「普通に使える」ために泥臭く誠実に。働く現場に変化をもたらす業務システムのデザインとは

「業務システムのデザイン」と聞いて、一見馴染みが薄いものに感じる方も多いかもしれません。しかし、そこにはデザインの力を発揮できる余地が多分に残されています。今回は数年に渡って業務システムのデザインに携わっている佐野彩さんに、その実態や仕事の醍醐味についてお聞きしました。

佐野彩 株式会社グラファー デザイナー Twitter
東京造形大学卒業後、広告デザイン制作会社、Flasherなどを経てスタートアップ、グローバル展開の日系アパレル企業など規模感の違う開発現場を数社経験。業務システムにおもしろみを見出し、現在はグラファーで自治体の業務システムのデザインを担当。

使ってもらうための試行錯誤が好循環の起点に

── 業務システムのデザインとは、そもそもどういうものなのでしょうか。これまでに佐野さんが担当したプロダクトとあわせて教えてください。

佐野:私なりの定義になりますが、利用者・顧客に対して、対応や販売、接客などのサービスを提供するスタッフが利用するシステムをデザインすることです。

2016年に入社した株式会社トレタでは、飲食店向けに予約台帳や顧客台帳を提供するiPadアプリのBtoBプロダクトを担当しました。トレタは「普通に使える」ことを重視し、複雑な機能もシンプルに使えることを目指してデザインしており、営業担当者もお店の方と向き合い現場のことを深く理解していました。インタビューや現場の見学を通じて、飲食店にさまざまな業態があることや店舗内の従業員毎の役割の違いなどを知り、それらを明文化していくおもしろさがありました。

その後転職した日系アパレル企業では、ITを統率する事業部の中で「店舗で使うシステム」を担当する部署に所属し、自社のアパレル販売店員向けのオペレーション用アプリや販売に関する計画用のアプリの改善などを行いました。ECと店舗両方の在庫を把握できたり、POSと繋がっていたり、システムの企画や運用はほぼ内製していたため商品を取り巻くデータはかなり整備されていました。ただしそれ以外の業務上の情報管理は紙での運用が多いことが課題となっており、整理のためのワークショップを一緒に行うなど、業務フロー自体を定めていくためのサポートにも携わりました。

現在務めている株式会社グラファーは、行政手続き効率化のためのさまざまなウェブサービスやソリューションを自治体向けに提供していて、私はそれらの、システムのデザインを担当しています。コロナ禍を経験したことで、行政やインフラがきちんと機能しているからこそ生きていけるのだと私自身実感しています。デザインの力を活かすことを考えれば、やはり一番レバレッジが高いのは行政の領域だと思います。

行政手続き効率化のためのウェブサービスやソリューションを提供

── どのようなプロセスでつくっていくのでしょうか。

佐野:やりたい企画や現場の要望を起点に、まずは調査と仮説からプロトタイプをつくります。それに対して意見をもらいながら仕様を決め、開発へと進めていくのが一般的なフローです。ゴールまで一足飛びに行けることはほぼなく、実際の現場を見たり、カスタマージャーニーマップでコミュニケーションが発生するポイントを確認したりと、多くの紆余曲折を経ながらシステムに落とし込んでいきます。

デザインする際には、その業務システムが使用される現場の環境を考慮する必要があります。机が狭かったり、パソコンがワンフロアに1台しかないような場合、悠長に使うことを前提とした設計では実際の運用に支障が出てしまいます。現場で使う感覚から乖離しないよう、プロトタイプをもとに現場の方々からフィードバックをもらったり、シミュレーションをしたりして、精査を繰り返していくプロセスが非常に重要です。

── 業務システムは、どのようなものであることが理想なのでしょうか?

