UXデザイナーこそエシカルデザインの旗手たれ。デンマークのデザイン会社Charlie Tangoから学ぶ倫理観ある開発をする方法
日本でも話題にあがることが増えた「エシカルデザイン」。エシカル(ethical)とは、英語で「倫理的」「道徳的」という意味があり、「倫理観を持ってデザインすること」がデザインにおけるエシカルです。UXデザインがサービス開発のプロセスで重要視され、クライアントやユーザーのためのデザインが実現できるようになってきました。しかし一方で、個人情報の取得やユーザーの操作など、倫理的な事柄はグレーなことが多く、ルール化されていないことも多々あります。それぞれが違う基準を持っている状態なので、まだまだこれから考えていかなければならない課題のひとつです。
そんなデザインにおいてのエシカルさに高い意識を持つ国のひとつが、デンマーク。現地の実践者から直接話を聞くべく、Spectrum Tokyo編集部はコペンハーゲンへ向かったのです。今回はデザインプロセスにエシカル視点を積極的に取り入れ、啓蒙しているデンマークのデザイン会社、Charlie TangoでUXデザイナー、そしてマネージャーとしてチームを率いるRasmusさんとLeaさんにデジタルプロダクトにおけるエシカルデザインや、デンマークで実践されているDigital Ethics Compassについて伺ってきました。
Lea Senderovitz Chief Experience Officer / Rasmus Sanko Chief Strategy Officer
デンマークのデザイン会社「Charlie Tango」に所属する25年以上の実務経験を持つデザイナーの二人。ユーザー中心設計に取り組み、デンマークの公共と民間の両方で最先端のデジタルソリューションを開発してきました。ヘルスケア、銀行、不動産、航空などの分野に対応しています。
エシカルデザインの指針「Digital Ethics Compass」とは
── Rasmusさん、Leaさん、こんにちは。今回はどのようにエシカル視点をデザインプロセスに反映できるかを日本のデザイン実践者に伝えたく、お話を伺えればと思っています。Rasmusさんは2022年5月に行われたデンマーク発のデザインイベント「Design Matters Tokyo」でもエシカルデザインに関する登壇をされていましたね。
Rasmus:はい、イベントでは「Digital Ethics Compass」を中心に、デザインと倫理観についてお話ししました。その後、複数の日本のデザイナーから質問をもらいましたよ。なので日本でも注目している人が多いトピックだと感じました。
── Digital Ethics Compassについてご説明いただけますか?
Rasmus:Digital Ethics Compassは、デジタルデザインを行う企業が倫理的な観点で正しく問うことをサポートするツールです。プロダクトやサービスをデザインするときに、エシカルな選択肢の可能性を考えられるように、必要な情報が可視化されまとまっています。デンマークデザインセンターが開発し、誰でも使えるようになっているものです。私たちCharlie Tangoや他のデザインエージェンシーが開発に協力しました。
データ(Data)、自動化(Automation)、行動のデザイン(Behavioral Design)の大きく3つのカテゴリに分けられています。さらに細かく分けられた、より具体的な実例の項目から「ユーザー自らがコントロールできるようになっているか」「間違えた方向に操るようなことをしていないか」「誰にでもサービスがわかるようになっているか」「不平等を生んでいないか」などが確認できます。サービスを作る側の責任や影響を考えられる仕組みですね。
2021年にはイギリスのデザインカウンシルが「Beyond Net Zero: A Systemic Design Approach」というレポートを発表しました。こちらも同様に、社会や環境問題を俯瞰的に見つめ、配慮していくデザインを推進するアプローチです。こういったムーブメントはさらに広がっていて、コンパスはその中心にあると思います。今後デザイナーは自分たちが作るものにさらに責任を持たなければなりません。
── コンパスのポスターがオフィスの各所に貼られているのを見ました。ビジュアライズされているとみんなが意識しやすいのもいいですね。国営であるデンマークデザインセンターが開発し、取り組んでいこうという姿勢は素晴らしいと思います。
デザインにおける倫理について、最近では日本でも関心のある人が多くなってきているように感じています。ただ、エシカルデザインをいまの日本で実行していくことがあまり現実的に考えられない状況です。プロジェクトを開発する際に重視されるのはスケジュールや予算、利益で、倫理的な観点は優先順位が低くなってしまいます。
Rasmus:実はデンマークでも、エシカルデザインを実践するのは簡単ではありません。予算や締め切りに合わせることもビジネスでは大切なことです。だからこそ、倫理観についてのディスカッションを行うにはDigital Ethics Compassなどのツールが必要だと思っています。
Lea:倫理に対する配慮は、デンマーク人が誇りに思っていることのひとつです。そして、クライアントにとってもビジネスの要件がすべてが自社の利益のためだとは思っていませんし、ビジネスゴールにおいても「エシカルであること」が重視されはじめていることに間違いありません。
Rasmus:そしてデザイナーもそこに焦点を当てており、「デザイナーがやらなきゃ、誰がやるんだ?」と思う部分もあります。ビジネスデベロップメントを考えるメンバーがいて、技術的に実装するメンバーもいる。それでは誰が倫理を守るのか、と考えるとUXデザイナー、サービスデザイナーが考慮する役割にいるのが適任なんだと思っています。
── Digital Ethics Compassを実践するにあたって、特に取り組みやすい項目などはあるのでしょうか?
