バーチャル体験を左右する視点とプロセス。クリエイティブスタジオambrは「言葉」からはじめる

メタバースへの注目などにより、近年一層盛り上がりを見せている「バーチャル」の世界。その開発に早くから取り組み、TOKYO GAME SHOW VRをはじめさまざまなイベントのアプリ開発をてがけてきたambrは、仮想空間における体験設計にどのように取り組んでいるのでしょうか?

番匠カンナ

ambr CXO / idiomorph 主宰。「TOKYO GAME SHOW VR」「マジック:ザ・ギャザリング バーチャルアート展」など、ambrが生み出すプロダクトの空間や体験全体のクリエイティブディレクションを行う。

バーチャル体験を支える基盤技術「xambr」

── はじめに、「ambr(アンバー)」「xambr(クロスアンバー)」について教えてください

番匠:「ambr」は企業のイベントや展示などにおいて仮想空間とバーチャル体験を創造するクリエイティブスタジオです。東京ゲームショウ初となるVR会場「TOKYO GAME SHOW VR(以下、TGSVR)」の開発を2021年、2022年と2年連続して担当したり、「マジック:ザ・ギャザリング バーチャルアート展」の企画開発を行うなど、コンセプト設計から体験設計、空間設計まで幅広く手がけています。

「xambr」は仮想空間上で優れた体験を構築するために必要な機能を揃えた基盤技術で、アバターやボイスチャット、スタンプ、VR内での動画上映などの仕組みを有しています。各イベントはこれらをベースにカスタマイズした個別アプリとして提供しており、基盤の上に適した表現を載せる形でイベント毎に最大限のUXを実現できるよう設計しています。

「xambr」を採用して構築された「TOKYO GAME SHOW VR 2021」

番匠:現状はまだイベントを量産する段階ではなく、各イベントのために開発した中から必要なものを機能として取り込み、xambr自体を強化しているところです。

たとえば2021年のTGSVRで実施した「Grab & Play(グラブ・アンド・プレイ)」は、VRワールド内で画像や動画を見るときにポインターで対象物を掴んで自分の正面にもってくることができるというもの。仮想空間の中で画像や動画を見る最適の方法だと考え、基盤に実装しました。

また、今年開発を担当したeスポーツとUrbanスポーツのイベントから基盤に実装した機能もあります。VRワールド内で所定の時間にストリーミング動画と3D演出をズレなく再生する機能や、複数の生配信をユーザー自らが場所移動することで切り替えて見ることができるという機能で、さまざまな場面で必要になるだろうと判断して基盤に実装しました。

魅力的な異世界は「簡潔な言葉」からつくられる

── バーチャル体験の設計について聞かせてください。まずそもそも、バーチャルにおける「理想の体験」についてどのように考えていますか?

番匠:私やambrの代表・西村は「VRChat」の体験に大きな衝撃を受け、インスパイアされています。ソーシャルVRであるVRChatにあるのは「ユーザーがつくるコンテンツ」のみ。企業がつくるVRイベントとは毛色が異なるものですが、そこには最先端の体験が数多くあり、ユーザー主導のバーチャル世界としては一種の理想形だと感じています。

一方で我々は企業としてVRイベントをつくっているので、VRChatで趣味でものをつくるときとは異なるものづくりが必要です。またイベント毎にターゲットや要件も異なるため、体験として決まった指標やフォーマットがあるわけでもありません。そのため、イベントをつくる際にはなるべく企画の初期段階から入り、毎回1から考えるようにしています。

──体験設計はまず何からはじめるのでしょうか?

番匠:まずは「どんな体験をつくるのか」を短い言葉でまとめ、企画開発に関わる社内外も含めた関係者と共有することからはじめます。後にビジュアライズも行いますが、まずは言葉にすることが大切です。

TGSVR2022の場合は「ゲームショウがゲームになる」というテーマと、そこからさらに「ダンジョン」というキーワードを設定しました。ダンジョンという言葉からは「冒険」「旅」「発見」などが連想されますが、そうやって一言で言える言葉でつくりたい体験のイメージを明確にし、それが楽しいものになりそうかどうかを吟味していくんです。

ダンジョンの様子がわかるPLAY MOVIE

──体験設計において、最も大切にしていることはなんでしょうか?