佐野:最終的には「現場にとって使いやすいものであること」がもっとも重要で、そうでなければ使ってもらえません。使いやすいシステムを提供できれば、従業員の認知負荷や教育コストを押さえられ、彼らに「自分は大切にされている」と感じてもらうこともできます。そうして従業員が楽しく仕事に臨むことができれば、お客さんへのサービスもより良いものになるはず。そういう好循環をつくり出せるのが業務システムの良いところであり、デザイナーとしての頑張りどころです。デザイナーとしては、「自分がやっていることの影響がよいものであれ」と願えることが大事な資質かもしれません。

信頼とツッコミを併せ持って、現場のスペシャリストと向き合う

── 業務システムが利用される現場について、どの程度リサーチしていますか。

佐野:私は対象となる組織の文化や習慣、季節要因まで、すべて把握するようにしています。業務マニュアルがあれば理解できるまで読み込みますし、グラファーであれば地方公務員の仕事の始め方について書かれた本なども対象になります。

そうやって文化を理解した上でドメインに精通しているメンバーと会話し、細かい部分やおかしな部分についてフィードバックをもらいます。社内にいらっしゃる現場出身のスタッフの方々などと何度もやりとりをして、理解を深めていくんです。

── 現場を知れば知るほど、オペレーションなどに対して自分なりの問題意識や意見を持つこともあるのではないでしょうか。

佐野:もちろんあります。ただそういった問題意識は、既に現場の方々も持っていることがほとんどです。ドメインに精通しているメンバーとの向き合いでもそうですが、自分の意地や承認欲求に固執せず、まずは相手を信頼することがとても大切です。

ただし、現場の“暴走”を制止しなければいけない場面もあります。要望を安易に取り入れるのではなく、適度に斜に構えて「なぜこのオペレーションは必要なのか」「なぜこの機能は必要なのか」とツッコミをいれ、言いなりにならないことも大切です。

でも、そのとき相手にこちらの話を聞く準備ができていなければ、なにか提案するにしても知識量で負けているため説得は困難です。そのためにも、相手はITのプロではないことを認識し、開発のプロセスを事前にしっかり説明して理解してもらうようにしています。そうやって意見の相違に対して折り合いをつけていくのは、この仕事の難しい部分でもありおもしろい部分でもありますね。

── 実装する機能を見極める際は、どのような点を重視しているのでしょうか?

佐野:私の場合は「いまやっておけばあとあと効いてくる」ものをなるべく早いタイミングで、3割ほど取り入れるようにしています。

見極めは従業員のメンタルモデルに準じる部分が大きく、従業員の世界観のぼんやりとしたオブジェクトをきちんと把握し、骨格となる部分に沿っているかどうかが重要になります。小売や飲食であれば「テーブル担当」「棚担当」など従業員毎に担当が割り振られていることが多いのでそこが起点になりますし、行政であれば将来部署をまたいで作業しなければならないであろう部分も考慮しています。そういった一見地味で後回しにされがちなものも、少しでも良いのでちゃんとやっておけばあとで効いてくるんです。

2022年12月15日には、情報提供サイト「お悩みハンドブック」自治体向けカスタマイズ機能の提供開始を発表

コミュニケーションから逃げずに、“決断筋”を鍛えつづける

── 組織にはそれぞれの事情がある中で、ある程度標準化して提供されるグラファーのようなSaaS型の業務システムの場合はどのようにデザインしているのでしょうか。

佐野:グラファーはまさにいま、標準化したシステムを使ってもらえるよう各自治体に働きかけているところです。その中で感じているのは、ある程度システムと人間はお互いに歩み寄っていくべきだということ。そして、業務システム自体がその歩み寄りへの支援も内包したものであるべきだということです。

標準化にあたっては、ユーザーの中からサンプリングして話を聞き、全体としての傾向をまとめていく必要があります。でも当然それぞれ期待することは少しづつ異なるため、ある程度声の量によって判断せざるをえません。

そのため、それぞれの意見に耳を傾けつつも、「生産性をあげて時間を有意義に使ってほしい」という我々の願いの上に提供したい世界観をつくっていくような形になります。業務システムを使うことがオペレーションを見直すきっかけになったり、そもそも環境から考え直すようなインサイトに繋がったり、もっと業務システム側から働きかけることもできるはずなんです。

