個人か集団か

デザインにまつわる二面性 #4

このコラムでは、デザインの二面性をテーマにものごとを考察してみます。4回目は、個人名に注目されるデザインと、集団で取り組むデザインとの違いを、比較してみましょう。

2000年前後のデザイナーとデザイン

多くのビジネスやテクノロジーが2000年前後を境に大きく変わったように、デザイナーの立ち位置もまた、2000年ごろから変化が見られます。

それまでのデザイナー像とは、その人が持つ専門性や感性などの個人が際立つ職業であったように思います。「この商品はあの人のデザイン」や「この建築は誰の設計」といったように、デザインは個人と結びつけて語られていました。

当時の著名なデザイナーの多くは、自身でデザイン事務所を経営して、個人の名前が知られるように企業と活動をしていました。デザイン会社で働くスタッフは、裏方として代表のサポートをしながら経験を積み、いつか独立して自身の名前で活躍するという、徒弟的な関係で成り立っていました。

一方で企業に所属しているインハウスデザイナーは、以前はあまり表立って個人名が紹介されることはありませんでした。手がけた製品などがグッドデザイン賞を受賞しても、関わったデザイナーの名前を出さない会社が比較的多かったです。

デザインに関わったデザイナーの存在が、個人と企業のどちらにひもづくか?で分かれていたのが、2000年以前の傾向でした。

領域が混ざり合うデザインへ

この流れが、2000年以降で変わってきました。

小さなデザイン事務所でも大きな会社組織であっても、デザイナーはプロジェクトチームや集団のなかで活動するようになりました。要因は大きく3点ほど考えられます。

1点目は、デザイン思考の普及による影響です。1人のデザイナーだけで考えてつくるのではなく、デザイナー以外の職種もチームに入って一緒に考えたり、多様な視点を取り入れることの必要性が強調されるようになりました。多くの人が聞いたことのある「デザインはデザイナーだけに任せるには重要すぎる」という言葉は、この考え方を象徴しています。

共創(コ・クリエーション)といった言葉もよく耳にするようになりました。この傾向はデザイン思考だけではなく、それ以前に広まっていた、ユニバーサルデザインやインクルーシブデザインなどの当事者が参加したデザインの取り組みや、地域住民が関わる街づくりやコミュニティへの関与など、多くの活動が多層的に結びついた結果ではないかと考えられます。

次に2点目は、デザインの対象領域そのものが複雑になってきたことです。ハードウェアだけではなくソフトウェアも含めてデザインする場面が増えてきたことや、サービスから考えた場合、ひとつのプロダクトだけではなくウェブサイトからサポート対応までと、総合的な体験をデザインすることが求められるようになりました。

加えて、職種間の融合も見られるようになりました。デザインとエンジニアリングの境界があいまいになってきたり、ビジネスとデザインを分けずに取り組んだり、コラボレーションの重要性はより高まっています。

そして3点目は、インターネットやデジタル技術の進化です。例えばネットサービスの普及によって、オンライン上で共同作業ができるようになり、これまで自身の中に閉じていたデザイナーの思考や制作物が外に出るようになりました。他には、発信ができる場が増えたことによって他者と交わる機会も広がり、デザイナーは孤高の存在ではなく、プロジェクトに欠かせないメンバーの1人という認識に変わってきました。

このようにしてつくられたデザインは、誰か1人のものではなく集団によるもの、という認識が高まります。

個人名よりチーム名

デザイン会社も1人のカリスマデザイナーで成り立つ組織から、チームワークによる組織へと移行しました。

デザイン会社として有名なIDEOやFrog Designなどは、創業したデザイナーが一歩引いた立場で、多くのデザイナーが前面に出て活躍するとともに、エンジニア、ビジネスストラテジスト、心理学者やリサーチャーなど、デザイナー以外の職種もデザイン会社で活躍する組織に移行してきました。

日本であれば、2000年以前からチーム名で活躍していたのはGK Design Groupです。Takramは創業した2006年当時、ソフトウェアとハードウェア、デザインとエンジニアの領域を横断するチームとして対外的な発信を行い、特定の範囲に留まらないデザインの活躍につながっています。

このように、個人名からデザイン会社の名前であったり、チーム名やユニット名で取り上げられるようなことが多くなったのが、2000年以前との大きな違いです。

個人→集団→個人?

