日本のマンガは英語学習向き? 「Langaku」が見つけたマンガ×英語の可能性
はじめるにも続けるにも、さまざまなハードルがある英語学習。実は『鬼滅の刃』『君に届け』などの人気マンガで英語を学べるアプリがあるのをご存じでしょうか? マンガとの組み合わせがなぜ英語学習に良いのか? 話題の「Langaku」を手がけるMantra(マントラ)社の山中さん、保田さん、Timさんにお話を伺いました。

山中 武 | Mantra株式会社 Langakuプロダクトマネージャー
出版社、ゲーム専門の広告代理店を経て、2019年よりMantraに合流。Langakuではプロダクトマネージャーとして、ユーザーインタビューや、企画などを担当。
保田 和彦 | Mantra株式会社 ソフトウェアエンジニア
ヤフー株式会社でデータ分析基盤の開発・運用を経て、2021年よりMantraに合流。Langakuではエンジニアリングマネージャーとしてチームを束ね、開発をリードしている。
Timothy Lui | Mantra株式会社 プロダクトデザイナー
グラフィックデザイナー、Webアプリのデザインなどを経て、2024年にMantraに合流。Mantra初のインハウスデザイナーとして、LangakuのUXデザインのみならず、社内のあらゆるデザイン業務に携わる。
人気マンガで英語を学べるアプリ「Langaku」
── まずは「Langaku」のサービスについて教えてください。
山中:人気マンガで英語の多読学習を実現するアプリです。英語初心者から上級者まで、誰もが楽しみながら続けられる学習体験を提供しています。
Mantraという会社自体はマンガ翻訳の技術開発からスタートしており、その技術と僕自身の実体験から生まれた「英語学習にマンガを使ったらおもしろいのでは?」というアイディアとを組み合わせて、「Langaku」が生まれました。
プロダクトは一貫して、学習アプリであることを軸としています。僕たちの技術とマンガの力を掛け合わせることで、苦労がつきものの学習プロセスを楽しいものにできたら、自ずと英語が身につくはずだと考えました。そうやってユーザーの人生にポジティブな影響を与えていきたい、というのが僕たちのビジョンです。

Tim:僕はもともとALT(外国語指導助手)として英語を教えていたのですが、日本における英語の学習方法にはいまいちな部分があると感じていたため、Langakuを知って「素晴らしい!」と感じました。海外ではアニメやマンガから日本語を学んでいる方も多く、この方法は成果につながるものだと考えています。
やってみたら意外とイケた、日本語と英語の混在する画面
── マンガの翻訳は、どのように手配しているのでしょうか?
山中:表示される翻訳版はほぼすべて、アメリカの出版社が制作し、実際に海外で販売しているものです。やはり英語学習アプリであるからには、実際に英語圏の方々が楽しんでいる本物の英語に触れられるものであるべきだと考え、英語版をお借りして使用させていただいています。
一方、もともとの翻訳ではすべてが大文字のセリフの表記を小文字が混じる表記に変えたり、コマをタップすることで日本語と英語の表示を切り替えられたり、といった、Langaku独自の機能に関しては、マンガに特化した弊社のAI技術を活用しています。
── ページの中の英語の量を変更できる機能など、とてもユニークですよね。どのコマを日本語に残してどのコマを英語にするなど、どのようにコントロールしているのでしょうか。
山中:「ひかえめ」「そこそこ」「がっつり」「ぜんぶ」の4段階で、英語の量を調整できる機能ですね。実はシンプルで、セリフ量が多いコマが日本語になりやすいような調整になっています。その上で、ページごとに英語の出現量に偏りが出すぎないように、自動的に調整をしていますね。単純に英語の量が多いだけで、ユーザーはストレスを感じやすいので、短いセリフから少しずつ英語に馴染んでいけるように調整しています。