Lea:デンマークで比較的シンプルに感じるのは、データの取り扱いでしょうか。ヨーロッパにはGDPRという個人情報保持の規定があるので、まずはそれに則ってやれば良いだけです。まずはなにが合法か、違法かを知っておかなければなりません。データを集めたり、使ったりすることは必ずしも非倫理的ではないので、最低限ルールに則ってやれれば良いと思います。
── 逆に、難しいことはありますか?
Rasmus:はい、私としては自動化やアルゴリズム関係はユーザーに明かされていない部分が多く、複雑だと考えています。情報を開示する意味や、どこから情報が取得されていて、なにに使われているのか、はっきりしないことが多いですよね。それをうまく扱っていくのは難しいと感じます。使いようによっては、悪いこともできてしまいますから、「これは本当に正しいこと?この手法をもし多くの会社が使ったらめちゃくちゃにならないか?」など、自問自答しながらデザインをしています。
── 確かに、「どこで自分のデータを知ったんだ?」と思うような広告が表示されることはよくあります。クレジットカードなどを含む個人情報を保持しているサービスもあるので、怖いですね。これはサービス提供する側が気をつけていかなければならないことのひとつだと感じます。
また、開発時にUXドリブンを強めすぎた結果、ユーザーを操作するような形になってしまうこともあるのではないでしょうか。
Rasmus:ユーザーを操作しないというのは大前提ではありますが、デザインはある意味すべてがユーザーの行動を操作しているのと同じようなもので、「操作しない」ということは不可能なんです。なので、エシカルな視点を持ってなにをすべきか考えるのも我々の役割です。
デンマークの教育と倫理
── デンマークに来ていろいろな人と話し、それぞれが及ぼす社会的影響に対して関心が高いと思いました。そして他人を信頼し「助け合うことが当たり前」という習慣が根付いているように思います。そういった信頼感を大事にしていることも、倫理の重要度につながっているのではないでしょうか。
Rasmus:うーん、そうですね。私たちデンマーク人のそのような考え方は幼い頃から身についているかもしれません。デンマークの学校は個人個人がどう考えるか、なにを学ぶかをとても重要視しています。公立の学校では子どものころから学び方や遊び方を勉強します。まずは「自ら学ぶこと」「知識を活かすこと」を自分のものにするんです。
Lea:デンマークの場合、幼少期に「ちゃんと質問して理解して、自分の意見を持つこと」が大事だと教えられます。
私の娘は最近高校に入ったのですが、Det Frie(自由高校)に通っています。その学校では、生徒にもさまざまな決定権が委ねられています。たとえば先生の雇用や、学校の移転について。もちろん全ての学校がこういうシステムではないですが、この取り組みはすごくデンマークらしいですね。民主的に、自分たちの責任で物事を決めるんです。
日本はより社会中心の設計になっていると聞きました。たとえば人々がもっと外部の要因からの影響を受けたり、自身が集団の一部であるという自覚が強かったり。 考え方が違って面白いですね。
とにかく集団や組織の中でなにかを変えることは、本当に難しいことです。Digital Ethics Compassはハンズオンツールとして新しい考え方やオペレーション化を生み出すことをサポートできるものなので、議論を始める際にあると便利です。
── デザインに倫理を用いる、という括りで考えるのはざっくりとしすぎているかもしれないですね。Digital Ethics Compassで行われているように、カテゴリ分けしたり、分割したりしたほうが話しやすいのかもしれません。
Rasmus:そういった理由もあって、エシカルデザインを可視化するためにDigital Ethics Compassが生まれたんだと思います。
チームに倫理観を浸透させるには
── 誰か一人に高い倫理観があっても、それを組織に浸透させていくのは骨が折れることだと思いますが、Charlie Tangoではどのようにチームに啓蒙していますか?
