いま求められる、デジタルデザインの古典

デザインにまつわる二面性 #1

このコラムでは、デザインに関する二面性をテーマにものごとを考察してみます。1回目は、2000年前後を境に顕著に現れてきたデジタルデザインと、クラシカルデザインとの対比を取り上げます。

クラシカルからデジタルへの移行

デザイナーであり、デザインとテクノロジーの融合を追求する第一人者として知られるジョン・マエダ氏は、2016年に発表したDesign in Tech Reportの中で、デザインの領域を「Classical Design(クラシカルデザイン)」「Design Thinking(デザイン思考)」「Computational Design(コンピューテイショナルデザイン)」と分類しました。これによって、デジタル以前と以後でデザイナーに求められるスキルが大きく変わったことが広く認知されるようになりました。

私自身は2000年前後にデザインの教育を受けています。ちょうどクラシカルからデジタルの移り変わりを強く感じた世代といえます。学校で学び始めたころは、手書きのスケッチや製図、モックアップの制作が主でしたが、就職してからはマウスを片手にディスプレイに向き合う制作へと、ツールや表現方法が切り替わりました。

たとえば、プレゼンで用いるためのパネル制作は象徴的です。

プレゼンテーションソフトが主流になる前は、文字だけはPCを使って印刷、写真はフィルムを現像したもの、スケッチなどは手で描いたそのものを、ハサミとのりを使ってA1サイズのボードに貼って構成していました。ソフトウェアが充実するとともにスキャナやプリンタの性能は上がり、大きなサイズを出力してパネルに貼り付けるようになったのです。いまはプロジェクタ投影やディスプレイ共有がスタンダードになっています。

筆者の学生時代の課題パネル。パネルに印刷物を貼り付けるのが主流だった。

最近では私が印刷物のデザインに関わる機会はごくわずかですが、学生のころの経験からいまでも平面構成は紙のサイズから考えてしまう傾向があります。私のような経験をもつ世代に対して、インターネットやスマートフォンが普及したあとにデザインに関わった世代にとって平面構成の発想の基本はディスプレイの中であり、表示設定によってレイアウトや構成は変わることが前提です。クラシカルなデザインの考え方と、デジタルなデザインの考え方の違いを感じることが多くあります。

クラシカルとデジタルの共存

さて現在、多くのビジネスはデジタルに置き換わり、デザイナーもデジタルの業界に関わる人の割合の方が高くなっています。日本では、「プロダクトデザイン」というと以前は工業製品のデザインを表していましたが、近年ではWebサービスやスマートフォンアプリなどのデジタルプロダクトに対して用いられる機会が増えています。

今後もあらゆる業界でデジタルが広まることは避けられません。ただ、すべてがデジタルに置き換わるわけではなく、デジタルが普及してもクラシカルな領域は市場として残り続けています。

たとえば新聞の発行部数は減っているものの、まだまだ多くの人に購読されています。印刷された新聞のデザインは、限られた紙面や色数などの制約の中で考え抜かれた平面のページ構成になっています。デジタル上では検索性や閲覧性などの特性を活かしたデザインが求められますが、新聞のデザインに求められる視覚的な読みやすさとは別であり、紙のほうが読みやすいと考えている人も少なくありません。あつかうコンテンツは同じであったとしても、読者にとっての体験価値は異なります。

新聞のレイアウトはWebと大きく異なる

デザインがデジタル化する一方で、「クラシック」「伝統」「古典」といった言葉に結びつくカテゴリは単に古いというだけではなく、ひとつの市場として定着しています。例をあげると、クラシック音楽・クラシックホテル・クラシックカー・伝統芸能・伝統工芸・古典文学など。

またクラシカルとしての古典は、業界に長く関わり続ける人たちが立ち戻る場所でもあります。ミュージシャンが新しい楽曲制作を探索する中で、クラシックやジャズなど過去に生まれた普遍的なスタイルからインスピレーションを受けたり、ホテルの経営者が先代の取り組みを見直すことでサービスを再考するための着想を得たり、そんなエピソードをたびたび耳にすることがあります。

このように古典のクラシカルとデジタルは二項対立ではなく、共存しあう温故知新の関係だといえます。

デジタルデザインのクラシカルとは?

