大きいでしょう。一方でその情報表示がしっかり整理されていないと大量の情報から自分のニーズにあう情報の検索に手間がかかるデメリットもあります。

欧州などの駅構内では日本の駅や公共空間に比べて情報表示は少なめです。むしろほとんどそのような表示がない、という駅もあります。その理由がわかりますか?

ベルギー アントウェルペン駅

その理由のひとつとして五感で感じられる体験価値やブランディングも重視されていると考えられます。公共空間や駅の設計において、世界的に空間の「快適性」が最重要視されますが、その快適性を左右する要素として、居心地、空間美、空間構造・照明など視覚以外の聴覚・嗅覚も含めた五感で感じる体験価値があります。ここで、前出の体験価値①自分自身で、②簡単にわかる・使える、というに関しては「快適性」の一部ではあるものの、その優先度は低めで設計されていると考えられます。

実際、営団地下鉄、みなとみらい線、つくばエクスプレスなどの交通施設(駅デザイン)や六本木ヒルズなどのサイン計画など古くから従事し活躍されている赤瀬達三さんの著書「駅をデザインする」では、海外の駅の紹介で「歴史を感じる」「アート」「駅は自宅のような居心地を」といったコンセプトの元に設計と運営がされていると記載があります。そのコンセプトから外れるような公共空間と体験、派手なCMをサイネージで流し続ける、テプラで行き先表示を壁に貼りまくる、そんなことは極力行わないのです。

では①②が充足されない駅や公共空間において利用者から不満は起こらないのでしょうか。調べたところ、「わからなければ人に聞けば良い」「すこし歩けばわかるし、それより空間美をそんなことで壊したくない」といった意見がありました。まさに①②の価値よりもコンセプトなどを大事にしたい、という価値観です。とはいえ、日本の駅や昨今の空港などのサイン計画の良さを知ると、デザインやコンセプトも維持しつつ、①②のような体験も導入してほしいという声もあるようです。

ビジネスホテルと高級ホテル ロビーの空間設計における違い

高級ホテルのロビーには文字情報が少ない

以前、私はビジネスホテルのロビー空間の体験デザインに関わったことがあります。そのとき、ホテル運営側からの要望が「とにかく顧客が1人でストレスなく過ごせること」でした。具体的には、館内案内から始まり、天気や近隣のコンビニなどの情報などホテルスタッフに聞くことなく過ごせるようにして欲しいというものでした。その理由は、スタッフ削減や工数削減など運営側の都合もあったのですが、宿泊客から「わざわざスタッフに聞いたりスマートフォンなどで調べる手間をかけさせないでくれ」というクレームが多かったそうです。まさにこれは、先の①②の体験、自身で簡単に解決したいという価値を優先される顧客が多かったことがわかります。

ホテル空間の体験デザインの際に、外資系の高級ホテルにヒアリングしたことがあります。そのホテルのロビーは高級ホテルだけあって広く綺麗で大きな生け花やアート作品が飾られていました。一方で、案内表示などはどこにもありません。よくあるカフェやレストランのお得情報表示などもなく、トイレのピクトグラム(サイン)も小さくて、遠目では気がつかなかったのを覚えています。これだとわざわざホテルの従業員スタッフなどに声かけないといけないと思っていたのですが、ホテル側に尋ねたところ興味深い回答をしてくれました。

「ロビーではスタッフが必ずお客様を気にかけており、どこか行き場所を探しているかな、と察したら、こちらからお声をかけにいきます。そういう気配りをしていますので、案内板などは最小限でもお客様からクレームがくることはございません。むしろ空間美や居心地の良さを邪魔するモノは極力置かないようにしています。お声掛けすることで、お客様から「実は……」と別の質問や感想などを直接聞けるメリットもあります。」

まさにビジネスホテルと真逆の体験価値とデザインになっているのです。顧客の目的から考えると双方の空間体験価値の提供の違いは納得ができるかと思います。このようにホテルでは、しっかり顧客ターゲットがみえていますが、先の駅や公共空間は不特定多数のため、より体験設計する上で難しいことがわかります。

