ダイエットは日米共通? 「あすけん」が支える食と健康
2007年のサービス開始以来、17年に渡って多くのユーザーの食と健康を守ってきた「あすけん」。そのプロダクトづくりには、どのような思想とこだわりが込められているのでしょうか。北米への展開で得た経験や学びについてもお聞きしました。
伊藤拓哉 | 株式会社asken プロダクトマネージャー
1991年生、東京都出身。2014年より広告代理店にてWebディレクションやデジタルマーケティング全般のコンサルティングに従事。2019年より株式会社askenに参画。プロダクトマネージャーとして「あすけん」事業の運営を担当。
Neicy Pilarca | 株式会社asken プロダクトデザイナー
フィリピン出身。株式会社asken プロダクトデザイナー。大学卒業後、2019年に日本に移住し、デザインの世界に完全に移行する前に開発者としてキャリアをスタートさせた。『あすけん』アプリの日本版と北米版の両方での経験がある。日々の仕事は、FigmaでのUI/UXデザイン、UXリサーチ、デザインオペレーションを担当。
多田 綾子 | 株式会社asken 栄養士
株式会社asken 栄養士。化粧品ブランドに14年間勤務後、からだの内側からも美容や健康をサポートしたいという思いから女子栄養大学短期大学部にて栄養士の資格を取得。広報業務とサービス開発に携わるかたわら、あすけんコラム執筆やセミナー講師を行う。
日本のヘルスケアアプリ市場を10年以上にわたり牽引する「あすけん」
── まずはじめに、あすけんについて教えてください。
伊藤:毎日の食事内容を簡単に記録し、管理栄養士が監修したアドバイスを受けることができる食事管理・ダイエットサポートアプリです。「ひとびとの明日を今日より健康にする」というミッションのもと、2007年からサービスを展開しています。現在国内の累計会員数は1000万人を越え、ヘルスケア・フィットネスカテゴリーでアプリダウンロード数・売上ともに3年連続No.1となりました。
── サービス開始から今年で17年目ですね。さまざまな競合サービスが生まれる中で、あすけんが長くトップを走りつづけてこれた理由は何でしょうか?
伊藤:プロダクトづくりにおいて、左脳的な要素と右脳的な要素を取り入れていることが強みのひとつだと考えています。栄養やカロリーを計算し、数字に基づいた指摘をはじきだすのはもちろん、それをユーザーが受け入れやすいフィードバックへと変換することを大切にしています。ただの計算機アプリではないことが、いい形で全体に作用しているのかなと。
「AI栄養士」の未来(みき)さんのキャラクターもそのひとつです。毎日厳しくフィードバックするのではなく、誕生日には「今日は好きなものを食べて、明日からまた頑張りましょうね」というメッセージを贈るなど、挫折することなく続けられるように真心や人間味を感じる表現を心がけています。
伊藤:やはり私たちは「食べる楽しみ」を大切にしたいんです。痩せるだけであれば、断食したり、糖質を大幅にカットしたりと方法は他にもあります。でもあすけんは飲食店やホテル等を運営する総合フードサービス企業から新規事業として始まったサービスでもあるので(現在は親会社)、食生活を楽しみながら健康になれることを常に意識しています。
プロダクトから経営まで一貫した「食と健康」の軸
── 「食べる楽しみを大切に」という思いと、ユーザーのダイエットという目的の間には相反する部分もあるように感じます。プロダクトの設計上、どのように両立させているのでしょうか?
伊藤:ユーザーがあすけんに感じている「痩せられる」という価値は保ちつつ、私たちが目指す「栄養状態を整えて健康的に体重を落としていくこと」へと誘導できるように、無理な目標を設定できない仕組みにしています。
たとえばBMI指数(ボディ・マス指数、体重と身長から算出される肥満度を表す体格指数)の低すぎる体重や、過激すぎる減量ペース、偏ったPFCバランス(タンパク質、脂質、炭水化物の摂取比率)などは目標として設定することができません。また、あすけん健康度(食事や運動などの記録からあすけんが独自に作成している総合点)に関しても、カロリーが足りなすぎる場合などは点数を低く設定してあります。
── サービスとしては無料でも使えて、その場合は広告が入る仕様になっています。広告に関してはどのように扱っていますか?
伊藤:askenが自社の純広告として案件をお受けする際には、必ず管理栄養士を含め社内で確認をしています。あすけんの名前で商品をおすすめすることになるので、ミッションに紐づいているか、自信をもっておすすめできるかどうか、という視点を大切にしています。ユーザーがまだ知らない健康に良い商品を紹介する場として運用していければと考えています。
── フィットネスなどへ事業領域を広げることも選択肢としてはあったのではないかと思いますが、そうはされていませんね。
伊藤:食にフォーカスすると意思決定しているため、それ以上に手を広げすぎることはありません。フィットネスなどは健康維持にとって必要なことですが、得意とする他のサービスと連携すれば良い部分。やはり食へのフォーカスこそがあすけんの強みだと考えています。
気づく変化と、気づかない変化。まずはユーザーとの会話から
── デザインにおいてはどのような点を重視しているのでしょうか?
