なぜ「リハビリ」が重要なのか? Rehab Cloudが導く科学的介護への道
65歳以上の高齢者が人口の29%を占め、すでに超高齢化社会を迎えた日本。その一方、介護業界の人手不足や業務負荷の問題には依然解決の目途が立っていません。そんな難題ばかりの業界に挑むのが「Rehab Cloud」を手がけるRehab for JAPAN。業界を取り巻く環境からプロダクトの着眼点、そしてデザインにおける試行錯誤までお聞きしました。
株式会社Rehab for JAPAN | CPO(Chief Product Officer) 若林 一寿
システムコンサル会社を経て、2006年リクルート入社。ホットペッパー、SUUMO、Airレジなどのプロダクトマネジメント・UXデザインに従事し、リードデザイナー、機能ユニット長、執行役員を歴任。2020年8月より当社に参画。執行役員兼CPO。
持続可能な国家の要、健康寿命の延伸を目指すプロダクト
── はじめに「Rehab Cloud」について教えてください。
若林:デイサービス向けに科学的介護を提供するため、「Rehab Cloud リハプラン」「Rehab Cloud デイリー」(以下、プロダクトをまとめてRehab Cloudと表記)などリハビリに付随するさまざまなニーズに応える複数のプロダクトを提供しています。個別機能訓練加算(*1)など加算算定業務を支援するリハビリ計画の自動提案をはじめ、実施記録や請求業務を効率化することができます。
*1 機能訓練指導員を配置して利用者毎に個別機能訓練計画書を作成し、その計画に基づいた訓練を提供することで算定できる加算。介護保険の適用対象として、加算により事業者の売上向上につながる。
若林:デイサービスは介護が必要になった方が最初に通う場所であり、言わば介護の入口です。全国に43,000件以上あり、実はコンビニよりも多く存在しています。利用者は一人で歩くことに不安を感じるような高齢者の方々で、Rehab Cloudは彼らが通う事業所の職員向けのサービスとなります。
特長は、煩雑な書類作成業務を効率化するだけでなく、データやAIを駆使してリハビリを科学的に行うことでケアの質も高め、高齢者を元気にすることを目指している点です。それこそが、私たちが目指すアウトカムだと考えています。
── 介護業界の問題はさまざまな場面で取り沙汰されていますが、実際どういったことが起きているのでしょうか?
若林:日本はすでに超高齢化社会を迎えており、2040年には現在の社会保障制度が持続不可能な状態に陥ると考えられています。その頃には要介護者が1000万人、介護費も24.6兆円を見込んでいるものの、69万人増やさないといけない介護従事者は2022年には6.3万人減少しているなど、非常に苦しい状況に置かれています。
以前は国も預かり先としての事業所を増やすことに注力していましたが、こういった状況を受けて2021年からはデジタル化による生産性向上と自立支援の推進に重きが置かれ、この4月からの3年間ではより一層アウトカム、つまり要介護者の状態の改善へのフォーカスが強まるなど、介護保険制度そのものの方針も大きく変化しています。科学的なリハビリを実施することで健康に過ごせる期間を伸ばし、介護を必要とする高齢者を減らすことが、今後の介護業界にとって重要なポイントなのです。
── リハビリに関しては、どのような点を改善すべきなのでしょうか?
若林:現在デイサービスにはリハビリ専門職の方が2割ほどしかいない状況があります。なおかつリハビリは専門職の方の経験則で成り立っており、属人的になりがちなもの。専門職の方々の脳内にあるものをデータやテクノロジーを使って形式知化し、民主化することで、専門職でない方でも効果的なリハビリを提供できるようにすることが必要なのです。
今までは国の戦略上重要視されていなかったため、このような問題もそのままになっていました。ただし今後は、介護の入口段階で正しいリハビリを広く提供することを通じて、健康寿命を伸ばすことが強く求められています。
たかが計画書、されど計画書。それはビジネスも人も動かす
── Rehab Cloudは実際どのように利用するのでしょうか?個別機能訓練計画書(以下、計画書)の作成工程について教えてください。
若林:計画書の自動提案は、介護保険制度で定められた工程に則って情報を入力いただくところから始まります。生活機能チェックシートで「一人で屋内移動ができるか」などの生活課題を確認して生活自立度の評価を行うほか、興味関心チェックシートで「もう一度一人でできるようになりたいこと」はなにか、本人の希望を確認します。これらを入力して最後に身体機能評価を行うと、ボタンひとつで目標やリハビリメニューなどが提案され、計画書の作成が完了します。
── 計画書はどういった場面で使用するものなのでしょうか?
