なぜ2,000種類も必要? モリサワが考える人と書体の関係性

2,000種類以上もの書体ラインナップを展開する「Morisawa Fonts」。なぜこれだけの数が必要なのか?どうやって継続的なリリースを実現しているのか?株式会社モリサワの阪本さん、平田さんにお聞きしました。今回は特別に、Spectrum Tokyo Festival 2024で行われたワークショップの内容もちらりとご紹介します。

阪本 圭太郎 | 株式会社モリサワ デザイン部門マネージャー

書体のプロモーションに従事し、スポークスパーソンとして国内外にその魅力を伝える。これまで担当したプロジェクトに、UD書体、Webフォント、国際イベントの制定書体、写研フォント、タイプデザインコンペティションなど。2022年に展開したVaundy x Morisawa Fonts『置き手紙』は国際的な広告賞など多数受賞。現在はデザイン部門マネージャーとして、未来の書体を生み出すチームづくりに邁進。

平田 健人 | 株式会社モリサワ タイプデザイナー

多摩美術大学グラフィックデザイン学科を卒業後、ゲーム会社のUIデザイナーとして勤務。UIだけでなくVIやコンセプトアートなども担当する。その後2022年にタイプデザイナーとして株式会社モリサワに入社。モリサワではカスタムフォント、写研フォントを中心に担当。社内ではタイプデザイナー向けにジェネラルデザインの視座を高めるための活動も行っている。

ヒントを頼りに正解の書体を当てよう! ワークショップ「Detective Type」

Spectrum Tokyo Festival 2024で行われた、株式会社モリサワ(以下、モリサワ)によるワークショップ「Detective Type」。正解となる書体を伏せ、正解を知らない「質問者」が知っている「回答者」に質問をして、ヒントを得ながら当てるというものです。『表現・特徴で見つけるフォントBOOK Morisawa Fonts書体見本帳2024–2025』を手がかりに、果たして2,000種類を超える中から正解を当てることができるのか……!?

そんなワークショップの様子を、まずは皆さんにも体験していただきましょう。質問と回答を読んで、以下の10候補のうち正解はどれか考えてみてください(今回は記事用に、書体の候補を絞っています)。

「これだ!」と思うものは選べましたか?

正解は……「ゴシックMB101」でした!

デザイン上の処理の仕方を問うものから、書体から受ける印象や具体的な使用場面を問うものまで、書体についてさまざまな視点で考えるおもしろさを体感していただけたのではないでしょうか。ぜひ正解を知ったうえで、あらためて質問と回答を見てみてください。

実際のワークショップでは、3グループのうちのひとつが見事正解!なお、モリサワ社内で同様のワークショップを行った際は、見本帳なしで10チーム中5チームが正解したそうです。

Spectrum Tokyo Festival 2024での様子

あらゆる場面や印象を網羅するMorisawa Fontsのラインナップ

「Detective Type」をやってみると、なぜこんなにも書体自体に印象を感じるのか、なぜ似た書体が複数あるのかなど、さまざまな疑問が沸いてきます。ここからはモリサワの平田さんと阪本さんに、その奥深い世界についてお聞きしていきます。

── 書体をつくる際、その印象や使用場面などをどのように設定しているのでしょうか?書体づくりのはじまりの段階で、どのようなことを考えているのかが気になりました。

平田:実際に書体を使われている方々からいただいた要望を起点にすることも、よく見かけるものなどトレンドからヒントを得てつくりはじめることもあります。

前提として、私たちが理想としているのは「どんな場面でも、どんな印象でも、Morisawa Fontsでカバーできる状態」です。そのため、ライブラリーの中で足りないものや欠けているものが何なのかが企画の出発点になることも多いです。

阪本:Morisawa Fontsを使っていれば安心だと思っていただけるために、企画する際にも「どういう書体が求められているか」「Morisawa Fontsに欠けているジャンルをカバーできるか」という視点を持ち、サブスクリプション型のビジネスとしての側面を考慮してラインナップの充実をはかっています。

── 既に2,000を超える書体を展開していますが、まだカバーできていない領域があるものなのでしょうか?

平田:私自身も書体を使う側として、「8割方イメージに合っているが、何かちょっと違うな」と感じる場面は結構あります。癖のない書体は対応できる場面も幅広いですが、意匠の強いものやデザイン書体の場合は、少しでもストライクゾーンから外れていると「もっとこうだったらいいのに」と感じることも多いのではないでしょうか。使用する場面にぴったりハマるものをデザイナーの皆さんが求めるレベルでつくろうとすると、かなりの数が必要になりますし、個人的には「あればあるだけいい」のではないかと思っています。