番匠:「舞台設定」と「ストーリー」ですね。それらの強度、つまり「そもそもここは何をする場所なのか」「ユーザーはどういうものとして存在し、最終的に何を得るのか」に説得力を持たせることが必要で、やはり言葉が重要になります。ここで定めたものがクリエイティブ全体の指標となるので、毎週会議を行ってブラッシュアップしています。

TGSVR2022の場合もダンジョンから連想して「会場となる幕張メッセの下に、ゲームの年代が積み重なった地層がある」という舞台設定をつくりました。それによって上の方の地層ではハイポリ、下の方の地層に行くほどローポリになってテクスチャも荒くなって……という表現にたどり着いたんです。このあたりのアイデア出しには、社外のCG制作チームとのディスカッションも生きています。

プレイヤーは幕張メッセの地下に広がる巨大地下空間を踏破する楽しみのなかで、さまざまな出展社コンテンツを発見していく。キービジュアルは、『映像研には手を出すな!』の作者である、漫画家の大童澄瞳先生の描きおろしによるもの。

番匠:VRワールドの中では、やろうと思えば技術的には何でもできてしまいます。自分自身の見た目はもちろん世界の広さも自由ですし、重力もありません。制約がほぼないため自分でつくる必要があるのですが、舞台設定やストーリーによって何をつくればいいかを明確にしていくことで、いろいろな制作上プラスとなる制約が生まれるわけです。

──そうやってつくりあげる世界は、どのようなものであることを目指しているのでしょうか?

番匠:個人的には、VRは「わざわざ来る場所」だと考えています。現時点ではHMDも重いし、VRワールドにいる間は現実世界のことは切り離さないといけません。それでも自ら向かっていって自分の足で探索してもらうには、「わざわざ体験するためにいきたい異世界」をつくらないといけないんです。

そう考えると、きちんと論理や物理法則があり、歴史があり、それらが一貫した世界が必要になります。映画やゲームの世界観づくりの考え方と近しいですね。ユーザーを何でもできる空間に放り込むのではなく、私たちが「こういう体験がいいと思う」と思えるものをつくって、そこに入ってもらう。そのために「動画を見るならGrab & Playが最適」のように、細分化された体験一つひとつに最適な型をみつけていきたいと思っています。

大切なのは、体験のコアを見つけて表現にかえること

── 実際には存在しない世界を「体験」するのは、とても不思議な感覚ですよね。どういった部分からリアリティを感じるものだと考えていますか?

番匠:人の身体に似せたアバターになっていることもあり、基本的な身体感覚は現実と近い部分があります。そのため「ジャンプができない」など通常の身体感覚から逸脱する部分があると、体験も悪くなります。身体の自由については、何かしらの感覚が働いているのでしょう。

ただし、すべての身体感覚のコントロールが必要かというとそうではありません。おもしろい例として、ポーター・ロビンソンというDJが行ったVRライブがあります。そのワールド内では、なんと参加者のアバターは皆「数ピクセルの点」なんです。それでもジャンプだけはできて、ジャンプするとその軌跡がカラフルに色づくという仕掛けがあったことで、ユーザーがみんなぴょんぴょん跳ねていてとても盛り上がっていたんです。

これはつまり、その空間における身体感覚として最も重要な部分だけにフォーカスして表現を抽象化しているんですね。ライブでもっとも重要な「音にノること」に紐づく部分だけを表現に落とし込んでいるわけです。体験の一番のコアは何なのかを考え、それを抽出してすべての上位概念として定めて表現をつくる。これはambrの大切にする「体験ファースト」の意図するところと同じだと考えています。

── おもしろい視点ですね。ambrでの実践例についても教えてください。

番匠:TGSVR2022でいえば、このイベントで体験できるのは「ダンジョンを歩き回って冒険すること」で、その体験のコアを抽象化して表現として落とし込んでいった一例として「足音」があります。

