「子ども知見」があるからできる。正解でも不正解でも、楽しさに気づくデザインを
ゲームや動画など数多のエンタテインメントがあふれる中、STEAM教育を扱うとある通信教材が多くの子どもたちを虜にしていることをご存じでしょうか? 今回は、そんな「ワンダーボックス」を中心に知育領域のプロダクトを多数手がけるワンダーファイ株式会社の中島健太さんと渡辺大輔さんに、子どもたちの学びに寄り添うプロダクトが大切にしているデザインのあり方についてお話を伺いました。
ワンダーファイ株式会社 中島 健太 / デザイナー
WEB制作会社を経て、子どもとの関わりを求めて保育向けスタートアップにデザイナーとして参加し、子どもと触れあう機会に恵まれる。子どもの成長に関わるデザインをしたいと思い、2017年末にワンダーファイに入社。ワンダーファイ株式会社 渡辺 大輔 / デザイナー
ワンダーファイ、デザインチームマネージャー。桑沢デザイン研究所総合デザイン科卒業後、WEB制作会社などでWEBやアプリ・サービス開発を経て、2019年ワンダーファイに参加。
子どもたちの生の反応によって磨かれていくSTEAM教材
── まずはお二人がデザインを担当されている「ワンダーボックス」について教えてください。
中島:ワンダーボックスは、デジタルとアナログを組み合わせた子ども向けの通信教材です。STEAM教育(Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Art(芸術)、Mathematics(数学)の5つの領域を重視する教育方針)に即したもので、子どもたちの「知的なわくわく」を引き出すさまざまなコンテンツを毎月アプリとキットで届けています。
デジタルを組み合わせるメリットとして、例えばアプリ上での「風」「光」「重力」をテーマとした物理実験など、アナログでは実現が難しい内容を盛り込める点があります。またアプリ上でキャラクターに応援してもらえるなど、ひとりで学習を進めるのが難しい子でも楽しめるような表現も、デジタルの利点を活かして行っています。
コンテンツとしては、STEAM教材として感性を育むためのものが含まれていることなどが特徴に挙げられます。例えば、アート教材ではさまざまな名画を使ってコラージュ作品をつくるコンテンツを用意しており、「自分がつくりたいもののパーツ」という発想に置き換えることで、なかなか触れる機会のない名画に隅々まで注目するきっかけを提供しています。
「子ども知見」を身につけ、コンテンツそのものを楽しむためのデザインを追及
── ワンダーボックスの開発において、特徴的なプロセスはありますか?
中島:最も特徴的なのは「研究授業」です。これは隔週で子どもたちをオフィスに呼んで、ワンダーボックスのコンテンツを試してもらうというもの。楽しんでいたり、黙々と集中していたり、悩んでしまったり、思ったとおりに進められなかったり。そういった子どもたちの生の反応から重要なフィードバックを得ることができます。
渡辺:社内に「子ども知見」が豊富なメンバーがたくさんいて、随時フィードバックをくれるのも心強いですね。
── 「子ども知見」とは何ですか?
中島:実際に子どもたちに試してもらわなくても、ある程度「子どもだったらこうだよね」と反応が想像できることを、社内で「子ども知見が豊富」と言っているんです。例えば「今のデザインでは要素が多すぎて、子どもはどこを見たらいいのかわからないんじゃないか」といった具合です。
── どうやって「子ども知見」を身につけているのでしょう?
中島:やはりできるだけ研究授業に参加して、実際に子どもたちが取り組んでいる姿を見るのが一番です。僕自身、それにより「子どもってこういうものなのか」と理解が深まったと感じています。
ただし、子どもだって人それぞれまったく異なります。一人でガツガツ学習を進められる子もいれば、大人が支えてあげないと教材を触るのさえ怖がってしまう子もいる。そういう子でも一人でプレイできるようにするためにはどうしたらいいか考えるには、子どもたちと触れあう時間の総量はもちろん、一人ひとりのいいところに気づけるかどうかも重要で、研究授業ではそういったことも意識して取り組んでいます。
── デザインする上で気をつけていることはありますか?