ここで考えてみました。「デジタルデザインの古典」とはなんでしょうか?

工業製品などのデザインであれば、先端的なデザインと古典のデザインの関係を比較的容易に見出すことができます。100年以上前のバウハウスの理念はいまでも根付いていますし、Appleのデザインを手がけたジョナサン・アイブは、半世紀近く前であるBRAUNのデザイナー、ディーター・ラムスに強い影響を受けていることを述べています。

ディーター・ラムスがデザインしたラジオ

では、デジタルデザインはどうでしょうか。新聞や広告など印刷物のデザインは昔からいまも続いていますが、ここにデジタルデザインのルーツがあるかといえば少し違うように思えます。ビジュアルという点では関係性があるものの、印刷物のデザインにはインタラクションの要素がなく、デジタルのデザインには印刷の技法や紙の特性といった要素がありません。

かといって、インターネット黎明期に登場したデザインがいまのデジタルデザインの古典になるかというと、これもそうではないと考えます。なぜなら、現在は使われ続けていないからです。新聞はいまも残っていますが、80-90年代に使われたコンピューターのユーザーインターフェイスは現在ほとんど見られません。

対してテレビゲームは古典になりうるのではないかと考えます。半世紀前から遊びの基本は大きく変わっておらず、テレビ画面とコントローラーを通じてインタラクションがデザインされています。あるいは、対象をグラフィックやモニターに限らない見方をすると、インタラクションをともなう操作機器が近いのかもしれません。エレベータの操作部や、自動車を運転するインターフェイスなどは古典に相当すると思います。

エレベーターのインターフェイスは昔からほぼ変わっていない

デジタルデザインを続けるための古典

これからテクノロジーがさらに進化したとき、現在スタンダードたと思われているデザインの表現方法、ツール、使用するプラットフォームなどが一変してしまう可能性があります。

2000年から現在まででも、デジタルには何度か大きな転換がありました。スマートフォンなどデバイスツールの台頭、OSの変化、プログラミングの発展など。これにともない、デザイナーに求められるスキルも変わりました。

現在の表現やツールに依存しすぎてしまうと、新しい市場への適応、スキルや知識の習得が難しくなります。デザイナーが中長期的に活動を続けていくうえで、私は古典に立ち返れることが大切だと考えます。

デザイナーに限らず、音楽家、脚本家、研究者など、専門性を探求する人はそのキャリアを続けていくなかで、先が見出せなくなったりスランプに陥ったりすることはよくあります。そのときに古典に立ち戻り、過去から学ぶことによって次の新しい道を切り開けることがあるのではないでしょうか。古典とはつまり、その専門領域における思想や姿勢の拠り所なのだと考えます

今後デジタルデザインが発展していくためは、ディスプレイの中のデザインだけではなく、半世紀前から続いているようなインタラクションや思想に目を向けることも大切です。古典を知ることは世代を跨いだ営みなので、私のようなクラシカルからデジタルの移行を体験したデザイナーが伝えるべき役割であるのかもしれません。

あなたにとっての古典はなにか、いま一度振り返ってみてはいかがでしょうか?

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デザインにまつわる二面性
illustration by Ryotaro Nakajima

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Written By

中島亮太郎

talo design代表。工業製品のデザインと人間工学やユーザビリティのリサーチを経て、現在はハード・ソフトを問わずユーザーとビジネスをつなげるプロダクトのデザイン戦略や体験設計を専門に活動しています。2021年9月に書籍「ビジネスデザインのための行動経済学ノート」を出版しました。北海道生まれ。

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