論理か感性か

デザインにまつわる二面性 #3

このコラムでは、デザインの二面性をテーマにものごとを考察してみます。3回目は、論理と感性を取り上げます。

時代とともに変わるデザイナー像

多くの人はデザイナーがどんな人だと想像するでしょうか? 新作の発表会に登場するファッションデザイナー、広告を手がけるクリエイティブディレクター、あるいは先生と呼ばれるような建築家などでしょうか。これらの人はいずれも、優れた感性を持ち、独創的なアイデアを生み出す人、といった印象を受けます。

このような感性が際立つ人たちが活躍する仕事もありますが、社会で働くデザイナー全体の割合でみれば少数です。私が日頃接するデザイナーの多くはむしろ、「なぜこのデザインが良いのか」を伝えるための説明や、使い勝手を成立させるための細部の検討など、地道にも見える緻密なロジックを重視した活動を積み重ねています。

かつて学校で教えられてきたデザインは、感性に重視が置かれていたように思います。アイデアを100案出す、スケッチを繰り返して腕を磨く、他の人とは違うオリジナリティのある形状をつくる、そんなことを意識して学生同士は切磋琢磨していました。

いま、学校や職場でこのような光景はあまり見られません。アイデアを100案考えることよりも、なぜこの1案が適しているのか、という理由を組み立てる場面の方がよく目にします。デジタル制作の現場で活躍しているデザイナーは、学校で感性のトレーニングを積み重ねていなくても、論理を駆使して活躍している人が多くいます。

デザイナーの論理性

あらためて、デザイナーに求められる論理性とはなんでしょうか?

対象とするサービスやプロダクトが機能的であるほど、求められるデザインも論理性が強くなります。業務効率化を目的としたSaaSプロダクトであれば、なによりも迷わず使いやすいことが求められます。産業機械の製品であれば、魅力的な見た目よりもミスを起こさず身体的な負荷が少ないことが求められます。

このような見た目の美しさではなく使いやすさにおける論理性が強く求められるデザインに関わる場合、思いつくままに多くのアイデアを提案しても、クライアントなどの受け手側は困ってしまいます。彼らがデザイナーに期待するのは、その提案にどのような実利的な効果があるかの説明や、デザインを決めるための評価軸です。決して個人的な好みで決めようとは思っていません。

デザイナーはプレゼンテーションや受け手側の説明のために、論理を用います。提案に対して「なぜならば〜」という論拠を述べたり、場合によってはユーザーにプロトタイプを使ってもらい、リサーチ結果から有効性を示します。UXデザイナーやUXリサーチャーとよばれる職種は、デザインの論理に深く関わっています。

ユーザーもまた、好みだけでサービスやプロダクトを買う/使うということが2000年前後よりも減っているように感じます。安全性と快適性を追求した車、サスティナブルな家具、ストレスを感じないウェブサイトなど、実利的なことへの需要が高まり、相対的に価値も高まっています。個人の所感としては、デジタルサービスが増えてきたあたりから、物を所有することへの価値が薄れ、ウェブを通じてよい体験ができてるから使ってる、という観点が増えてきたころが分岐点になっているように思っています。社会やビジネスでの需要の変化が、デザイナーが論理をより重視する傾向につながっていると考えられます。

デザイナーの感性

では、デザイナーに感性はもう不要なのかというと、そうでもありません。

論理性だけを突き詰めた場合、みんな同じデザインになってしまいます。論理は合理的であって主観は含まれません。誰がデザインしても同じ結果にたどり着くなら、特定のデザイナー個人にゆだねる必要性は低くなります。今後AIの技術がさらに進化すると、デザインにおけるロジックをツールに任せてしまうスタイルは、それほど遠い未来ではないのかもしれません。(ただ、AIもまたひとつの個性だという考え方もできます。)

次にデザインする対象を見てみましょう。論理だけで成り立つサービスやプロダクトというのは、どれだけあるものでしょうか。たとえば日常生活で使われる生活家電、身につけるもの、スマートフォンのアプリ、ショップやレストランなどは、なにかしら効率性や利便性以外での魅力も含まれます。個人の好き嫌いや、内容によっては無駄だからこそ良いといった、非合理性が多く存在します。
私はその年のヒット商品ランキングをいつも楽しみに見ていますが、ユーザーが選ぶものはどれも非合理的な商品ばかりです。その一例として、「日経トレンディ 2023年ヒット商品 ベスト30」では7位にサントリーの「こだわり酒場のタコハイ」というお酒がランキングしていますが、それにはこのような理由が述べられています。