Lea:私たちとしてもそれは難しいことでしたね。エシカルデザインとはなにか、どうやって取り組んでいくべきか、たくさんの時間を使ってディスカッションしました。専門家を招いてレクチャーをしていただいたり、特にUXデザインチームでは毎週倫理やサステナビリティについて話すミーティングを行ったりしています。それでようやく強く意識できるようになってきたと思います。
お金や時間が限られる中で、どうやって倫理やサステナビリティを意識しながらデジタルプロダクトを作ればいいのか。こういった課題は、20年前にユーザー中心設計を考え始めたころにもありました。UX自体、その頃はまだ新しい概念で、デザインプロセスに組み込んでいくにはどうすればいいか議論されていましたから。いまでは会社も消費者も、ユーザー中心設計があって当たり前になってきていますよね。ユーザーにとってどんな価値を提供するかを理解して取り組むこと。同じことがデザインにおける倫理観の反映にも起こってくると思います。誰もがもう避けては通れない、関係ないとは言ってられない状況にあると思います。
── これからそういった考え方を浸透させたい場合、どういったことから始めたら良いと思いますか?
Lea:まずはたくさん話すことが必要ですね。世界中の経営者やマネージャーがエシカルについて意識することも大切です。デザイナーたちのような適切なステークホルダーが意識してプロセスに組み込んだり、Design Ethics Compassはこういうときにも使えると思います。
Rasmus:Charlie Tangoではエシカルさの優先順位をとても高くしています。自社の中でも、クライアントワークにおいても。公共のクライアントも多いですが、私たちの倫理観の基準や目指していることに反していないかはすごく意識しています。なので、武器の製造やタバコを生産するクライアントとは仕事をしないです。これらはわかりやすい例ですが、会社によってはもっと判断が難しいこともありますね。
UXドリブンな組織づくり
── Charlie Tangoではデザイナー以外も倫理観に対しての感度が高いのでしょうか?
Lea:弊社では多くのメンバーがエシカルなことに関心を持っているように思いますが、みんなそれぞれ違うレベルの関心度合いにあると思います。デザイナーは常に世界に目を向け、それに応じて手法を開発している一方、技術部門ではソリューションにアクセスしやすくすることに力を注いでいます。そのどちらもエシカルに関係することだと思います。
Rasmus:デンマークでは、基本的にまず最初にUXデザイナーが中心的な役割を担います。徹底的な調査を行い、ユーザーとビジネス要件を理解する。そして方向性を定めて、プロジェクトのフレームワークを引き、そこで倫理的な要件もたくさん含めて考えます。だからといって、他のチームメンバーが倫理的なことに興味がないわけではありません。
Lea:UXドリブン、パーパスドリブンな環境だと思います。
── デザイナーは大切な役割を担っていますね。
Rasmus: そうですね、そしてデザイナーの中にもさまざまな役割を持っているメンバーに分かれています。UXもビジュアルデザインもできるフルスタックデザイナーが活躍する環境もあると聞きますが、Charlie Tangoでは専門領域ごとに役割を分けていて、専門家としての役割を非常に重視しています。これはデザインだけではなく、開発サイドも同様です。
UXデザイナーは人類学や社会学を出身としている方が多く、プロジェクトを俯瞰することが求められます。プロデューサー的な一面もあります。
変化を起こすには、信じて行動すること
── 会社がエシカルであることを主張しすぎると、マーケティングやPRのためだと思われてしまうことはありませんか?
Lea:少しはあるかもしれないですが、エシカルな行いとマーケティングは必ずしも相反することではないと思います。すごく社会の役に立つものでもとても高級で手が出せなかったり、あるいは商売っ気の強いものだったりすることもある思います。でもそれは商業的な課題を解決するためでありますし、良いことではないでしょうか。ビジネスと善行、どちらも同時に存在することは不可能ではありません。
Rasmus:最近だと、パタゴニアの創立者が会社を手放し、多額の資金が地球を守るために配当金として支払われることになりました。これはソーシャルグッドなことをして会社のPRにもつながる、すごくスマートなアクションですよね。いま、みんながやりたいと思っているんじゃないですか。大きな会社も、エシカルなアクションを取ることに意味があると考え始めています。素晴らしいことです。
── パタゴニアの事例は、多くの人に響いたと思います。こういった大きなことを起こさないと、組織や社会のやり方や考え方を変えることは難しいのでしょうか?
Lea:確かに大きな影響はあったと思いますが、組織や社会の働き方を変えることは難しく、ゆっくりとしたプロセスです。前述の通り日本人がデンマーク人よりも、自分たちを大きな集団の一部と見なし、自分勝手に行動することがある意味で平和を乱しているとしたらもっと難しいかもしれません。でもなにかを始めるには、変えることができると信じなければなりません。自ら声を上げ、その主張に責任を持つことに意味があるという信念を持ち、人として、デザイナーとして、また会社としても、一歩一歩を踏み出すことからですね。
Rasmus:もっと日本とデンマークの間でもこういった話をたくさんして、学び合いたいですね。なんなら、デンマークにはたくさんのデザイナーの仕事があるので、ぜひ来てくださいと伝えたいです(笑)。日本には素晴らしいデザイナーが多いので、待っています!
── もちろん、お伝えします。Ramsusさん、Leaさん、ありがとうございました!
関連リンク
Charlie Tango: https://www.charlietango.dk/