現場への理解が支えるICT化。保育の課題に挑む「ルクミー」が目指すもの
働きながら子育てをする人たちにとっての社会インフラである保育園・幼稚園等の保育の現場は、「人材不足」が積年の課題です。保育施設向け総合ICTサービスを提供する「ルクミー」は、それらに対してどうアプローチしているのでしょうか?
赤沼 寛明 | 取締役CTO
2015年にユニファ東京オフィスの立ち上げ時に入社。現在は取締役CTOとして、システム開発を担うプロダクトデベロップメント本部全体を統括。また、外国籍エンジニアも積極的に採用し、約10か所に及ぶ国籍のエンジニアのマネジメントも担う。
山口 隆広 | プロダクトデベロップメント本部 プロダクトマネジメント部 部長
子どもの誕生をきっかけに2020年7月ユニファ入社。プロダクト責任者を担いつつ、PdMやQAエンジニアを束ねる部門の部長として人や組織の成長痛と向き合う。HCD-net認定人間中心設計専門家および評議委員。
森田 浩平 | プロダクトデベロップメント本部 デザイン部 部長代理
2018年よりユニファに参画。現在はデザイン部マネージャーとして、プロダクト/プロモーション/コーポレートのデザインを統括。
観察や体験を通じて実感した「大変さ」からプロダクトを着想
── まずはじめに「ルクミー」シリーズについて教えてください。
山口:「ルクミー」は子どもと向き合える豊かな環境を整え、保育の質の確保・向上を支える保育施設向け総合ICTサービスです。「ルクミー連絡帳」「ルクミーおたより」など、子どもが保育施設に来てから家に帰るまでの間に必要なことを一通りカバーできる14のプロダクトを揃えています。これらを通じて園の先生たちの業務負荷軽減につなげ、子どもとより向き合うための時間の創出を目指しています。
── 開発者にとって、保育の現場の課題はなかなかインサイトが得づらいのではと感じます。どのように情報を集めているのでしょうか?
山口:社内には保育士・幼稚園教諭の免許を持つメンバーや、実際に子どもを保育施設に通わせている世代も多く在籍しています。彼らの意見を参考にするのはもちろん、実際に園で働く保育者の方にインタビューを行ったり、保育現場で実務体験をさせていただくこともあります。
そうやって実情を知っていく中で特に印象的だったのは「朝の時間の想像以上の過密さ」です。各園で対応方法は多少異なるかと思いますが、朝は子どもが登園したかを確認し、園児数を見て給食を発注し、年齢別の人数に対して保育者の配置基準を満たしているか確認。必要であればシフトを調整し……と、本当にやらなければならないことが膨大で。僕たちが「2つのブラウザでそれぞれデータを表示すれば対応できるだろう」などと考えていたことも、現場からしてみたらそんなこと言っていられない状況なんです。そういった感覚の違いを掴むことから、さまざまな気づきを得ました。
── 2013年に最初のプロダクト「ルクミーフォト」をリリース後、2017年には「ルクミー午睡チェック(以下、午睡チェック)」を発表されましたね。午睡チェックはルクミーのキラープロダクトとなっていますが、どのような経緯で生まれたのでしょうか?
赤沼:午睡(お昼寝)とは「保育活動中に子どもの睡眠時間を確保すること」で、子どもの身体と頭を休ませるためにおこないます。午睡に着目するという発想は、保育現場にお邪魔して業務の様子を観察したり体験したりする中で生まれました。逆にいえば、保育者の方へのインタビューなどからはこの発想は生まれていませんでした。保育者の方にとって「やって当然」の仕事になっていたため、「大変なことは?」「課題に感じていることは?」と聞いても出てこなかったんです。
でも自分たちで保育者の方の業務を体験してみて「技術を活用すれば解決できる部分がある」と感じました。そうして生まれたのが午睡チェックです。一般的に先生方はお昼寝中の事故を防ぐために、5分に1回子どもたちの体の向きを確認し、手書きで矢印を書いていました。監査にも関わるので、実質的に義務化されている業務です。暗い部屋の中での手書きの作業負荷、子どもたちの命の見守りという心理的な負荷もありました。午睡チェックがダブルチェックとして機能すれば一人で背負うことなく、先生方の精神的な負荷の軽減につながります。そういった効率化以外の観点でも貢献できる部分に、導入する価値を感じていただけたのだと思います。
── プロダクトをデザインする際に気を付けていることはありますか?