渡辺:「装飾」には気をつけています。例えば教科書に装飾があると、つい落書きをしたくなってしまったりしますよね。子どもは集中して見ることのできる範囲が狭いので、余計な装飾があるとそれに気が向いてしまい、コンテンツ本来の楽しさから外れてしまうんです。
デザインには「こう装飾したほうがいい」「この色のほうが映える」などいろいろなセオリーがありますが、それらは絶対的なものではありません。常に「そのデザインは、子どもがコンテンツ自体を楽しむためのものになっているか」という視点で考えるようにしています。
中島:デザインで楽しそうに見せることはできるけれど、本来感じてほしいのは「見た目の楽しさ」ではなく「コンテンツ自体のおもしろさ」であり、「問題を解くことのおもしろさ」です。「見た目が楽しいからやる」だけではなく、コンテンツに集中して取り組むためのデザインが必要なんです。
はじめはいろいろと削ぎ落していくことに怖さも感じました。でも研究授業を通じて「問題がおもしろければ集中してやってくれる」とわかり、案配を掴めてきたと感じています。
ただし、単にシンプルにすればいいということではありません。子どもが集中しやすいデザインを追及していったら、結果的にシンプルになっていったという感じです。
渡辺:一方で、「そもそも子どもに興味を示してもらえなければ、教材を手にとってプレイしてもらえない」という課題もあります。そのため、最近社内で「子どもが手に取りたくなるデザインを考えるプロジェクト」が立ち上がりました。デザイナー数名が毎週いろいろな子ども向けの商品を持ち寄って、何が良いのか分析したりしています。手に取るまでのタッチポイントや起動後のチュートリアルなど、コンテンツの本当の楽しさに辿り着くまでの「助走期間」には、コンテンツそのものとは違うデザインの力が求められるんです。
中島:例えば絵本のように「わっ」と惹きつけるデザインは、これまでワンダーボックスでは採用していませんでした。でもそういったデザインも、助走期間であれば力を発揮できるかもしれません。子どもたちに「おもしろそう」と思ってもらうには、写真がいいのか、キャラクターがいいのか、最終的にできあがったものを見せたほうがいいのか。どう見せたら興味を持ってもらえるのか、まさに今探っているところです。
正解を過剰に褒めず、不正解でもくすっと笑わせる
── 子ども向けのプロダクトとして、何か心がけていることはありますか?
中島:まず「そもそも不正解が必要な問題なのか」を考えるようにしています。不正解がない中で試行錯誤する楽しさもあれば、不正解があるからこそ「これに決めた!」と子どもたちが自分で出した答えに確信を持って試してみる体験をつくれるという側面もあります。不正解がないと適当に取り組んでしまう可能性もありますが、あればあるで怖がってしまう子もいるので、問題ごとにどちらがいいか検討し、その上で表現を考えるようにしています。
正解と不正解の表現はセットで考えることになりますが、花丸やバツなどのマークにするべきか、緑や赤など色で表現するべきか、顔の表情で表現するべきかなど議論を重ねました。最終的には顔の表情で表すことに落ち着きましたが、それでも不正解のときに悲しい表情をした顔を1秒ほど表示したところ嫌がる子がいたため、おどけた顔へと変更しています。他にも「針の上に乗る」などの痛みを感じる表現や、「おばけ」なども怖いと感じる子がいるので注意が必要です。不正解のときの表現によって子どもたちの意欲が大きく左右されてしまうので、この部分は特に注意しています。
渡辺:不正解だったとしても「間違えることは怖くない」という研究授業のスタンスをアプリでも踏襲できるよう、「間違えたり失敗することを残念なことだと感じさせないデザイン」を心がけています。むしろ間違えたときこそ「どうしたらうまくいくかな?」と前向きな気持ちになってほしいと思っているからです。
そもそも問題に取り組むこと自体が素晴らしいのですから、間違えていいんです。失敗してももう1回やろうと思えるような、くすっと笑ってしまうような表現を意識しています。
中島:実際に研究事業で試してみて、例えば正解した場合の花丸マークに対して「もっと大きくてきれいな花丸がいい!」と言われるなど、子どもたちはどんな反応をもらえるかをかなり気にしていることに気づきました。でも正解や不正解の表現はあくまで問題と問題とのつなぎであり、大切なのはコンテンツ自体に集中して楽しんでもらうこと。不正解の表現で怖がらせないのはもちろん、正解の表現によって集中力を途切れさせることのないよう、モノを与えたり過剰に褒めるのではなく、「新しい問題に挑戦できること」をご褒美だと感じてもらえるように心がけています。
例えば簡単な問題から始めることで「楽勝じゃん」と気持ちを乗せてあげることからはじまり、正解すると問題を解くためのアイテムがもらえたり、より自由度の高いステージを徐々に解放していったりすることで、「問題を解いていたらいつの間にか集中していた」状態をつくっています。あわせて1日にプレイできる時間や回答できる問題数にも上限を設定しており、それらを通して「また明日もやりたい!」と思ってもらえるように設計しているんです。
──正解と不正解に対する扱い方が、子どもたちのモチベーションを左右するんですね。実際に問題を解く場面にも、何か仕掛けがあるのでしょうか?