“老舗プレーンサワー”が、「味の想像がつかない」というミステリアスな打ち出しで話題に。年間500万ケースの勢いで売れている。

日経トレンディ「2023年ヒット商品」ベスト30 より

「味の想像がつかない」といった抽象的な打ち出し方をした商品は、論理性だけで生み出すことはできません。デザイナーも独特の発想や着眼点を持って感性を活用しなければ、要件に従い制作をするだけの立場に留まってしまいます。

ビジネスで求められる論理と感性

「デザイナーはよりビジネス側や事業企画などの初期段階から関わるべき」、という声を多く耳にします。このようなビジネスの場面でデザイナーに求められることは、論理か感性かのどちらかではなく、両面が必要です。

ビジネスの多くは論理性に則った検討や決断がされているため、デザイナーであっても特別扱いはなく、この論理性のプロトコルに基づいて議論ができなければいけません。

ですが、論理だけならビジネス側にそのような考えを持った人はたくさんいるので、わざわざデザイナーに参加してもらう必要はありません。ビジネス側がデザイナーに期待していることは、論理を理解したうえで論理性だけでは気づかない課題をみつけたり、ユニークなアイデアを発想するための感性を発揮して欲しい、ということではないでしょうか。

たとえばユーザーを深く理解するためには、マーケットデータの数値だけではわからないこともあります。ユーザーがなにを求めて、どんな気持ちを抱いているかを捉えるためには、相手に共感することや、日頃から社会を観察するといった、感性を用いることが必要です。

私は幸いにも、これまでデザイナーという立場で事業企画や事業戦略の段階からクライアントと対等な関係性で取り組む機会をいただいています。これまでの仕事を振り返ってみると、論理と感性を使い分けて議論や提案をしてきました。どちらかひとつではなく、シーソーの両端に論理と感性を置いて、それぞれの場面に応じてシーソーを傾けながら2つを使い分けると、デザイナーがビジネスの場面で活躍できる機会が増えるのではないかと考えます。

論理と感性のスキルアップ

業種やデザイナーの領域によって求められることは大きく異なるので、必ず活かせるとは一概にはいえないのですが、論理と感性それぞれについて、私なりに考える実践方法をご紹介します。

論理を強化するには、他者の視点を取り入れましょう。

デザインの論理は他の人からすると独特の世界観であって、よくわからない難解なものと思われがちです。そういった人に納得してもらうには、デザイナーとは異なる観点の質問や批評意見を聞いてみて、自身を客観視する方法が有効です。相手の目線で理解できるようになると、そのビジネスのプロトコルで論理を展開できるようになります。

異分野の人に聞くのは勇気が必要であったり、そもそも話を聞ける機会が少ないかもしれません。そのような場合は、異なる業界の本を読むことがオススメです。ビジネス書ももちろん参考になりますが、小説などの物語から他者や組織の思考を知ることで、論理を組み立てるトレーニングはできます。

感性を強化するには、なにかに没頭して突き詰めてみましょう。

なんとなく知っている知識を活用することと、自身が深く経験して学んだ見解をデザインに取り入れることの間には、大きな差があります。没頭して突き詰めるには、ひとつの課題に対してアイデアを100案出してみたり、徹底的にユーザーになりきって使ってみたり、自分で最初から最後までつくってみるなど、手段は人それぞれです。

一人でやるのは苦手という人がいるかもしれません。であれば、同じ考えを持っている仲間を学校やコミュニティなどを探してみるのはどうでしょう。短期的な成果が求められず、安心して没頭できる学校のような場所は、感性を意識する環境として適していると思います。

というわけで、デザイナーにとって感性と論理どっちが大切?と聞かれたら、私は「どっちも必要」と答えます。

Written By

中島亮太郎

talo design代表。工業製品のデザインと人間工学やユーザビリティのリサーチを経て、現在はハード・ソフトを問わずユーザーとビジネスをつなげるプロダクトのデザイン戦略や体験設計を専門に活動しています。2021年9月に書籍「ビジネスデザインのための行動経済学ノート」を出版しました。北海道生まれ。

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