デジタル世界と物理世界をシームレスに行き来する、これからの博物館体験
本記事は北欧のデザインメディア DeMagSign の翻訳記事です。
文化的遺産に直接触れることで文化を理解するとは、いったいどういうことでしょうか? 多くの人々がデジタル体験やテクノロジーが世界にもたらす新しい方向性を受け入れるかどうか、という難しい決断に悩んでいる一方、その中間地点の発見や、私たちが消費し構築している多様な文化とデジタル世界が融合し新たな形を得るために尽力している人もいます。
この記事では、デンマークの仮想現実と拡張現実の制作スタジオKhoraのパートナーであるMatias K. Siedler氏とDesign denmarkのディレクターであるHenrik Lübker氏が、デジタル世界が私たちのアナログでの生活にどのような影響を与えるか、さらに物理的体験とどのように融合し、新しいデジタル体験を形づくるのかについて詳しく解説します。また、デジタル体験によって、博物館と利用者のよりよい関係性を得る方法についても詳しく紹介していきます。
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現代の技術の進歩と、日進月歩の人工知能の開発は、博物館事業においても目を引く事柄です。Design denmarkのディレクターをつとめるHenrikと、KhoraのパートナーであるMatiasは、この現代の技術革新の可能性は無限大であり、「未来はすでにここにある」と述べています。
デンマーク国立博物館の研究者と考古学者の協力によって、Khoraは喋るリアルなデジタルアバターとして、紀元前の若い女性の遺体である「エクトヴィズガール」に命を吹き込みました。この例は、物理的空間とオンライン空間の両方において、新しいテクノロジーがどのような形で新たな命をつくり出すことができるかを示しています。
エクトヴィズガールは、3Dを使って人間のようなキャラクターを素早く簡単に開発するためのソフトウェアである「メタヒューマン」を利用してつくられました。メタヒューマンが開発される前は、3Dで生きているような人間をつくるためには10倍のリソースが必要でした。今日(こんにち)では、適切な専門知識さえあれば、小さな企業でも文化団体と協力して歴史的に重要な人物に命を吹き込むことができるのです。そのためには、テクノロジー企業と文化コミュニケーター、そして研究者の密接な連携が必要です。
しかし、メタヒューマンは単なる最新テクノロジーのひとつに過ぎません。2022年、私たちは急速に拡大するトレンドを目にしました。このトレンドは新しいテクノロジーを使って、私たちの文化に対する考え方やデザイン、文化醸成にまで革新的かつ有意義な変化を生み出す無限の可能性を秘めていました。
私たちは人工知能が人間の介入をほとんど必要とせず、驚くほど高いレベルで会話したり、映画を編集したり、絵を描いたり、ゲームをプログラムしたり、記事を書いているのを目にしました。果たして、これは恐ろしいことなのでしょうか?
そう思う人もいるかもしれません。私たちは長年にわたり、代理店やコンサルタント会社がこの趨勢を「雇用の破壊」と騒ぐのを目にしてきました。しかし歴史的にみて、テクノロジーによって大規模な失業が起こったという前例はありません。むしろ人々の流動性を高め、単調で自動化できる仕事からクリエイティブな仕事や考え方へとシフトさせました。この変化と可能性は、創造的な活動と人間を引き離すのではなく、むしろより身近なものにし、文化的社会をより発展させる原動力になりうるのです。
あいまいになる境界線
ハイパーインスティテューションとは、デジタル上で存在する組織のことです。10年先を見据えると、私たちが呼ぶ文化的「ハイパーインスティテューション」の端緒をみることができます。これらの組織は物理的形式とデジタル形式のハイブリッドであること、ネットワークと親和性の高い構造であることが特徴です。物理的に何かしらの体制をとっていることはありますが、基本的に活動や交流はオンライン上、あるいは物理的な世界とオンラインの中間でおこなわれます。
つまりこれは、いままで会社を特徴づけてきた空間と組織、そしてコンテンツの境界が、もはやなくなったということを意味します。OpenAIsやXR、メタバースなどの新しいテクノロジーとアルゴリズムは、デジタルと物理の境界を消失させているのです。
もうひとつの大きな利点は、美化されたデザインプロセスによって、コンテンツプロバイダ業者との共同制作が、より安価に、そしてより気軽におこなわれるようになったことです。
物理的な媒介を伴うデジタルを特別視することをやめることで、人々は没入型の体験とハイブリッド型の体験を、自由自在に行き来できるようになりました。そして同時に、自分たちの興味や参加型の体験が施設で反映され、得られることを望むようになっています。ハイパーインスティテューションでは、過去と現在のように、同時に複数の場所に存在することは当たり前のことです。エクトヴィズガールがよい例でしょう。しかしそれだけではなく、人とテクノロジー、文化の作り手と受け手、研究と拡散の間すら、行き来することができます。