── 数が多いことが使う側にとってもメリットになる、と。

平田:数が多すぎてわかりにくい側面はあるかもしれません。ただ、もともと私自身が書体を扱うUIデザイナーだったからこそ少し強い言葉で言うと、使う側にも数が多い中から適切に書体を選ぶ目や力が必要であり、それはプロのデザイナーの必須スキルだと考えています。そこに対して私たちタイプデザイナーは、玉石混交ではなく、良い選択肢をどんどん市場に提供していくことを、果たすべき責務として負っているのだと考えています。

イメージ、ルール、拡張。3段階で進行する書体づくりのプロセス

── 実際に書体をつくっていくプロセスや、その中でのポイントを教えてください。

平田:まずは頭の中のイメージをアウトプットします。社内でも方法は人によりけりで、手書きする方も、デジタルツールで行う方もいます。重要なのは、イメージを齟齬なく反映できること。毎回特定の文字からイメージングをはじめる方も、その書体っぽさを感じる文字列からはじめる方もいます。

まずはイメージをアウトプットしていく

平田:イメージがまとまったら、特定の数百文字へと展開します。このとき使用する文字は、数千字、数万字まで拡張していったときにつくれない文字が発生しないように、指標となるものを独自に選出しています。

── どのような文字が含まれているのでしょうか?

阪本:たとえば永遠の「永」。永字八法という言葉があるぐらいで、点やはらいなど書に必要な8つの要素が全て含まれている文字です。あとは、画数が多い文字も入っています。「一」と「鬱」など、画数の大きく異なる文字を同じ四角の枠の中でデザインする必要があるため、早い段階でルールをつくり、複数人で拡張作業を行えるようにしています。こうして作業を効率化することで、毎年の新書体リリースを実現しています。

ロゴではなく書体をつくる。大切なのは統一感

── 書体を構成する要素や、その役割についても教えてください。

平田:書体の全体的な印象を決めるDNAのようなものが、「骨格」と「エレメント」です。骨格は文字の画線の芯にあたる部分で、骨格によってふところ(*)の広さや重心が決まり、与える印象も大きく変わります。

* ふところ…画と画が構成している内側の空間のこと。ふところが広い書体はおおらかな印象、狭い書体はひきしまった印象になる。

骨格

平田:たとえば「UD新ゴ」は骨格が広めで重心が高く見え、枠のぎりぎりまで使うことで、見出しでのインパクトを出しやすくなっています。ユニバーサルデザインを追求した書体なので、いろいろな場面で使っても読み間違えが起きない工夫がされています。一方、「中ゴシックBBB」や「あおとゴシック」といった書体は、文字の枠に対して余白が多く、組んだ時に文字が詰まり過ぎず、長い文章を追いやすくなります。

このように狙いを持ってつくることで、骨格だけでも印象がコントロールできます。

── 「エレメント」についても教えてください。

平田:エレメントは、骨格に対して施されている、一書体に共通した各部のデザインのことです。たとえば、書道のニュアンスを施しているものからは墨の雰囲気が感じ取れるように、その書体が設定している印象や時代感が表出する部分です。

エレメント

── 骨格やエレメントが決まったら、その後はどのような調整をしているのでしょうか?

阪本:文字の大小の調整や潰れ防止の処理などさまざまな調整をしていますが、特に濃度調整については知っていただけると嬉しいです。画数に関わらず、文字全体が同じ濃さに見えるようにパーツを微調整することで、より読みやすい書体に仕上げています。

濃度調整

── クオリティは、どのように判断しているのでしょうか?

阪本:文字はそれ単体で使われるものではなく、言葉を組むために使われるものなので、たくさんの文字が並んでも破綻がないことを追求しています。それこそが書体の品質として感じていただける要素であり、さまざまな文字を組み合わせたときにちぐはぐなものにならないよう心がけています。書体全体での統一感が重要なので、熟語や文章の状態で何度も確認します。

平田:突き詰めると、書体ごとの目的を達成していれば、求める品質を満たしていると言えるのではないかと思います。そのなかでもタイプデザイナーは全体的な統一感に対して鋭い感覚を持ち、どんな文章で文字を組んでも、ある程度その書体としての品質が担保できるかを強く意識しています。

阪本:限られた数文字のためにデザインされるロゴとは違い、書体はあらゆる言葉や文章を書き表すためのものです。開発にあたっては、書体の個性と汎用性が両立できるよう、チームで意見を交わしています。

人は変わり続けるからこそ、そのときどきに合う多様な書体が必要

── つまるところ、何がその書体の印象を決定づけると言えるでしょうか?

平田:説明してきた骨格やエレメントなど、あらゆることが印象に影響しますが、特に和文に関しては、紙面の半分以上を占めると言われるひらがなの印象がとても重要です。既存の書体でも、ひらがなを別の書体に差し替えるとかなり印象が変わるので、私たちもすべてを新たにつくるのではなく、ひらがな部分だけのカスタマイズを提案することもあります。

また書体の印象や受け止められ方はずっと固定ではなく、世の中の流行などによって意図せず変わることがあります。たとえば、ポスターでは柔らかい書体を使っていながらも映画の内容が激しければ、そのポスターや書体から受け取る印象も最初とはガラリと変わると思うんです。寺社で用いられていたデザインにルーツを持つ書体である古印体は、人気漫画の恐ろしい場面で使われたことによって、怖いという印象が定着したのではと言われています。私たちタイプデザイナーは、世の中で書体がどのように使われているかに対して常にアンテナを立て、意識をアップデートしつづけることが必要です。

古印体。たしかに「怖い」と感じる方は多いのではないでしょうか?