森田:これまでのデザイン経験をもとにUIや管理画面の構成をつくっても、現場の保育者の方にまったく馴染まないということが以前は多々ありました。やはり使い慣れているものが180度変わってしまうと、ついてこれなくなってしまうんですよね。
そこで、保育者の方がそれまでに習得して積み重ねてきたものを維持しながら次のステップに進めるよう、デザインとしても意識するようにしたんです。ここで重要だったのはアナログからの置き換えという視点ではなく、他社製品などのデジタルツールに触れはじめていた方が受け入れやすいかどうか。当初の想定とは異なりましたが、現場の声を聞きながら調整していきました。
園の実態に即したICT化実現のため、14のプロダクトをトータルソリューションとして揃える
── 午睡チェックのあと、数年で一気にプロダクトを現在の14個まで増やしましたね。これだけの数のプロダクトをまとめずに分けて展開したのには、どのような理由があったのでしょうか?
山口:園のオペレーションのことを考えると、一部の業務をICT化してもあまり意味がなく、トータルソリューションとして多くの部分をまとめてシステムに置き換える必要がありました。とすると我々も一気にすべてを手分けしてつくる必要があり、なるべく小さな単位に分けたほうが開発しやすかったということですね。園の先生としても、いろいろなものが一つに集約されているとどこから手をつけていいのかわからなくなってしまうため、こうして細かく分かれている方が分かりやすいということもありました。
またもう一つの理由として、園で使われているさまざまなツールにそれぞれ細かな用途の違いや運用のルールがあったことがあります。
たとえば「連絡帳」と「おたより」は、大きなくくりでいえば「園から保護者に連絡がいく」ことに集約されるものです。ただし用途はまったく異なっていて、連絡帳はその日園児がどう過ごしたかを個別に伝えるもの、おたよりは「来月は運動会があります」などというふうに一斉に通知するものとされています。
加えて、送り方にもそれぞれルールがあります。たとえば連絡帳には「〇〇君と喧嘩してけがをしました」など極力ネガティブなことは書かず、その子自身の良さや成長にフォーカスした内容を主に記入しているところが多いようです。これは保護者などが連絡帳を見返したときのことを考えた配慮だそうです。ルクミーでは、ケガをした様子などは写真と共にDMによる個別連絡で対応できるようにしています。
山口:こういったことを鑑みた結果、プロダクトを分けることになりました。決断するまでの間には社内でもかなり議論があったそうですが、今振り返ってみてもこの判断は良かったと思います。プロダクトはある程度の仮説をもとにつくりますが、仮説がずれていたり、異なるニーズが入ってきて機能を増減するケースもあるため、細かく分かれていると改修がしやすいんです。
── かなりの数の画面をデザインする必要があったと思うのですが、なぜ全体の統一感を保ちながらこれだけの数のデザインを実現できたのでしょうか?
森田:実はルクミーというブランドができた段階で、この先多数のプロダクトができても大丈夫なようにブランドロゴをつくってあったんです。アルファベット26文字分のフォントと配色、トーンを決めてあり、あらたにプロダクトを立ち上げるときには「フォト」ならP「体温計」はTなど、これに当てはめる形で運用しています。
森田:さらにこのときに管理画面まであらかたつくっておいたので、一気にプロダクトが増えたときにも、新たにつくったのはベースのフォーマット一つなんですよね。他はほぼすべて統一で使えるようにしてあったので、問題なく対応することができたんです。
実はプロダクトを集約するか分けるかの議論のとき、デザインチームは一つに集約する想定で準備を進めていたんです。それが、各画面をつくり終わった頃に「やっぱり分けるらしいぞ」と(笑)。そこから急いで対応する必要があったので、この26個分のブランドロゴがかなり役に立ちましたね。
── これらのプロダクト開発と平行して、AIやIoT技術を活用した「スマート保育園・幼稚園・こども園」構想を推進されていますね。プロダクトの開発や改善は、やはり長期的なロードマップのもとで進めているのでしょうか?