ハイパーインスティテューションは、従来の仲介空間を超越し、さらに補完するものです。都市空間やオンライン空間を含む、建物の間や屋外、屋内に現れ、存在するものです。この新たなインスティテューションは境界や壁を壊し、コンテンツとコンテンツの新しい関係を生み出します。そして、多様なコミュニティによって生まれた、バーチャルな、もしくは物理的な、またもしくはそのハイブリッドの体験を拡大させていくのです。またその中でユーザーは、どのような体験の形式でも自分自身を利用者としても、またクリエイターとしても動かすことができます。
「ハイパーインスティテューション」としての博物館
テクノロジーの進歩は、もとよりあった本質を明らかにしました。新しいテクノロジーによって、文化団体ははじめてその本質を伝えるための価値提供を十分に展開することができるようになっています。利用者は体験の受動的な受け手ではなく、常に自発的な創造者なのです。
哲学者のJacques Ranciére氏が『解放された観客』などの自著で指摘しているように、体験の利用者は常に創造者です。彼らは自分の内面と過去をもとに出会ったものを観察し、比較し、解釈するからです。また、彼らは彼らの周りにあるすべての知識や経験をもとに、絶えず新しいものを創造します。こういったことがあり、博物館をひとつの例として、10年後の世界を想像することは有意義なことだといえるのではないでしょうか。
テクノロジーの進歩は、もとより存在していた本質を暴き出し、それをも取り込むでしょう。そして、文化的な団体は新しいテクノロジーによって初めて、それを広めるためのプロダクトを十分に展開することができるようになります。つまり、ユーザーは受動的な受け手ではなく、常に能動的な創造者なのです。
共創者としてのテクノロジー
2033年には、博物館のコレクションや知識の大部分が隠されることなく公開されるでしょう。急速に進化しているOpenAIチャットであるChatGPTのような人工知能の力で、文化遺産から得た大量の知識やデータ、オブジェクトへのオープンアクセスが展開されるはずです。
いままでは、各施設のフィルターや管理者の好みがデータへのアクセス範囲制限を構築していました。しかし現在では、施設の情報とデータは広く公開され、ユーザーとテクノロジーが構築する共同プロセスとなっています。データを考えるのではなく、データと考えるのです。人間がもとより得意としていたデータ間の関連性の発見が今までより簡単になっているのと同時に、人間が簡単には思いつかないようなデータ間のつながりや視点をテクノロジーが提供しているのです。
博物館などの施設のアーカイブやコレクションは、利用者が情報を見つけるための情報の倉庫ではなく、アーカイブやコレクションに収められたデータ自体が利用者個人のためにどう役立てられるかを探求する可能性をもったものだと考えられます。焦点は、情報から知識の生産へ、静的なデータから文脈重視の関係へ、そして単なる施設の所有物からユーザーとの共有で輝くものに変化しています。利用者は、今までよりも積極的に、柔軟に知識を自分の生活に活用することができるのです。
古典的な文化施設から、研究と普及の実験室へ
ハイパーインスティテューションへの施設改革の原動力は、なんだったのでしょうか? それは「共同保有」です。
実際に新しいAIテクノロジーによって、デザインや開発プロセスの大部分はより迅速に、より感覚的に、そしてより包括的になりました。ユーザーの行動や興味と傾向の研究、アーカイブやコレクションへの実験的な深い探索、既存のユーザーベースや欲求のマッピングなどは、素人でも迅速にアクセス可能なプロセスに変容しました。これにより、組織のさまざまな分野で利用者が実際の開発作業に関与しているのと同然になったのです。
開発プロセスへ参加がしやすくなり、誰にでも門戸が開かれたといえるでしょう。生成AIサービスのテキストと表象化テクノロジーを使用することで、誰でも実験的に、古典的なデザインプロセスのヒントを論文におこしたり、文章での説明をすぐさま画像に変換したりすることができるのです。利用者の通信製品の利用が、文化団体の将来の取り組みの方向性、スタイル、コンテンツ検討への直接の参加に転じることになるでしょう。
また、AI技術を活用することにより、視覚的、物語的な試作品をリアルタイムでつくることができます。これにより、デザインプロセスが美しく整えられ、フォームやフォーマットの最終形態により近づけることができます。これにより、脳内のイメージと実際の表現のフィードバックループは加速します。AIがアシストした設計と開発が、ステークホルダー間のより密接な連携を促進するからです。美しく整えられた感覚的な空間での中で、文化の作り手と、中心となる観衆が、ともに創作をすることが可能になるのです。