── コマ単位で英語と日本語が混在する画面構成に対して、社内で議論などはあったのでしょうか?
保田:リリース以前のバージョンにはこの機能はなく、表示はすべて英語で、タップしたら日本語に切り替わる仕様でした。でも開いてすぐの画面がすべて英語なので、「しんどいな……」と感じる状態だったんです。その圧をどう解消すべきか検討する中で生まれたのが、このアイディアです。「どうせタップして日本語を見せるんだから、最初から一部は日本語を出してもいいのでは?」という意見があり、実際に試す中で良い感触を得て、実装が決まりました。
ユーザーの動きに垣間見えた、日本の英語学習の歴史的背景とクセ
── 先ほどの「しんどい」「圧がある」など、英語学習者の感覚をどのようにキャッチしているのでしょうか?
山中:週1回程度の継続的なユーザーインタビューと、大きな変更の後に必ず実施するユーザビリティテストなど、定期的にユーザーの声に触れるようにしています。はじめてLangakuを触る方々がどう感じるか、どう操作するかを観察し、すり合わせをして、それを元に新しい機能や改善を決定するようにしています。
── これまでに、どのような気づきがありましたか?
山中:最近気づいたのが、「使いはじめてすぐのユーザーは、すべてのコマをタップしている場合がある」ということです。その理由を探っていく中で分かったのは、あらゆるコマで「この英語は、どういう日本語だったか」を考えて、それをあてるテスト問題のような感覚でタップしているのだということ。ただし翻訳の際に意訳されている部分も多いので、日本語を見たとてその答えとして腑に落ちるとも限らないし、読むのに時間もかかってしまうので、結果的にユーザーにはストレスが溜まってしまっていました。
── そのストレスを解消できる打ち手はあるのでしょうか?
山中:こちらもインタビューの過程でわかったことですが、利用当初はすべてのコマをタップしていたユーザーで、Langakuを使い続けられている方々は、単純にそのやり方を途中でやめていました。多読的な読み方の啓蒙のために、ビューワーを開く度に「読み飛ばした方がいい」「全てを理解しようとしないでいい」など、おすすめの読み方をTipsとして表示するようにしているのですが、それを見て「こういう読み方でいいんだ」と行動を変えた方が多かったですね。ただ、Tipsを読み飛ばす方も多いですし、本人の気づきに任せるだけになってしまいかねないので、今後改善していきたい部分でもあります。
── 個人的な感覚ですが、あまりななめ読みをしなかったり、コマの細部に描かれている描写までくまなく見たりするなど、もともとのマンガの読み方にも遠因があったりするのではないかと感じました。
山中:これまでの英語学習の経験がそうさせている部分もあると思います。というのも、日本の英語教育は、歴史的に英文和訳が重視される傾向があるからです。海外から入ってくる情報を使えるようにするために、英文を和訳しなければいけなかった経緯があり、英語教育もその流れを汲んでいるからだと聞いています。
現在は「コミュニケーションをとること」の重要度が高くなっていますので、「英語を日本語として理解する力」より、「英語を英語のまま理解する力」が必要になっているはずです。そういった傾向を汲んで、カリキュラムも変わっていってるとは思うのですが、少なくとも自分の世代やそれ以前の方は、単語や文法の暗記や、英文を和訳する技術への偏重が強く、英文を見ると「日本語に訳さなくちゃ」と考えてしまう方が多いのかなと考えています。
Tim:一方で「そういったニーズがある」という気づきにもなりました。以前は簡単な辞書しか備えていなかったのですが、ユーザーはもっと細かい単語や文法まで知りたいのだという気づきをふまえ、AIによる辞書機能を追加したりしています。

OSTを活用し、ユーザーインタビューから得た事象を整理する
── ユーザーの声を聞いた上で、それらをどのように機能の改善や新規開発に活かしているのでしょうか?
山中:ユーザーの課題やペイン、ニーズなどが属人的な理解にならないように、「オポチュニティ・ソリューション・ツリー(OST)」というフレームワークを用いて図に落とし込んで共有しています。