── グラファーが向き合う行政という領域について、佐野さんはどのように見ていますか。

佐野:思っていたよりITの活用は進んでいますが、それでもまだ業務フローの中で古いシステムと紙とをまたがざるを得ない状況の自治体も多く、自治体間でかなり差が生じています。個々に状況が異なる対象へどうアプローチするかはグラファーの課題でもありますが、私としてはせっかく導入しても使いこなせなかったり、市民の方が受けられるはずのサービスを受けられない状況になってほしくありません。だからグラファーのシステムを懐疑的に見ている方のところにも積極的に伺って、なにができるか考えていきたいと思っています。

結局、業務システムってデザイナーだけではどうにもならないんです。総合格闘技のような多角的なアプローチが必要だし、どんなにいいものをつくっても現場の方々の尽力がなければ運用してもらえません。デザイナーと現場とが協力して、やっといま取れる最善策の提案に辿り着くことができる。だから、やっぱりたくさんの現場に行ってコミュニケーションをとり、その中で最大公約数はこれだと結論づける“決断筋”を鍛えていくしかありません。

私はいわゆる“コミュ障”なので、コミュニケーションには苦労しているし、そのせいで失敗したこともたくさんあります。気を使いすぎてしまったり、逆に使わなすぎたり、上位の役職の方と接するのが苦手だったり。正直そういった方とのコミュニケーションを避けられると思ってデザイナーになった側面もありましたが、もう38歳だしやるしかないのかなって。

── 苦手だと自覚していることに挑戦しようと思えるのは、なぜでしょうか。

佐野:「モノのデザイン」「コトのデザイン」という考え方に対し、後者のほうが良いものだとする風潮があると思うのですが、議論を前に進められるのはプロトタイプなどの「モノ」があってこそ。私はデザイナーとして辛うじてモノならつくることができるし、みんながどうしたいのかをなんとなく掴めたら、それを形にすることができます。そうしてつくったモノによって、「なにをどう変えればいいのか」という議論を前に進める一助になれることがとても嬉しかったし、誰かがストレスを抱えたまま会議の場や業務の現場が回っているということのないよう、アウトプットによって働きかけて、うまい流れをつくっていきたいんです。

誰もが「普通に使える」ことを目指して

── 佐野さん自身は、業務システムのデザインのどんなところにおもしろさを感じているのでしょうか。

佐野:私にとっては「普通に使えるものをつくる」ことが良かったのかもしれません。学生時代はいわゆる“ダメ学生”で、就職してからも「いい感じにつくって」という要望に答えることができず、生きづらさを感じていました。

でも私を悩ませていたのは「デザインがうまくつくれない」ことではなく、判断軸や「なんのために」が定まっていないがために「いい感じにつくって」というオーダーになっていることだったんです。「いい感じにつくって」に答えるのは難しいけど、「普通に使える」であればロジカルに整理して決断していけば目指すことができる。それを目の前にいる担当の方と誠実に向き合いながらつくっていくことが、私の感じる業務システムのデザインのおもしろさです。

向き合っていけば、最初は「現場の方」というざっくりとしたイメージだったものが、「家に帰れば2歳の子どもがいて…」と生活がリアルに想像できるまでになります。さらにそれらを個別最適ではなくモデル化しながら、どういうものをつくるべきか探っていく。たくさんの生の声を聞きながら、本当に使ってもらえるイメージが描けるまで人と向き合うのはとてもおもしろいと思います。日本の現場はたくさんの真面目な方々に支えられて回っているので、私はそういった方々に向き合い、力になっていきたいですね。

先日開催されたSpectrum Tokyo Design Fest 2022で、グローバルステージに登壇した佐野さん

取材協力
株式会社グラファー
佐野彩さん Twitter

Written By

長島 志歩

Specrum Tokyoの編集部員。映画会社や広告代理店、スタートアップを経て2022年よりフリーランス。クリエイターが自らの個性を生かして活躍するための支援を生業とし、幅広くコンテンツづくりやPRなどを行っている。

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