中島:各教材に登場するキャラクターに、問題を解くサポート役としての役割を与えています。
例えば、物理実験のコンテンツでは子どもたちは博士という設定で、その助手として「テクロン」というキャラクターが登場します。助手であるテクロンは博士である子どもたちを頼ってくるので、子どもたちは「それなら自分に任せて!」という気持ちになるんです。
思考力を鍛えるワークブックでも、登場する「ハテニャン」というキャラクターが少し頼りなく抜けている部分があるからこそ、子どもたちは「じゃあ僕が解いてあげるよ!」と問題に挑んでくれます。「頼ってくるキャラクター」を、「頑張りたい」という子どもたちの気持ちを引き出す装置として機能させているんです。
子どものためのデザインは、未来をつくることに繋がる
── お二人はワンダーボックスに立ち上げ初期から関わられているそうですね。なぜ子ども向けのプロダクトに関わろうと思ったのでしょうか?
中島:デザインに関わる前から「子どもっていいな」と思っていて、保育士になることも考えたほどです。デザインの楽しさを知ってからは「子どもと関わることのできるデザイン」を求めていたので、ワンダーファイの存在を見つけたときは「ここしかない!」という気持ちでした。今でもその気持ちは変わっていません。
渡辺:制作会社でWebやアプリのデザインに携わってきたのですが、40歳を迎えたあたりで「残りのデザイナー人生をどう過ごそうか」と考えたんです。子ども向けという領域は、未来に対してデザインでアプローチできるところがいいなと思いました。入社してしばらく経ちますが、弊社のミッション「世界中の子どもが本来持っている知的なわくわくを引き出す」は一切ぶれることなく、一貫しているなと感じています。
──数年間このワンダーボックスを手がけられてきて、教育領域におけるデザインの役割や可能性をどのように感じていますか?
中島:やはり教育領域でデザイナーがすべきは、デザインで楽しませるのではなく、問題を解くことや学ぶこと自体の楽しさに気づいてもらえるデザインをすることだと思います。僕たちがつくったものをプレイする中で、難しいことへの挑戦をおもしろい、楽しいと感じてもらえるかどうか。そこにやりがいを感じています。
何よりの成功は、ワンダーボックスを経て世の中に出たときに、子どもたちが今まで興味のなかったものに興味を持てるようになっていることだと思います。僕たちはいろいろな好奇心の「種」をつくるので、そこから何かひとつでも好きだと思えるものを見つけて、育ててもらいたい。「将来必要になることを学んでもらう」のではなく、これから未来をつくる子どもたちが興味を持てるものと出会うきっかけづくりをしていきたいですね。
渡辺:ワンダーボックスをきっかけに子どもたちがいろいろなものに興味を持ち、それが未来に繋がっていく。つまり、僕たちはデザインやコンテンツづくりを通じて未来をつくることに関わっているんだといつも心に留めています。STEAM教育の中にはアートもあるので、ワンダーボックスがきっかけとなってデザイナーを目指す子が現れる、なんてことがあったら嬉しいですね。
取材協力
ワンダーファイ株式会社