山中:樹形図のような形になっていて、上部にビジネス上の目標を記載し、それに対して阻害要因や起きている事象として、ユーザーインタビューから理解したオポチュニティ(ニーズ、ペイン、欲求の総称)を並べています。さらにそれらの原因になっているオポチュニティを下に連なるように記載し、その下に解決するためのソリューション案を連ねて記載しています。
この方法を用いることで、簡単に解決できない大きな課題をブレイクダウンして解決可能なサイズに分解し、ひとつずつ潰していくというアプローチをとっています。
── おもしろい可視化と整理ですね!
山中:ユーザーインタビュー自体は、チームでもかなり経験を積んできている方だと思うのですが、そこから得られた学びをチーム全体に共有して、ソリューションに繋げていくのがなかなか難しいなと感じていたときに、たまたまOSTを知りました。ここ半年〜1年ぐらいで試しはじめ、すこしずつブラッシュアップしながらチームに適応させている段階です。
Tim:OSTはユーザーにフォーカスしやすく、具体的に起きている事象をベースに仮説を立ててソリューションを考えられるので、非常に役立っています。
日本のマンガは言語表現が多彩!?英語になって見えるその特色
── プロダクトづくりをしていく中で、日本のマンガのフォーマットとしての独自性やおもしろさなどで気づいたことはありますか?
山中:日本語という言語があるから、日本のマンガという文化が生まれたのかもしれないと感じています。日本のマンガのフォーマットは、日本語に根付いているものなんだなと。
たとえば、既存の画面構成で単純に英語翻訳すると、誰がしゃべっているか分かりにくくなるという問題があります。日本語でマンガを読んでいるとき、話者が2人いる会話で、吹き出しがふたつあったとして、どちらがどちらのセリフを話しているか、私たちは割と迷わず判断できますよね。
その理由のひとつは、日本語に独特な「役割語」が機能しているからです。役割語とは老人なら「~じゃ」、女性なら「~よね」など、性格や特性を含んでいる言葉のことで、日本語はそういったものを表現しやすい言語と言えます。そのため、絵から話者を推定する情報を省略することができるので、マンガのコマ割りや、フキダシのレイアウトが成立するわけです。
つまりマンガのデザインは日本語に最適化されているはずで、英語のような異なる言語の場合、セリフだけで話者を推定するのはおそらく難しいはずなんです。それは、日本人の英語学習者にも理解を阻むハードルとして立ちはだかってきますので、今後何かしらの機能実装によりカバーできないかと考えています。
── 確かに!はっとする気づきですね。
山中:近年盛り上がっているWebtoon(韓国発祥で、縦にスクロールするWebマンガ)のフォーマットは、そういった部分が非常にクリアになっています。日本語ではない言語圏から発達したフォーマットなので、誰がしゃべっているか明確にわかるように整理されているんだと気づいて、非常に感心したことを覚えています。
あとはマンガだけでなくアニメにも言えることですが、日本の作品はセリフが多いのも特徴です。海外では画や描写で見せようとするのに対して、日本のマンガやアニメでは言葉で説明することが多い。ただしその分、幅広く多様なインプットを得ることができるので、英語学習に用いるには大きなメリットでもあると考えています。
Tim:セリフ以外にも、現状は翻訳版よりも日本語版で読んだ方が「オノマトペ(擬音語と擬態語を総称した言葉)」が多くておもしろいんですよね。
保田:そういえば小説の場合、「オノマトペは消す」傾向があるようです。物を食べているときの「もぐもぐ」など、実際には言葉にならないオノマトペ表現について、マンガなら描き文字で表現しますが、小説の地の文などでは英語だと表現が難しいのだと思います。
山中:こういった言語的な違いは、プロダクト上の表現にも大きく影響してくるので、難しくもあり、おもしろくもある点だなと感じます。そういった言葉や文化の違いを理解した上で、プロダクトづくりに活かしていければと思います。
「学べそう」から「楽しい」へ転換する体験設計
── 冒頭で学習アプリであることを軸としていると伺いましたが、最終的に英語力の向上を実現するためには何が必要なのでしょうか?
山中:実際にLangakuにハマってくれたり、英語力を伸ばしている方は、もう英語の学習だとは思っていません。純粋におもしろいから、続きが気になるから読んでいる。これが多読学習のおもしろい点で、隙間時間をちょっと建設的に使おうとやりはじめたはずが、単純に楽しんでいるだけで何十万語と読んでいることになり、その結果、ある日突然英語力の伸びを実感することになるんです。
これこそが、僕たちが本当に目指すべきところです。入り口では学習意欲だったものが、Langakuを通ることで純粋な楽しみになり、最終的にものすごく英語力が伸びているという体験をつくっていくには、純粋にマンガを読むことを楽しめるプロダクトづくりが重要なんです。
── はじめは「英語を学べている感」を感じてもらいつつ、徐々に「楽しんでいるだけ」に転換していくような体験設計が理想なんですね。そのためには、今どのような課題があるのでしょうか。
山中:これまでの英語学習のクセでたくさん調べすぎてしまったり、一言一句漏らさず読もうとしてしまうことで「わからないことばかりだ」「疲れた」と感じてやめてしまう方がいらっしゃるので、まずはその課題を解決していきたいです。たとえば、通常の翻訳とは別に直訳を表示してみたり、見ているコマの音声を自動的に読み上げるような施策なども、案として検討しています。直訳がわかれば、なぜこのように意訳されているかを理解する助けになるかもしれませんし、単語の発音がわかれば直感的に読み進めやすくなるので、学習の負荷を下げることができるかもしれません。
それとは別に、単語や熟語を習得したいというモチベーションを満たす方向でもサポートを強化できればと考えています。これだけの単語、熟語、慣用表現などが網羅的に学習できるアプリはなかなか他にないので、その強みを強化することで、入り口となる「英語を学べている感」を満たすこともできるのではないかと考えています。
── ありがとうございました。最後に今後の展望を聞かせてください。
山中:今後はより初学者の方や学習につまずいて疲れてしまった方にも、プロダクトの間口を広げていきたいですね。また、学習体験そのものについてユーザーが想像しにくい部分があると思うので、たとえばオンボーディングに学習方法の理解を助けるマンガを導入するなど、改善を図っていく予定です。インパクトのありそうなアイディアはどんどん試して、プロダクトの改善や向上につなげていきたいと思います。
Tim:Langakuは、英語を学びたいと思っている方にとって最高のアプリです。多くの方の人生を変えるポテンシャルを持っていると信じていますし、そのプロダクトづくりには大きなやりがいを感じています。たくさんのユーザーの人生によい影響が与えられるように、より良い体験をデザインしていきたいですね。
保田:技術面では、辞書の精度やカバー率の改善を図っていきたいです。また、第二言語習得論(第二言語を学ぶプロセスやメカニズムに関する研究)についてもこれまで以上に理解を深めて、プロダクトに還元していけたらと考えています。現在Langakuではエンジニアの採用を強化していますので、気になった方はぜひ声をかけていただけたら嬉しいです。
*Mantra株式会社にご興味をお持ちいただいた方は是非 Mantra採用情報 をご覧ください
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