伊藤:若い方からお年を召した方までユーザー層が幅広いので、誰にとってもわかりやすく使いやすいデザインを意識しています。若年層やITリテラシーの高い方向けであれば、短い言葉でラベルづけしたり、デザインを最新トレンドに寄せる方法もありますが、老若男女が使うインフラとしての視点も持って偏りすぎないよう意識しています。
── 10年以上サービスを展開していると、アプリのUIなどは既存のデザインに慣れ親しんでいる方も多いのではないでしょうか?
伊藤:やはり毎日使うアプリなので目に触れる頻度が高い分、見た目のデザインは少し変えただけで良くも悪くもたくさんの反応をいただきます。そのため1歩2歩先を行くのではなく、半歩ずつ先に進むように意識しています。
大きくデザインを変えるような案が出ることもありますが、その場合もまずはユーザーは今のインターフェースのどこを良いと感じていて、便利に使っていて、どこが課題なのか、現状把握を丁寧に行うようにしています。
Neicy:実は以前、食事記録の画面をモダンなデザインに変更する施策があったんです。ユーザビリティガイドラインに沿ったデザインをつくったのですが、ユーザージャーニーやユースケースを考慮しきれていなかったことで、ユーザーに受け入れられるものをつくることができなくて。やはりユーザーとの会話を通じ、ユースケースを把握してからデザインをつくることが大切だと痛感しました。
── ユーザーとの会話は、インタビューなどを通じて行っているのでしょうか?
伊藤:そうですね。定期的にオンラインでインタビューを行っています。
インタビューでの気づきのひとつが、目に見える変化に対しては反応が大きいのと対照的に、私たちが知っていて当たり前だと思っている機能でも、ユーザーはそもそも気づいていない場合があるということです。単に機能を追加していくだけでは、ユーザーの使い勝手は何も変わらないんです。
簡単に食事記録ができるバーコードスキャン機能も、はじめは食事写真の登録画面を開いてから辿りつく導線設計でした。でも、この機能を使う方はすぐに登録したいからこそ使用するわけで、深い階層にある状態では存在さえ気づいていなかったんです。インタビューの結果を踏まえ、アプリのホーム画面にワンタッチでスキャンを機動するボタンをつける形に変更しました。インタビューから得る学びはとても大きく、ユーザーの利用の流れを把握し、整理して、より自然に使ってもらえるようにデザインに活かしています。
「健康」が内包する多様性。北米展開で直面した違い
── 2017年から北米でも展開されてきたそうですね(現在新規展開は保留)。北米のヘルスケア・ダイエット市場は日本とどのような違いがありましたか?
Neicy:そもそも「健康」には、とてもたくさんの要因が絡んでいます。栄養に関する知識レベルはもちろん、周囲にある食べ物やレストランの種類、健康保険の有無、収入や人種、宗教、文化などがすべて関係しています。その点で北米はとにかく多様性に富んでおり、業界の動きやトレンドの変化も早く、ダイエットプログラムもさまざまなものがありました。
ただし、北米でダイエットと言えば「できるだけ早く体重を減らすこと」が求められます。「10日間で5Kg減量し、理想のボディを手に入れられるミラクルダイエット」などの訴求を行っている広告も多いですし、食べ物毎に「食べて良い」「食べてはいけない」とラベルづけするようなものもあり、正直健康という点ではおすすめしにくいサービスも多い印象でした。ただ多くのユーザーは「とりあえず減量する!」というダイエットを好むので、そこであすけんが戦うのは非常に難しかったです。
──市場環境が大きく異なりそうですね。北米ではどのような層をターゲットとしていたのでしょうか?
Neicy:シニア層をターゲットにしていました。シニアの方であれば、そこまで自分の見た目を気にしないのではないかと考えたためです。実際は、年齢関係なく「自分の身体に自信を持てるようになりたい」と考える方が多かった印象があります。
ただしそれ以上に特徴的だったのは、多くのユーザーがすでに肥満や糖尿病などの病気を患っていたことです。階段の上り下りができないなど生活に支障をきたしている方も多く、食事や体重の管理以上に人生の質に関わる問題を抱えていました。あすけんは食事管理のツールであり、肥満や糖尿病などの治療までできるわけではないので、プロダクトでサポートできることの限界も感じた部分でした。
文化や環境をも越える、プロダクトの人間味
── そういった市場の違いもある中で、北米用には何かローカライズを行ったのでしょうか?