普通の展示会の観覧であれば足音は1種類で構いません。でもダンジョンでの冒険体験となると「砂利道」「吊り橋」「空中歩道」などさまざまな場所を探索する楽しさが体験のコアになります。砂利道なら石のジャラジャラ感、吊り橋ならギシギシした音、空中歩道ならプラスチックの上を歩くキュッキュッというような音。これらを今回のイベントにおける体験のコアを表現する要素のひとつとして定め、注力していきました。

「足音」がダンジョンでの体験をリアルに感じるキーに

── そういったことを先行して行っている映画やゲームでの工夫はVRでも活かせそうですが、異なる点もありますか?

番匠:「してほしい体験を完全にコントロールできるわけではない」という点は大きく異なりますね。VRワールドではユーザーはそれぞれの意思で行動するので、何かを用意していても見ない人は見ないし、人によってまったく違うものを得て帰っていくため、順を追うような設計は適していません。舞台設定やストーリーは押さえつつ、ユーザーが一人称で楽しめるようにつくる必要があるんです。

ambrが関わるイベントに限らず、VRワールド内では「ユーザーが思いもよらない行動をする」「変なところで勝手に盛り上がる」ということがよくあります。VRワールドに人と一緒にいると、それだけで楽しくなってしまうんですよね。そうすると、そこらへんにある空き缶を積み重ねるだけで盛り上がったりしはじめるんです。

つまりVRの楽しみ方は、最終的にはユーザー自身が発見するものなのです。私たちが場をつくり、おもちゃになりそうなものを用意することでユーザーがクリエイティブな遊び方をしはじめる。今後はそういった「要件的には求められていない」仕掛けにも一層力を入れていきたいですね。

型が確立されていないからこそ、新しい試みに可能性がある

── VR業界は今まさに成長の真っ只中ですね。ambrはどのような存在を目指しているのでしょうか?

番匠:VRはまだまだ普及フェーズなので、まずは何よりも「これのためにVRデバイスを買いたい」と思えるようなキラーコンテンツをいくつも生み出すことを目指しています。デバイスという高いハードルを超えられるよう、それを使う目的をつくってあげるのが私たちのような基盤やコンテンツをつくる会社の役目です。やはりエンタテインメントは課題解決ではなく、驚きや喜びで生活を豊かにするもの。xambrはVRChatのようなユーザーコンテンツ主体のVRSNSとは異なりますが、可能性は非常に多くあるのではないかと思っています。

── 具体的に何か取り組んでいることはありますか?

番匠:VRにAI技術をかけ合わせることで新しいおもしろさを生み出せるのではないかと考え、「ambr VRxAI Laboratory」を立ち上げてR&Dに取り組みはじめました。

今年4月に立ち上がった「ambr VRxAI Laboratory」

番匠:AI活用の例として、たとえばChatGPTをVRワールド内のキャラクターとの会話に活かすことが考えられます。キャラクター設定テキストを読み込ませれば設定に応じた会話を生成することができ、ボイスチャットと組み合わせれば永遠にしゃべりつづけるキャラクターをつくることも可能だと思います。ユーザーとのインタラクティブなコミュニケーションもできるので、おもしろい使い方がいろいろと考えられます。

ただしそうやってできることが増える分、より一層「体験のコアは何か」を考える重要性が増すだろうと考えています。ものすごいスピードで技術が進化している分、みんな同じようなものをつくれるようになり陳腐化も早まります。だからこそ、爆発的なパワーを持つ「体験のコア」が必要になるはず。私たちはこれからも「体験のコア」を大切にして、多くの人がVRの世界に飛び込みたいと思うほどのおもしろい体験をつくっていきたいですね。

取材協力
株式会社ambr

Written By

長島 志歩

Specrum Tokyoの編集部員。映画会社や広告代理店、スタートアップを経て2022年よりフリーランス。クリエイターが自らの個性を生かして活躍するための支援を生業とし、幅広くコンテンツづくりやPRなどを行っている。

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