若林:一人ひとりに合ったリハビリを計画して実施すると、事業者は介護報酬を受け取ることができます。計画書や実施記録はその証跡として国に提示するもの。国の予算を投じている事業だからこそ膨大なルールがあり、その厳しさ故にほんの少しルールを満たさない記載があっただけでも差し戻されてしまい、報酬をもらえない……なんてことも珍しくありません。計画書の作成は、デイサービスがビジネスとして持続していくためにも非常に重要度が高いのです。
── リハビリを受ける利用者にとっても、何かメリットはあるのでしょうか?
若林:Rehab Cloud が提案したメニューに沿ってリハビリを行った方の1年経過後の生活自立度を調査したところ、236%アップという結果となりました。通常は加齢とともに落ちるものなので、非常に良い結果です。早い方であれば、歩けるようになるまで数か月程度とすぐに結果が出たりもする。それは属人的だったものを形式知化し、プロダクトとして目に見えるようにしたことに意味があると考えています。
実はリハビリ専門職がいないデイサービスでは、利用者に「このメニューは何のためにやるのか」をしっかり説明できていないことも多かったんです。Rehab Cloud ではどういった説明をするかも提案していますし、毎月の変化を数値やグラフで示すことができるので、利用者にも意識の変化が生まれています。プロダクトの存在がリハビリに取り組む動機付けとなり、そして成果につながっているのです。
システムに囚われすぎず、現場にフィットするものをつくる
── Rehab Cloudの特徴的な機能について教えてください。
若林:「機能訓練グループ管理機能(以下、グループ管理機能)」ですね。個別機能訓練は一人ひとりにあったリハビリ提供を目的としているため、「みんなで一緒に体操」は対象にできません。ただし、目標やリハビリメニューが似ている人は5人以下ならグループを組んで良いと制度上で認められています。
とはいえ、その日来ている人の中から毎回人力でグループを組むのは本当に大変で……。それをボタンひとつで叶えてくれるのがこの機能です。同じグループの人には、一括で同じ記録をつけることもできます。
── とても心強いですね。制度を理解し、現場の現実にも精通していなければ生まれない発想だと感じたのですが、ドメインに対する理解はどのように深めているのでしょうか?
若林:Rehab for JAPANは社員の20%が介護現場の出身者で、現在も副業でリハビリ専門職として働いている者などもおり、介護のエキスパートとビジネスやデザインを担うメンバーとがお互いに知識を吸収しあいながら開発を行っています。現場のリアルを知っているメンバーが多数いるため、「実際はこういう形で業務が行われているので、これでは使えません」などというやりとりも頻繁にあります。
── 他にも、現場への理解が機能や仕様として昇華されている部分はありますか?
若林:グループ管理機能では、単純に目標とメニューが似ているだけの振り分けでは実務にはフィットしないため、車いすや杖の有無などの日常生活動作の自立度、そして参加者同士の人間的な相性も考慮して、自動でグループを組んだあとに個別に調整をできるようにしています。送迎バスなどでも、通るルートだけでなく乗る人同士の相性に気を使って振り分けているそうで、そういった視点を取り込みました。これらは、デイサービス現場経験もあるプロダクトマネージャーのこだわりもあって実現したものです。
── 複雑な要素をどこまでどう盛り込むのか、プロダクトとしては判断が求められますよね。
若林:システム脳で設計しすぎると、日常生活動作のレベルや人同士の相性もグループ化のロジックに組み込みたくなり、非常に複雑で難解なものになってしまいます。なるべく現場の実務にフィットするものを心がけた結果、自動での振り分け後に調整するという形になりました。
そもそもグループを均等に分けるのも困難でしたし、人情面などを考慮して入れ替えられるようにする必要もある上に、これらをスムーズに実現できるようにしなければ……と、とてもハードルの高い案件でしたが、うまく形にすることができましたし、とても良い評価を頂いています。
真の現場のニーズは、デザイナーの視点の一歩先にある
── リハビリの現場ならではの事情を考慮して、デザインした部分はありますか?