デザイン専門誌のAXISは、これまで個のデザイナーを表紙に掲載し、カバーインタビューではデザイナーの考え方や思想を紹介していました。1997年からはじまったスタイルですが、はじめは一個人でしたが、徐々にユニットやチームで登場する人も増えてきました。

しかし2017年を最後に、20年間続いていたデザイナー個人の特集を取りやめ、特集テーマを主体とした構成に表紙のデザインは大きく変わりました。以前からAXISに親しんできたデザイナーにとってこの変更は当時、大きな衝撃でした。

ところが、今年の7月になって、また以前の構成に戻りました。

1997年以降の表紙→2017年以降の表紙→2024年の表紙

編集長はEditor’s noteのなかで「斬新な人、美しい人、あざやかに課題解決を提示する人を、もう一度雑誌の中心に位置付けたいというコンセプト、というか欲求が、このリニューアルの一番のトリガーになっています。」と述べています。

デザインという仕事は、方法論だけで自動的につくられるものではないということの表れではないかと考えることができます。

集団の課題

共創という言葉は聞こえがよいけれど、新しいサービスや商品を一緒につくるときに「個人の取り組みも必要ではないか?」と考えるデザイナーは少なくないと思います。

そこで、集団の課題について考えてみます。

多数で取り組むことの弊害の1つに、集団浅慮(グループ・シンク)があげられます。同調圧力の影響を受けたり、全員の意見を取り入れようとすることで平均的な解に意識が向いてしまい、無難な結論に辿り着いてしまうという現象です。

デザイナーの役割は、これまでにない新しいものごとに挑戦する、という要素も含まれており、集団で取り組むには相性が悪いという性質があります。イノベーションは多数決からではなく、誰かの強い想いや斬新な発想から生まれるということはご存知の通りです。

デザイン思考に対する誤った解釈もあげられます。多くの人が関わりものごとの可能性を追求する一方で、本質を探索する批判的思考の視点が薄れてしまうことにもなりかねません。または、いろいろな部門の日程を考慮して計画したワークショップでは、限られた時間の中で結論を出さないといけないという制約によって、検討の熟考性が弱まってしまいます。

あるいは、分業化によって間の領域が抜け落ちてしまうという懸念もあります。例えばUXに関わる場合、UXデザイナー、UXリサーチャー、UXライター、UXストラテジスト、UXアーキテクトなど、これだけ細分化されている場合がありますが、それぞれ別の人が関わった場合、一貫したUXを誰が担保するのか、という問題が発生します。

集団で取り組むようになり課題も顕在化してきた状況が、ここ最近の流れではないかと考えます。

個人と集団でつくるデザイン

では、また再び個人に回帰するながれに戻るかというと、そうでもありません。

個が注目されていた時代であっても、自分だけの力でデザインができていると考えるデザイナーはいません。工業デザイナーであれば、メカ設計をする人や販売する営業といった会社組織がなければ、デザインを世に出すことはできません。建築であってもデジタルサービスであっても同様です。

2010年ごろから広まったメイカーズ・ムーブメントにともない、デザイナー自ら商品を製造して販売する活動も増えましたが、ビジネスとしての規模を発展させるには、一人でできることへの限界も明らかになりました。

ではどうなるか。これからは、個人と集団とで影響しあう関係が大切になると考えます。

書籍「突破するデザイン」の中で著者のロベルト ベルガンティは、個人の着想からはじまり、ペアによる相手との検討(本ではスパーリングと例えています)から、徐々に関わる人数を広げるアプローチを提唱しています。

イノベーションといわれる商品やサービスの多くは、創業者の強い想いから生まれています。検討や実現化を進めていくなかで、協力パートナーが関わるとしても、集団浅慮にはならず個人の強い意志が起点となっています。

デザイナーが今後求められる姿も、これにならうべきではないでしょうか。新しいものごとを創造するには、個人の強い意思が欠かせません。同時に1人だけでできるものではないから、仲間を尊重して協力しあう関係が必要です。つまり、場面によって個人と集団の意識を使い分けるようなスタイルです。

マンガでいえば『ONE PIECE』のように、個々のキャラクターが際立っているけど、独裁ではなくチームで成り立っている集団。そんな個人と集団の関係性が、これからのデザイナー像に期待されることではないか、このように考えます。

デザインにまつわる二面性
illustration by Ryotaro Nakajima

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Written By

中島亮太郎

talo design代表。工業製品のデザインと人間工学やユーザビリティのリサーチを経て、現在はハード・ソフトを問わずユーザーとビジネスをつなげるプロダクトのデザイン戦略や体験設計を専門に活動しています。2021年9月に書籍「ビジネスデザインのための行動経済学ノート」を出版しました。北海道生まれ。

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