山口:昔は「3年分のロードマップを引こう」などとよく言っていたのですが、現在はロードマップというほどのものはありません。というのも、保育を取り巻く世の中の状況や規律がここ数年急激に変動していて、見通せたとして半年、それ以上は結局変わってしまうため引こうにも引けなくなってしまったんです。
特に大きく関わるのは法律や補助金などの部分です。ICTに関する補助金の制度も毎年変わっていますし、今年4月にはこども家庭庁が新設されたため、さらに大きく変化していくと考えています。
赤沼:コロナ禍もあり、当初想定していた以上に急速に少子化が進んでしまったことで、政府の中で対応すべき課題としての優先度があがってテコ入れがなされ、それを受けて自治体の動きも活発化しているんですよね。
山口:社内でもこうした動きに関するドキュメントの共有が活発化しており、適宜優先度を入れ替えるなど周囲の状況を踏まえて対応するようにしています。
園の先生と保護者を適切な距離感でつなぐために
── ルクミーは園の先生だけでなく、子どもの保護者も使うサービスですね。プロダクトづくりにおいては両者のあり方をどのように捉えていますか?
山口:そうですね。たとえば連絡帳ひとつにしても、保護者としてはいつでも直せる方がいいかもしれませんが、先生からしたら忙しい中で都度内容が変わってしまうのは避けたいところ。特に保護者側を便利にしすぎて園の先生の負担ばかり増やすことにならないよう、気を付けています。理想と現実を照らし合わせながら、現場が本当に回るのか、園の先生に過剰な負担を与えることになっていないか、そこはサービスとしてもしっかり見極める必要性を感じています。
園にとっては多数の保護者との関係が公平であることも大切です。たとえばルクミーでは写真を撮って園で公開する「ルクミードキュメンテーション」を推奨しているのですが、園としては「園児全員がそれぞれ最低5枚はいい感じに写っているようにする」ということを保護者以上に気にしていたりします。つまり、ある保護者との一対一のコミュニケーションだけでなく全体を見る必要があるわけで、さらに言えば一つの園だけでなくさまざまな園の事情もふまえて判断する必要があります。
社会課題解決のヒントは、「子どものために」を考える気持ちに寄り添うこと
── ルクミーを導入した園からは、どのような反響をもらっていますか?
森田:「コミュニケーションの質が変わった」という声をたくさんお聞きしています。ルクミーでは写真にテキストを添えて残せるようにしているのですが、たとえば給食を全部食べたことを伝えるのに写真だけでなく「ものすごい勢いで食べていました」と添えられるだけでも、そこから「家ではこんなことないのになぜ?」「実は公園でいっぱい遊んだんです」とコミュニケーションが広がりますよね。それは結果的に、先生と保護者が園児の様子を「ストーリーで語る」ことを助けることにもつながります。ルクミーの原点である写真にドキュメンテーションが加わることで、他社とは違うルクミーのブランドができてきたのかなと思います。
森田:これまでのような園の現状を踏まえた機能設計に加え、今後はこういった保育の質の向上のために何ができるのか、業務を効率化して空いた時間に何をしたらいいのかを提案していくことにより一層フォーカスし、プロダクトを通じて伝えていきたいと考えています。むしろ、ルクミーはそのために存在していると言えるかもしれません。
── 業務の効率化はもちろんのこと、その先を豊かにする部分にもルクミーらしい提案を混ぜていく、と。
赤沼:そもそも「家族コミュニケーションをもっと豊かにする」ことを目指すルクミーがなぜ保育ICTなのかというと、核家族化が進む社会では家族だけで家族の幸せを実現するのが難しく、そこには保育施設が果たす役割が大きいと考えているからです。業務を効率化しつつ、ドキュメンテーションなどを活用しながら先生と保護者とが一緒になって子どもの成長をサポートできるカタチをつくることが、引いては社会課題の解決へとつながっていくのではないでしょうか。
山口:効率化だけを考えるなら、「ドキュメントなんてAIですべて自動化すればいい」という考え方もあるかもしれません。でも先生が子どものことを考えながら「今日はこんなことがありました」と記入する行為には、「子どものことを伝えたい」という思いや、子どものことを考える時間という大切なものが含まれていると思うんです。
僕たちは別に「ICT化したい集団」ではないので、「自分の手でやりたい」と大切に思う気持ちをないがしろにしてまでICT化を推し進めるつもりはありません。そういった子どものためを考える時間や気持ちを大切にできるよう、先生方や保護者と会話しながらこれからもプロダクトを磨いていきたいですね。
取材協力
ユニファ株式会社