マイノリティ視点がイノベーションを生む。インクルーシブデザインの可能性と始め方

多様性が重視される現代社会。「デザインにおける多様性」といえばユニバーサルデザイン、そして近年ではインクルーシブデザインも注目されています

インクルーシブデザインは、多様性の実現に向けたデザイン手法のひとつで、その名の通り、ユーザーを制限せず包括的に使えるものをデザインする方法です。今回はインクルーシブデザインスタジオ「CULUMU」のCDO、川合俊輔さんにインクルーシブデザインの基礎から、どのようにデザインプロセスに取り入れているかを伺いました。

── まず基本的なことから聞きたいのですが、「インクルーシブデザイン」とは改めてなんなのでしょうか?

川合:インクルーシブデザインの意味を一言で説明するのは難しいんですが、弊社の定義では「障害や言語、文化、性別、年齢などマイノリティを含む多様性を考慮したデザインアプローチ」と言っています。 多様な人にやさしいサービスやものづくりへの考え方ですね。従来のデザインプロセスやマーケティングなどでは除外されていたユーザーも含めてデザインをすると、イノベーション創発に繋がるんじゃないかと考えて取り組んでいます。

── 多様性のあるデザインといえば、ユニバーサルデザインが思い浮かぶのですが、どういった違いがあるのでしょうか?

川合:これは私の考え方にはなるんですが、ユニバーサルデザイン、インクルーシブデザインはどちらも「多様な人が使いやすいデザイン、アクセスしやすいデザインを目指す」という点は共通した考えだと思います。

その上でプロセスや考え方は異なると思います。ユニバーサルデザインは、できるだけ多くの人たちが使える製品や建築物をデザインしようという考えです。一方、インクルーシブデザインは「自分たちが作ってる事業やサービスからどういった人が排除されてるのか」を考えることから始めるのが特徴的な取り組み方ですね。高齢者や障害者といった特定の視点を決めて、排除されてる部分を深掘りながら、新しい気づき(インサイト)を得てソリューションや事業を考える。なのでユニバーサルデザインと共通してる部分もありますし目指す方向も近いですが、プロセスが若干異なります。

── できるだけ多くの人が使える前提で作るユニバーサルデザイン、排除される人が減るようにデザインするインクルーシブデザイン、似ていますが確かに違いますね。

川合:インクルーシブデザインでは「排除されている属性の人たちがいること」を前提として考えています。特にデジタルプロダクトではそれが顕著になっており、自分たちが提供しきれてない人たちはどういった人たちだろうと問うことから始めます。ただ、いきなり全ての人が使えることを目指さなくてもいいんじゃないか、とも思っています。

── すでに存在するプロダクトにインクルーシブデザインの考え方を用いて改善していくこともあるのでしょうか?

川合:そういうこともありますね。たとえば、セブン銀行のATMはより多様な人たちが金融サービスを使えるように少しずつ進化していってます。視覚に障害がある方でも音声ガイダンス用のインターフォンとボタン操作をしながらお金を引き出したり、預け入れたり、残高照会ができたりします。また、杖や傘を置ける場所やドリンクホルダーが設置され、ハード面でも使いやすいように進化しているんですよ。外国の方向けに海外送金できる機能もあります。

障害者にとって使いやすいものは、実は高齢者にとっても使いやすいと感じられるものが多いですし、片手で使えるようにすることは子供を抱えながらATMを使う人にも助かる機能です。ATMのような固定されたプロダクトに対しても、どういう人が排除されているかと考えることでまだ進化できることがあります。

── 誰かのために解決しようとしたら、ほかの誰かの課題も解決された、というのはいいですね。

川合:マイクロソフトが「Solve for one, extend to many(1人の課題を解決することで、より多くの人々にとって価値を作る)」という言葉を掲げています。特定のニーズがあることを前提に課題を解決することで、いままで見えていなかった課題に気づくことができ、結果として多くの人が使いやすいものになる。そんなインクルーシブデザインの考え方を取り入れることでより新しいデザインアプローチに繋がるんじゃないかと思います。排除されてる人たちが使えるようにするだけではなくて、そこからよりたくさんの人が価値を享受するプロダクトに発展させていけるのではないかと、ポテンシャルも込みで考えていることが多いですね。デザインスタジオとしてはそんなふうに商品自体の価値が高くなっていくことまで含めて提供していきたいと考えています。

当事者と一緒に作り上げるデザインプロセス

── CULUMUにはどんな案件が依頼されるのでしょうか?

川合:実は普通のデザインスタジオとそんなに変わらないんです。まずは発注いただくものの半分くらいにインクルーシブデザインをプロセスに取り込むことを目指しています。案件としては、インフラに近い事業の仕事が多くあります。排除されていることで、生活ができなくなってしまう方がいるとよくないものです。

あとは社内スタートアップなど新規事業として、いままで事業の対象にしてこなかった人たちやこれから増えていくであろう高齢者の方、障害者の方を含めた企画を考えてみようということもあります。こちらは実験的な試みとして、金融機関やメーカーの方々と少人数でやることが多いです。

── そういったプロジェクトに取り組む際に、一般的なデザインプロセスと違う部分はありますか?

