「神の手」依存から脱却し、ひとりでも多くの子を救うために。「デジリハ」が変えるリハビリのあり方

子どもたちが障害を乗り越えていくために、デジタルアートとセンサーを組み合わせたリハビリツールを提供する「デジリハ」。デジタルデザインの力を活かし、「夢中で遊んでいたらリハビリになっている」という新しいアプローチを実現しています。世界の全人口の15%が障害を抱えると言われる中、彼らが見据えるリハビリのあり方とはどのようなものなのでしょうか?

仲村佳奈子 | 株式会社デジリハ ゼネラルマネージャー / 理学療法士

理学療法士として大学病院、小児施設やNICUでの勤務の後、JICA海外協力隊にてグアテマラで活動。開発コンサルタントや放課後等デイサービスでの勤務を経て2018年デジリハに参画開始。障害の社会モデルについて学ぶためUniversity of Leeds 障害学コースにて修士課程に留学。2020年より現職。現在はイギリス在住でフルリモート勤務。

楽しみをもたらしながら、「神の手」依存のリハビリを変革する

── まずはじめに、「デジリハ」について教えてください。

仲村:「デジリハ」はデジタルアートとセンサーを活用したリハビリツールで、プラットフォームとしてさまざまなアプリケーション(コンテンツ)を提供しています。

仲村:アプリの例としては、手を上下左右に動かして花火を打ち上げる中で上肢のリハビリが可能な「手のひら花火大会」、わずかな動きの変化を検知するセンサーを用いて、デジタル水鉄砲で待ち行く人にいたずらできる「びしゃびしゃパニック」などがあります。現在は34のアプリが公開されており、利用者がニーズに合わせて選択できる形にしています。

上肢のリハビリが可能な「手のひら花火大会」

── 従来のリハビリの仕組みには、どのような問題があるのでしょうか。

仲村:アート的な側面が強いことと、主観的であることが挙げられます。

「リハビリは医療」だと思っている方が多いと思うのですが、実は医学のように明確な答えがありません。標準化された治療法があれば、誰に対しても等しく処方することができるのですが、実際はストレッチを行うセラピストのスキルやさじ加減に依存しています。業界として標準化を進めてはいるものの、再現性の低さが大きな課題となっています。

また、重度の障害でしゃべることができない子もたくさんいるため、信頼性の高いデータを取ることが難しい現状があります。「握力検査をするからぎゅっと強く握ってね」と言っても、伝わっているかわからないし、本気で握っているかもわからないのです。さらに、リハビリの効果について答え合わせができるのは、お子さまが成長した後、つまり10年後だったりします。正確なデータもないし、すぐに効果を確認することもできないため、そもそもエビデンスを元にした体系的な治療方法の構築が難しく、「大昔に神の手がつくったトレーニング法」がいまだに根強く残っている状況。センサーを通じてデータを取得・蓄積し、これらの課題解決に活かしていくこともデジリハの重要な役割です。

定石や効率を捨て、「ひとりでも多くのお子さまに届ける」信念を貫く

── デジリハのアプリには、どのような特徴があるのでしょうか。

仲村:大きく分けて3つの特徴があります。「ゲーミフィケーションの活用」「多様なセンサーとの連携」、そして「カスタマイズ機能」です。

デジリハは、何よりも子どもたちに楽しんでもらうことが大切です。そのため、遊んでいるうちにその動きがリハビリになっているように、アプリを企画する際はゲーミフィケーションの観点を取り入れています。

センサーについては、それぞれにできることが異なる5種類と連携しています。正直複数のセンサーに対応するのはとても大変なのですが、どんなお子さまでもぴったりのアプリが見つけられるようにしたくて、幅広く対応しています。

デジリハが対応している5種類のセンサー

仲村:ひとつのセンサーに7つほどのアプリが対応している計算ですが、分散する分、開発の効率はもちろん落ちます。でも、どれかに絞ることでデジリハを届けられない子が出てきてしまうのが嫌だったんです。作業効率を犠牲にしてでも、できるだけ多くの子に届けることを目指して、この形を選択しました。

── スタートアップの初期のリソース配分としては、何かに特化するのが主流と言えますが、そうではない形をとっているのですね。

仲村:正直、スタートアップの経営としてベストな判断ではないのかもしれません。それでもこの形をとっているのは、私をはじめ、チームに専門職出身者や当事者に近いメンバーが多いからと言えます。