阪本:よく「どうしてこんなに多くの書体が必要なのか」と聞かれるのですが、私は「人間は日々変化する生き物だから」だと思っています。人がいいなと思うものは常に変化しますし、長いスパンで見たり、対象となる人の範囲を広げたりすれば、それだけ変化も大きくなります。大昔の文字が当時と同じように使われることがないように、良いと思うものや価値観が変化する中で、いまにフィットしたものを求めるのは人間の性ではないでしょうか。

文字はある程度あるべき姿が決まっているので息は長いですが、やはり時代に合わせて受け入れられるデザインは変わりますし、私たちも新たに生まれてきたアイデアをできるだけ早くお届けしたいのです。

── 最近、昭和や平成時代のプロダクトや表現が再注目されているように、書体に関しても、時代の変化を受けて古いものが再評価されることもありそうですね。

阪本:最近リリースした「写研書体」はまさにその一例ですね。1970年代から2000年代にかけて、プロのつくる印刷物で特に好まれていたのが株式会社写研(以下、写研)の書体です。長らくDTPでは利用できない書体でしたが、根強いファンも多く、共同開発でデジタルフォントとしてリリースしました。

株式会社写研との共同開発により、数年内に合計100フォントに及ぶリリースを予定している
https://www.morisawa.co.jp/about/news/10088

阪本:デジタル化のプロセスでは、写研のデータを再活用したもの(写研クラシックス)のほかに、特に人気の高かった本文向けの書体では「改刻」というアプローチを採用しました。これは、オリジナルを参考にしつつ新たにデザインを起こすという方法で、当時は技術的な制約のあった部分も現代の規格や用途に合わせて調整しています。ファミリー展開、ウエイトごとの調整、オンスクリーンでの見やすさ、Adobe規格への準拠などを考慮することで、当時のデザインに最大限敬意を払いつつ、新しい解釈を入れて現代の環境で使いやすいものを目指しました。

守破離の「守」を知り、もっと自由に書体を使いこなそう

── デザインするときに書体の力を最大限に生かすには、どのような部分に着目すると良いでしょうか?非デザイナーや初心者はどのように書体を選べばよいのか、アドバイスもいただきたいです。

平田:私自身、モリサワ入社前にUIデザイナーとして働いていたときは、自信をもって書体を選べていたわけではありません。今でも、適切な場面で適切な書体を選ぶことは、とても難しいと感じています。

それでも、デザインには好みではなく、シーンや要件にあったものを常に選択しつづけることが求められます。そのためには、使うものがどんなものなのかを知ることが重要です。書体においても、つくり手がどのような狙いをもってその書体をつくっているのかを知ることが、すぐにできる第一歩なのではないでしょうか。

もちろん実際のデザインの現場では、私たちが意図していなかった形で書体が使われ、それがむしろ素晴らしいものになっているケースも多々ありますが、他のデザインと同じで、まずは本来どういうものであるかを知ってこそ、適切な外し方ができるものです。そのためにも、まずはその書体がどういう意図を持ってつくられたものなのか、守破離の「守」として特性を知ることがおすすめです。

阪本:世にリリースした書体は自由に使っていただいて構わないのですが、まずは気に入った書体をひとつ見つけて、使い倒してみるのが良いかもしれません。そうすると、その書体のできることとできないこと、フィットする場面としない場面が見えてくるはずです。ご自身のスタイルに合えば、そのままいろいろな場面でお使いいただけますし、いろいろな書体に触れていけば、案件に応じて使い分けることもできます。

Morisawa Fontsは、さまざまなご要望に応えられるだけのラインナップがあると自負していますし、書体制作の背景や作例の発信も行っています。また、今回のワークショップ「Detective Type」だけではなく、書体や文字組版に関するセミナーなど各種イベントも実施しています。ぜひこういったところで情報収集していただき、その書体を使うご自身なりの理由を見つけていただけたらと思います。

提供
株式会社モリサワ ホームページ https://www.morisawa.co.jp/
モリサワ 文字の手帖 https://www.morisawa.co.jp/culture/
公式note https://note.morisawa.co.jp/

Written By

長島 志歩

Specrum Tokyoの編集部員。映画会社や広告代理店、スタートアップを経て2022年よりフリーランス。クリエイターが自らの個性を生かして活躍するための支援を生業とし、幅広くコンテンツづくりやPRなどを行っている。

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