空間体験デザインはトータルデザイン

先ほど紹介した赤瀬達三氏の書籍においても、公共空間においてはトータルデザインが必要だと記載しています。不特定多数の人間の快適さや魅力ある空間、わかりやすい空間などを考えるには、空間の構造や建築物など空間構成デザインだけでなく案内(サイン)デザインなどもその空間のコンセプトやビジョンと共に考えることが重要です。ただし難しいのがその加減です。トンマナ(トーン&マナー)なんて言葉もありますが、その価値基準は人それぞれです。

有名な神社仏閣の境内の建造物に日本の駅構内のような情報表示があったらどうでしょうか。興ざめしてしまうかもしれません。どうしても案内表示が必要ならば、その建造物などにマッチするデザインが必要です。たとえば、京都市は景観条例として屋外広告物条例・規則・告示及びガイドラインを設けています。都市景観の形成を図るために広告物の設置や掲出する内容の制限をしている地域もあります。例として、京都市では屋外広告物の色彩基準の規定があります(京都市の屋外広告物等の色彩について)。下地のマンセル値の彩度と色と面積割合が下記のように細かく指定されています。

このルールの内容がすべて最適な規定なのかどうかは賛否がありそうですが、市全体で体験価値を考えようという姿勢を私は評価したいです。

モノのデザインと体験価値も同じ

ここまでは空間について話をしてきましたが、意匠デザインと①②の体験価値の話は身近なモノでも言えそうです。冒頭の写真のリモコンもそうです。昨今の「おしゃれ家電」といわれるようなものは、スタイリッシュなプロダクトデザインで、ボタンも少なく、当然あれこれ説明文言(ラベル)は書いていません。小さなピクトグラムが書いてあるボタンのみだったりします。

一方で意匠デザインにおいても情報表示を削減しすぎた弊害により、どこになんのボタンがあるかわからなくなり、結果的にテプラや付箋紙を貼ったりと、本末転倒になることも起きています。空間だけでなく、モノでもトータルデザイン(総合的な体験価値設計)が重要だと思える瞬間です。

情報の優先順位が高いのは日本デザインの特徴

昨今は、多くの人が高性能なスマートフォンをもっています。カメラで看板をうつせば母国語に翻訳もしてくれます。また ARやMR のような技術も発達しているので、その場で自分の必要な視覚情報だけを重ねる、追加することができる時代です。それに対し、自分に必要ない情報を視界から消すのは難しいものです。そう考えると、なんでもかんでも情報表示しなくてもよいのではと思うことがあります。

映画「アナと雪の女王」各国のポスターの比較
© Disney

私のこれまでのリサーチでは、日本では、先に①②の自分自身ですぐにわかるという体験価値を優先する傾向が高い印象です。もちろん個人差は当然ありますが、モノ・サービス・空間どれをとっても、その傾向が強い印象があります。この洋画のポスターをみてください。日本では「◯◯賞受賞!」「映画史上初のスペクタクル・ファンタジー」などネタバレの含めて情報表示だらけのポスターです。他国ではオリジナルのままのデザインが多いのです。日本ではビジネスやマーケットの都合も含めて、情報がないよりもあったほうが、たとえそれによってノイジーになったとしても、優先される傾向が強いのかと考えさせられます。みなさんはどう思いますか?

なお本記事では意匠デザインのことを総じてデザインと記載していますが、私個人としては、体験設計もデザインのひとつだと思います。デザインという言葉の中には、意匠デザイン、UIデザイン、UXデザインなどすべて含み、これらを最適化することがモノ・サービスだけでなく空間設計でも重要だと考えています。

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テクノロジーと体験デザイン」では教科書的なUXデザインを語るのではなく、幅広い知見からデザインについて語っていきます。デジタル・アナログ問わず、実践的な開発の現場から世界の事情、私たちの生活空間や人間の感性感情といった身近な観点なども織り交ぜて、体験をデザインするとはどういうことか深掘りしていきます。

Written By

河野 道成

BXUXディレクター&デザイナー。ソニーで22年間、PS3, PS4等のグローバル向けプロダクトのUIUXデザインに携わる。独立後は次世代UIUXのコンサルをしつつ、フィットネスクラブ・テーマパークアトラクションの企画やディレクションなど、基本的に何でも屋。好きな体験はダンスミュージカル出演と4輪レース参戦と犬の散歩。

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