そもそもデジリハは、とてもパーソナルな理由から生まれたサービスです。もともとNPO法人Ubdobeとして医療や福祉を身近に感じていただくためにイベントを定期開催する中で、デジタルアートを活用した音楽イベントを全力で楽しんでいる子どもたちの姿を見て、何かに役立てられないかと模索していた代表の岡と、「筋ジストロフィー」という疾患を患う娘さんを持つ加藤が中心となって立ち上げました。特に加藤は、リハビリが嫌でしょうがない娘さんの様子を見て辛い思いを抱えていました。幼い子どもにとって、常にリハビリがついてまわる状況は、当然楽しいものではありません。

デジリハ発案の元となった、Ubdobeでのイベントの様子

仲村:私自身も理学療法士ですし、メンバーみんなが障害について知りすぎてしまっているのだと思います。私たちの根底にあるのは「目の前のこの子が困っていることを解決したい」であり、だからこそ「どれかひとつに集中してしまったら、あの子はデジリハを使えない」という子の顔が浮かんできてしまうのです。私たちが何かに特化している間に、楽しみや支えが必要な子が、障害を抱えたまま数年間を棒に振ってしまうなんて見過ごせません。障害について、そして障害を持つ子について、他の人よりずっと深く知っているからこそ諦めがつかないんです。

カスタマイズ機能にも、そういった「ひとりでも多くの子が楽しめるように」という意図があります。障害は非常に個別性が高いので、アプリの数を増やすことも大切ですが、それぞれにぴったり馴染むものをつくるためには個別最適化を計る必要があるのです。

── どのような部分をカスタマイズできるようにしているのでしょうか。

仲村:アプリ内のオブジェクトの大きさや色、背景のオン・オフ、動きの速さ、動きと動きの間の間隔、センサーの感度など、かなり細かく調整できるようにしています。また、同じ障害でも程度によってできることが異なるため、「簡単モード」もつくりました。これにより、今ある力を伸ばすための難易度を担保しつつ、重度の子でも障害の程度に合わせて楽しめるような幅広さを持たせることが可能となっています。

カスタマイズできるようにすることで、幅広くカバーすることができる

── 多数のセンサーへの対応やアプリの種類を揃えることで、幅広い疾患に対応しつつ、カスタマイズ機能によってカバーできる障害の度合いを広げているのですね。

仲村:そうですね。カスタマイズについては、今後やりたいこともいろいろあります。ひとつは「画像の入れ替え」。自分で描いたキャラクターや好きなキャラクターがアプリに登場したら、もっと前のめりになれるはずです。

また「音声の切り替え」も模索しています。実は障害のあるお子さまは、お母さんの声には大きく反応を示すなど、相手によって反応が変わるケースが多いんです。機械的な音声で指示するのではなく、身近な人の声で問いかけることができれば、より楽しく取り組めるのではないかと考えています。

お子さまの反応が一番のヒント。アップデートを重ねて理想に近づけていく

── 障害を抱えたお子さま向けのサービスとして、デザインする上で気を付けていることはありますか。

仲村:先ほどゲーミフィケーションの話をしましたが、「ゲーム性を高くしすぎない」ように気を付けています。知的障害をもったお子さまは、たくさんのルールがあって複雑なものを理解することが難しいため、シンプルなつくりにすることが大切です。「きらきらジュエリー」は手や足を動かすと宝石が降ってくるだけですし、「そらの水族館」は動物や車などにタッチするとそれらが動くだけです。

シンプルなルールで楽しめる「そらの水族館」

仲村:「刺激の量」にも注意しています。気が散らないように画面上の装飾を必要最低限に抑え、お子さまが集中しやすいように工夫しています。「てんかん」を併発している方の割合も多く、以前「ポケットモンスター」のアニメで起きたパカパカ問題のように、強い光の点滅を見ると発作を起こしてしまうことがあるのです。そういった観点でも刺激の度合いには注意しており、安全を確保するために、認証会社によるハーディングチェック(光過敏性発作発症リスク低減を目的とした解析診断)も受けています。

── リハビリとしての有効性は、どのように担保しているのでしょうか。

仲村:リハビリ視点とデザイン視点を担保できるようチームを構成しており、制作の指示出しも開発の担当も、セラピストの資格を有する者が務めています。それぞれの観点で譲れないライン、満たしたい要件をすり合わせられるため、タイムロスなくクオリティを維持して開発することができています。