若林:分かりやすいのは「35.」「36.」「37.」というボタンがついた体温入力のテンキー画面でしょうか。
若林:介護の現場では、10人近くの方の体温を測りながら、同時に別の方の血圧も測り、その傍らで体温計を外しちゃった方に再度脇に挟みなおしてもらいつつ、トイレに行こうとした方を引き止め……という高度な接客対応が行われています。そんなめまぐるしい状況の中では、測定結果を記録するのはやっぱり慣れた紙の方が早いんです。
そこで紙に勝てるものをと、極限まで負担を取り除こうと突き詰めた結果がこの入力画面です。通常の体温であれば、基本的に2タップで入力が完了できます。
── 現場からいただく声をもとに、改善を行った例はありますか?
若林:この例でいうと、テンキー左上の利用者名の表示は現場の方々からいただいた声を受けて反映したものです。測定結果を打ち込んでいるその一瞬の間に誰かがトイレに立ってしまい、慌てて介助のために追いかける……なんてことが日常茶飯事のため、誰の情報を入力しようとしていたかがわからなくなってしまうのだとか。我々は「36.」「5」と2タップであることに命をかけていたけれど、2タップさえも遮断されるのが現実なのかと(笑)。とても印象的なフィードバックでした。
おじいちゃんもおばあちゃんも、自分らしく老後を楽しめるように
── 事業者側の導入障壁となっているのは何でしょうか?またそこに対して、どう対応しているのでしょうか?
若林:先日リリースした請求管理システム「Rehab Cloud レセプト」は、まさにその観点から開発したプロダクトです。これまで導入提案をする中でいただく声として多かったのが、「請求管理機能がないと、既存のソフトと二重管理になるから難しい」というもの。それこそが最大の導入障壁だと考え、無理をしてでも請求管理機能を開発するという判断をしました。かなり困難な道のりでしたが、無事リリースできてよかったです。これでRehab Cloudを導入するデイサービスをさらに増やしていきたいです。
── プロダクトも増え、今後のサービス全体のロードマップをどう描いているのでしょうか?
若林:今後はまず、蓄積しているデータの利活用に注力していきます。生活スタイルや自立度、興味関心などに関する高齢者26万人分のデータがありますし、計画書に至っては100万枚分のデータがあるので、何がアウトカムにつながっているのか精度の高い分析ができると考えています。
また見えてきた課題としては、各自治体の独自ルールへの対応があります。デイサービスは必要な介護の度合いによって複数の種類にわかれているのですが、個別機能訓練は厚生労働省が定める中程度の要介護度の方向けのもので、要介護度が低い方向けには各自治体がそれぞれ独自の設定をしているんです。
各自治体の独自ルールは、現状のRehab Cloudの計算ロジックではカバーできていません。プロダクトとしては一定ラインでの統一性は必要ですが、各事業者はそれぞれの自治体のルールに対応していく意向があるため、今後はそこも考慮していかなければと考えています。
── プロダクトを通じて、業界にどのような価値を提供していきたいと考えていますか?
若林:Rehabではインパクトスタートアップとして、中長期で達成したいこととその登り方をロジックモデルとして定義しています。
若林:最終的なゴールは「年を重ねることが楽しみになる社会の創造」です。健康寿命を延伸し、元気なおじいちゃん、おばあちゃんを増やすことに寄与していきたいですね。年齢を重ねても健康であれば、自分らしい生活や趣味を楽しみながら豊かな老後を過ごすことができますから。
加えて今後、介護が必要になっても豊富な選択肢の中から自分にあったサービスが選べる世の中にしていきたいと考えています。私自身も「介護が必要になっても麻雀をしたり、釣りをしたりして過ごしたい」と思うのですが、今の介護ではなかなかそれは実現できません。だからこそ、高齢者の生活のデザインを通して老後の生き方を自分らしく選べる世界をつくっていければと思います。