Neicy:肥満や糖尿病などの病気を治すことはできなくても、自分でできる小さなことから習慣化するためのサポートにフォーカスして、いくつかの機能を開発しました。そのひとつがメンタルヘルスに関する機能です。実は北米では、ダイエットは食事や運動だけを指すのではなく、メンタルヘルスも含む概念として捉えられています。そのため北米在住の管理栄養士の方と連携し、メンタルを管理したり、運動を促すような機能を追加しました。
その中のひとつが、「AI栄養士」のキャラクターである未来さんとチャットで会話できる機能です。未来さんのアドバイスに加えて、「1日コーラを飲まない」「10分散歩する」などユーザーがコミットできるサイズのスモールステップを選択肢として提示し、サポートするようにしたんです。
Neicy:未来さんのキャラクターは、とてもポジティブに受け入れていただいていたと思います。現地の管理栄養士の方に未来さんの発するアドバイスを書いていただいていたのですが、日本と同様に「人間味を感じるのがいい」と評判でした。
── UIなどのデザインに関してはいかがでしたか?
Neicy:競合サービスも多数ある中での新規参入で、機能だけで差をつけるのも難しいため、レバレッジをかけるポイントとしてデザインもローカライズを行い、北米の当時の最新トレンドを踏まえたものに変更しました。なるべく情報をシンプルにすることも重要なポイントでしたね。北米の方から見たら新しく登場したサービスなので、デザインは良くて当たり前という感覚だと思います。
── やはり展開する国や地域に合わせたローカライズが必要になるのですね。
多田:はじめは日本と同じ構成での展開を考えていましたが、北米はダイエットに対する考え方そのものから異なり、見た目が良くなることやボディメイクへのニーズが強かったですね。増量を支援するプランがないことに不満の声をいただくこともあり、現地に合わせたローカライズはやはり必要でした。
他にも、データベースのローカライズがとても大変だったと聞いています。あすけんは日本人の食事のデータベースしか持っていなかったので、アドバイスするにも「次は豆腐を食べましょう」と伝えたところで、アメリカの方には「そんなもの売ってないよ!」となってしまう……などのギャップがありました(笑)。
── 北米展開の経験を踏まえて、サービスのローカライズにおける学びを共有いただけたら嬉しいです。
Neicy:当たり前のことではありますが、ユーザーと話すことの大切さを感じました。チームメンバーはほとんど日本人で、北米に住んだこともなかったので、地理的にも文化的にもユーザーとの距離を感じていましたが、そんな中でもリサーチ支援のサービスやツールを活用することで、現地のユーザーと話す機会を定期的に得て、多くのインサイトを得ることができました。それによりユーザーに共感し、距離を縮めることができたと思います。
伊藤:海外に展開するとき、日本のオフィスで日本人のチームが対応する形も多いと思いますが、やはり現地のメンバーが参加していることが重要なポイントだと感じました。管理栄養士の方以外に、ユーザーサポートにも北米在住の方に入ってもらったのですが、プロダクト全体で機械翻訳では出せないニュアンスを出せたと思いますし、それらを通じて伝わるプロダクトの人間味が有効なものだと実感しました。
食事の前から楽しく健康になれることを目指して
── 今後はどのような展開を目指しているのでしょうか。
伊藤:そもそもスマホで食事管理をするという行動自体、まだまだマイナーなものだと考えています。対面で管理栄養士が指導しても改善するのが難しいのに、ユーザーのモチベーションだけでそれを続けてもらうのは、とてもハードルの高いことだなと。
そのため今後は、食事管理に対するモチベーションが高くない方であっても取り組めるように、もっとハードルを下げることに取り組んでいきたいです。食べたものを簡単に記録できることはもちろん、「次に何をたべようか」と楽しんで興味を持ってもらうことも重要になってくるのではないかなと。あすけんではそれを「食事の選択力」と呼んでいて、選択力をどうすればあげられるのかを常々考えています。
現に今、食べた後に記録するという基本的な使い方だけでなく、買おうとしている食材やつくろうとしている料理を登録してみるなど、「食べる前に記録してシミュレーションをする」という使い方をされている方もいます。今後は先の食事の予定も記録できるようにすることで、シミュレーションやプランニングを支援できるようにもしていきたいですね。
一方で筋肉を増やしたい方や妊娠されている方など、ダイエット以外の健康課題を抱えた方々の多様なニーズに対応していくことも重要視し、現在それぞれの専用コースの展開もはじめています。この先の10年はそこで私たちにできることは何かを考え、実行していくフェーズになればと思います。
取材協力
株式会社asken