ただし一発で想定通りにいくことばかりではないので、お子さまの反応を見ながらアップデートしています。

たとえば、もぐら叩きの要領で忍者を触って消すアプリ「忍者でドロン!」の場合。誰でも楽しめるように忍者はゆっくり出現するよう設定していたのですが、蓋を開けてみれば身体が動ける子がかなり遊んでいて、スピード感が合わずにみんなが「忍者の出現待ち」になっていました。そこで、忍者の出現スピードをカスタマイズできるようにして、アプリの意図を損なわずに多様な方に楽しんでもらえるよう調整しました。

リハビリを、どこでも、誰でも、等しく実践できるものに

── 当初の大きな課題であったデータの可視化が進んだことで、デジリハを利用する方に何か変化はありましたか?

仲村:さまざまな変化や発展が生まれています。ひとつは、お子さまの変化を捉えやすくなったこと。デジリハでは、センサーで取得したデータを元に「プレイスコア」を算出し、お客様自身で見れるよう公開しています。お子さまの変化は、近くにいる方ほど気づきにくいもの。それを「先月は10点だったが、今月15点になった」など定量的に見れるようにすることで、ご両親や施設の方のモチベーションアップにつながったり、本人が希望を感じるきっかけになっています。

もうひとつ、スタッフ間の共通認識としても機能しています。ひとりのお子さまを交代で診るとき、これまでは明確に状態を共有できる指標がなかったのですが、「びしゃびしゃパニックを感度8でトライしたら、ちょうど良い反応だった」と具体的な数値で共有できるようになりました。これにより、どのスタッフでも同じように対応できるようになって、コミュニケーションもしやすくなるなど、さまざまなメリットが生まれています。

── アプリ開発の中では、子どもたちと一緒に企画を行っているケースもあるそうですね。

仲村:「デジリハLAB」というプロジェクトで、子どもたちと一緒にワークショップを行っています。どんなアプリがあったらいいか一緒に考え、実際につくってみたり、エンジニアにその場で開発してもらったりしています。最近も、北海道大学の大学病院小児科の方々と一緒に実施しました。「まぜるとわかる」など、デジリハのサイト上でアプリのクレジットに「Planner」として個人名が入っているアプリは、このような形で子どもたちと一緒に企画して生まれたものです。

北海道大学大学院医学研究院で行われた「デジリハLAB@ほくだい」の様子
https://surg1.med.hokudai.ac.jp/topics/20230118/

仲村:やはり、デジリハは子どもたちのためのサービスです。何が楽しいか大人が勝手に決められるものではないし、大人のエゴになってはいけないと思います。当事者である子どもたちを巻き込んで一緒につくらなければいけないし、そのプロセスを通して子どもたち同士がチームになってほしいという想いもあります。彼らを「助けてあげなきゃいけない子」として扱うのではなく、彼ら同士が「一緒にアプリをつくった仲間」としてチームになる手助けをしたい。そういったことを通して次世代の社会に貢献することが、ひいてはアプリの質自体に寄与すると考えています。

──今後、デジリハとしてやっていきたいのはどのようなことでしょうか。

仲村:今行っているカスタマイズの先に、「どんな人でも簡単に自分が必要なアプリをつくれる仕組み」をつくりたいと考えています。ある程度型を用意し、その人のリハビリ状況に合わせて必要なものを直感的に組み合わせることができる、ノーコードツールのようなイメージです。

もうひとつ、センサーで得られるデータを元にリアルタイムにフィードバックを返す仕組みを模索しています。生理的な指標をモニタリングし、心拍数の変動からストレスレベルや興味関心の度合いなどを評価する方法について、専門の先生との共同研究を進めています。

結局本人がカスタマイズできるわけではないので、現状ではそれを調整する人に依存している状態です。でも、自動で適応するシステムを備えたアプリがあれば、セラピストなどがいなくても一人ひとりに最適な環境をつくれるようになるはず。最終的には、最先端のセラピストがいる病院だろうと、医師のいない途上国の村だろうと関係なく、一人ひとりのお子さまにあったリハビリが提供される環境をつくりあげていきたいですね。

取材協力
株式会社デジリハ

Written By

長島 志歩

Specrum Tokyoの編集部員。映画会社や広告代理店、スタートアップを経て2022年よりフリーランス。クリエイターが自らの個性を生かして活躍するための支援を生業とし、幅広くコンテンツづくりやPRなどを行っている。

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