最終的にハイパーインスティテューションは、古典的な壁に囲まれ閉ざされた施設ではなく、オープンで透明性の高い研究、普及のためのラボとして確立されるでしょう。
したがって、ハイパーインスティテューションの発展プロセスは誰からでも見えるものになります。文化的遺産が個人にとってどれだけ重要なものかに敏感なため、発展プロセスは実験的な研究を普及させるためのものとみなされうるのです。文化との出会いや対峙は、もはや博物館学的な発展プロセスの副産物ではなく、利用者との相互作用の過程で、継続的に起こるものとなりました。実験的な新しい研究と、それを普及させることは、コインの裏表のような関係なのです。
個人に適した生きた会議
コミュニケーションの未来はダイナミックです。プラットフォームのなかで、ユーザー一人一人にパーソナライズされます。「Morning News」は各組織によって世界の情報が提供され、「Podcasts」では専門家や研究者がリスナーを魅了するトピックを詳しく掘り下げ、「Backstage」では研究者やキュレーターが興味をもった人々にちょっとした知識を提供するなど、本当に多様なコンテンツが存在しています。これらは共通してユーザーのニーズにフォーカスし、さまざまな分野においてサービスを展開していくネットワークを形成します。同時に、文化的および商業的関係者との幅広い関係から、新たな媒介の場、新たなターゲットグループとの出会いを生み出すのです。
そしてそこには、3つの大きな魅力があります。
- 普及ラボ:そこでは展示の草案が掲示され、議論がおこなわれます。人々はメンバーシップを利用し、どの共有文化遺産を構築するか、投票することができます。
- 展示:生きたインスタレーションと展示の仲介、没入型の感覚体験が組み合わさったものであり、時間と空間、存在を超えたつながりを生み出します。施設が作成した来館客のプロフィールや、展示と来館者の相互作用によって雰囲気や周囲が変化します。
- デジタルリアリティー:人々はスマートデバイスを通じて、特定の風景や都市の変化を体験、探索できます。
Museum Club 2.0
これらの新しく生まれ変わったプラットフォームは単に施設を拡大しただけでなく、デジタルでもアナログでもない、新しい体験空間を形成します。
この新しい体験空間は、ハイパーインスティテューションのなかでの各利用者の行動によって生み出される空間です。利用者はハイパーインステテューションが提供するさまざまなプロダクトの相互作用を通して、自らがキュレーターとなっているのです。利用者が積極的に関わることをサポートし、的を絞った会員サービスを開発する機会をつくり出すことで、「第三の空間」が生まれるのです。
ハイパーインスティテューションにおいて、博物館は利用者の興味に合わせて特定の物語やデジタルレイヤーを活性化させるさまざまな会員向けサービスを提供しています。利用者による普及商品の使用が、将来の構想やスタイル、コンテンツに直接影響を与えるのです。たとえば、デジタル化されたストーリーテリングのような形で、プロダクトを収集し自宅で使用可能にできるなど、利用者の開発、構築への参加はゲーム化されるでしょう。
未来はここにある
ここまで読んでも、ハイパーインステテューションは、夢や悪夢、あるいは現実離れしているように聞こえませんか?
今後の文化団体は、コンテンツがあふれている市場で自らの存在感を示すために切磋琢磨せねばならないでしょう。テクノロジーがこの流れをさらに加速させます。しかしそれと同時に、テクノロジーは私たちが共有する過去との関連や、印象的かつ感覚的な出会いのための新しい機会も生み出すのです。その中で生き残り発展するのはきっと、多くの可能性を創造的に解釈し、それらをユーザーとの出会いと結びつけることができるような人々でしょう。
だから、ここで呼びかけます。
読んでいるあなたも実際にやってみましょう。コーヒーをいれて、ChatGPTを開いて、質問してみましょう。平日にAIの助けを借りてアウトラインを書き、自問してみてください。AIサービスは展示デザインやコンセプト開発、共同制作を中心とした新しい形の構築にどのように貢献できるでしょうか? 未来はすでにここにあります。ぜひ活用してみましょう!
Design denmark の取り組みについて、LinkedIn、Instagramをフォローしたり、彼らのウェブサイトをぜひみてみてください。Khoraについても、LinkedIn、Instagram、ウェブサイトをぜひみてください。
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Written by Matias K. Seidler & Henrik Lübker (Design Matters)
Translation brought to you by Spectrum Tokyo
カバーイメージ:Fabio Lucas