川合:そんなに違いはないと思っていますが、最初に多様性やインクルーシブデザインを理解するためのワークショップを状況を整理をするプロセスとして入れることが多いです。

CULUMUではワークショップのために専用のカードを作りました。さまざまなペルソナがとそれぞれの状況が書かれているカードなんですが、それを使ってまずは「どういう人がどういった状況で排除されているのか」を考える機会を作っています。他にはユーザーリサーチやプロタイピングなど、アプローチ自体は特に大きな違いはないと思います。

InclusivePersonCard(インクルーシブペルソナカード)

高齢者、障害者、外国人など課題を明らかにするためにリードしてくれる方々をリードユーザーとして呼んでいます。そんな方々と一緒にワークショップをして当事者の視点をもたらしてもらうなど、デザインプロセスの中で関わることが多いのは通常と違うアプローチかも知れませんね。

アイディア出しのワークショップをやることもあります。先日は「視覚障害の方でも楽しめる新しい動画サービス」について考えるワークショップを当事者の方とやってみました

参考:「インクルーシブデザインワークショップ 体験会!」 with Collable / Tiktokって誰もが使えるの?

マイノリティの視点は、イノベーションを生み出すチャンス

── 自分のサービスや組織でもインクルーシブデザインを始めたい場合、どういった部分だと取り組みやすいでしょうか?

川合:やりやすいことのひとつは、「自社のサービスや事業から無意識の中で排除してしまっている人がいるか」を考えてみることです。まずチーム内で対象にどんな人たちがいるか整理したりしてみてはいかがでしょうか。その上で「排除されてきた人たち」に対してのアプローチを考えていくとこれまで気づいていなかった大きな課題から、新しい価値提案や議論がうまれると思います。

── 多くの人を排除しないことを目指すことは、それだけ多くの工数がかかってしまうのではないでしょうか?

川合:いきなりすべての人を取り込むのは難しいですし、現実的ではないと思います。「まずはこんな人たちに使えるようにしていこう」と、少しずつ着実に対象の範囲を広げていくのはやりやすいのではないでしょうか。

既存のアプローチにプラスアルファとして対象者を徐々に増やすのは考えやすいかもしれません。たとえば、業務システムの開発だったら利用者のペルソナを考えるときに、「なにかの障害を持った方」も含めてみる。それだけでも大変ではあるんですが、負担が倍にはなるわけではなく、増えても2割くらいのイメージです。無理をして大きな変更をするより、少しずつ変えていくほうが取り組みやすいし、続けやすいと思います。

少しでも普段とは別の視点を取り入れると、まったく新しいアイディアやデザインを生み出すきっかけになることもあるんですよ。なので、副産物が得られる可能性がモチベーションにもなっています。

── 新しい視点を取り入れるという考え方は素敵ですね。サービス開発のプロセスでも取り入れやすいと思います。

川合:マジョリティもマイノリティも一緒に考える感覚でやってますね。切り分けて考えたり、どんどん追加していく必要はないと思います。クライアントには「こういう視点も入れてみましょう」という形で提案することもあります。

気づいていないポテンシャルはまだある

── インクルーシブデザインを実践する中で新しい気づきはありましたか?

川合:日本で作られているものは「日本人向け」の前提になってしまっていることが多いのは、外国人の視点から気づいたことです。ホテルの予約ひとつでもそれぞれの国で手続きや必要なものが違いますよね。日本人だと当たり前になっていることも、海外から来た人だと把握していないこともたくさんあります。そもそもサービスのジャーニー自体が少し違うので、なんの情報をどう伝えるべきか、改めて考え直す必要があることに気づいたり、それが新しい取り組みになったりします。

いままで無意識で気づいてなかった課題に気付けると、より良い品質のものが作れるのではと思いますね。そのわからない側の視点をベースに課題を抽出することで、いままでなんとなく使っていたものもさらに使いやすいプロダクトになるのではないかと思っています。特にデジタル領域はまだまだ発展している途中なので、そういった国内外の事例も増やしていきたいし、我々からも発信もしていきたいですね。

── なにか印象的なインクルーシブデザインの事例はありますか?

川合:わかりやすいものだとナイキが開発したゴーフライイーズというスニーカーがあるんですが、これは手を使わず履ける靴なんです。もともと障害を持つアスリートの意見をもとに開発されたものですが、私の場合、子供を抱っこしながら靴を履くことができて予想以上に便利でした。普段自分では、「抱っこしていると靴が履きにくい」という当たり前のことなのに自覚がなかったんです。なので、「体が不自由な方のために作ってみたら、実は他の多くの人にも価値提供できた」という、わかりやすい事例です。

ハンズフリーで着脱可能なスニーカー、ゴーフライイーズ(引用元:ナイキ ゴー フライイーズ発売

こうやって結果的にイノベーションが生まれるポテンシャルが大きいと思っています。新しいものを作るためにマイノリティーの視点を借りてみてもいいのではないでしょうか。

── インクルーシブデザインという言葉を聞いて、難しいのかな、専門知識が必要なのかなと思っていたのですが、「視点を増やす」「別の視点を借りる」という考え方はシンプルで誰でも取り組めるように思えました。

川合:そうですね、可能性を増やす、という心持ちで取り組めれば、どんどん広がっていくと思います。しかし、まだ私たちも実験や研究開発を常に行っているような状態です。自分たちが正解だと思っているわけではないので、今後もそういった取り組みをしたい人や企業と一緒に新しいことに挑戦していけたら嬉しいですね。定石があるわけではないので、さまざまな答えをいろんな方と見つけていきたいです。

── 川合さん、ありがとうございました!

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CULUMU
ウェブ・インクルーシブデザイン Webのアクセシビリティとインクルージョンを実現するための実践ガイド
川合さんが監修、翻訳を担当された書籍です

Written By

野島 あり紗

Specrum Tokyoの編集部員。マサチューセッツ美術大学を卒業後、ゲーム系制作会社やデザイナー向け人材サービスのスタートアップに従事し、2021年に独立。デザイン界隈のフリーランスとして現在は各種デザイナーの採用、執筆編集などを行う。好きなものはラジオと猫。

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