催眠術師からキャリアチェンジしたデスメタル育ちのデザイナー、宮原功治

人にはそれぞれ思想や世界観があり、その元となるインスピレーションやルーツがある。一見ひとつひとつはランダムな点に見えても、それらは線となっていまの活動のなにかの糧になっているはずだ。だから、さまざまな人がさまざまなデザインをするのだ。

・・・

今回は、イベントオーガナイザーやWebデザイナーなどさまざまな経験を経て、現在株式会社SmartHRのVP of Product Designとして活躍する宮原功治(みやはらおうじ)さんにインタビューしました。

宮原功治
株式会社SmartHR VP of Product Design

Web制作会社、クラウド会計システムの事業会社などを経験し、2019年にSmartHRにジョイン。社内のプロダクトデザイナー組織とアクセシビリティ組織を管掌し、両組織の成長とビジネスインパクト創出を主なミッションとし取り組む。2024年からプロダクトデザイン企画室という直下組織を組成し、主にプロダクトデザイナーへのイネイブリング活動とデザインシステム運用周りの社内サポートを行う。

1. 仕事やものづくりへの哲学、こだわりはなんですか?

自分の仕事が「お金になること」はすごく大切にしています。デザイナーとして働いていると、自身の成果とビジネスインパクトの繋がりを実感しにくい瞬間が多いと感じます。デザイナーという仕事であっても、結局は会社の売上が給料に反映されます。そういった理由からも、デザインとビジネスの関係性を説明できないと、デザインやデザイナーの価値がどんどん下がっていってしまうのではないでしょうか。なので、デザインのアウトプットや組織体制についての説明責任、そして一貫したロジックをもってやることを徹底しています。

また、デザイナーがビジネスに関心を持ちにくくなった背景には、「センス」という言葉で制作意図の説明を放棄してきた過去があります。そのような現実に対しビジネスインパクトと論理で復讐することが、私のデザインへのモチベーションのひとつです。

現職のSmartHRでの密かな目標は、「デザイナーを滅ぼすこと」なんです。当たり前を当たり前に作ることは誰にでもできるので、そこで考えを放棄せず、説明責任まで果たせて初めてデザイナーの専門性が発揮できると思います。デザインは本来、どの職種がやってもいいのです。SmartHRのデザイナーはデザインを専門的にアウトプットする役割として開発チームに参加するのではなく、開発チームの誰もがデザインのアウトプットを出せるように支援しています。デザイナーがいなくても、高品質なインターフェースのアウトプットができる、という状態を目指してます。

2. あなたが仕事をはかどらせるためにやっていることや、愛用しているものがあれば教えてください。

特に意識してやってることはあまりないのですが、結果的にやってよかったのは住宅取得とリフォームです。自分が過去の経験から生活感のある部屋やナチュラル系のインテリアが苦手だったので、その正反対のイメージでデザインしました。私たちは開発をフルリモートで行っているので、住まいは特に重要視しています。

リフォームの際のテーマは、死体安置所です。私も妻も無機質なスタイルのインテリアが好きで、とにかく生活感がないようにしたかったんです。自分が好きなファッションデザイナーのキャロルクリスチャンポエルのインスタレーションも参考にしました。廃工場や廃ビルを使い、ラギットで朽ちたイメージの会場になっているんですが、それを業者さんにお伝えしました。イメージ通りに出来上がり、妻と動物たちと楽しく暮らせています。

また、気に入ってるグッズはオフィスの入館証を入れているリックオウエンスのうさぎ型のミニバッグです。お腹のところにものが入るようになっていて、小さいのでタバコと入館証くらいしか入らないんですが、かわいくて気に入っています。こういった日常にお気に入りのものを取り入れると、少し気分が上がりますね。

3. あなたが影響を受けた人は誰ですか?

まずひとりは、アントン・ラヴェイです。彼はラヴェイ派サタニズム(悪魔主義)を説いた人ですね。

サタニズムと聞くとオカルティックで悪魔を崇拝していそうなイメージがあると思うんですが、ラヴェイ派サタニズムでは悪魔も神もその存在を一切認めていません。当然怪しげな儀式もしないですし、スピリチュアルなことも言いません。

キリスト教の「原罪」の考えに対するアンチテーゼとして、自由に生きることを推奨しています。

キリスト教の「原罪」のコンセプトでは基本的に人は生まれながらにして罪深いので贖罪の生き方をしましょうという考え方なんですが、ラヴェイの考え方はそれとは違い、「人間は自然発生した生き物なので、欲望を認めましょう」という教えです。ただ、みんなが欲望に正直なだけでは社会が崩壊してしまうので、自分の欲望に真摯に向き合ったうえで、なおかつ社会的に認められなくてはならない。社会的に認められるということは、他者の欲望や変態性にもきちんと敬意を払わなくてはならないということです。 欲望に敬意を払い、豊かな暮らしを目指すことは、私にとって指針の一部となっています。

面接でも欲やエゴについて聞くこともあります。自分の欲に向き合っていないと、他者の欲望をないがしろにしてしまうのではないかと思うんです

アントン・サンダー・ラヴェイ
引用:https://satanism.tokyo/

もうひとり影響を受けているのはゴータマ・シッダールタ(ブッダ)です。メンタルに不調があったときに病院の先生にオススメされた本の中に、仏教の本がありました。仏教の話の中にブッダ本人は一切登場しないのですが、「人間の脳を持っている限りは妄想する生き物であり、欲から逃れられません。その妄想によって心を痛めているのです。理性を持って客観視しましょう。」ということを伝えています。たとえば、自分が誰かを傷つけてしまった、と思い悩んだとしても、相手の本心はわからず自分の想像上でしかないわけです。自分が仕事や人間関係で苦しみの中にいたとき、この考え方がとても助けになりました。

仏教徒のお坊さんはその妄想と現実を切り分けるために自然の中で修行を行いますが、自分にとって走ることがそのような行いにつながっているように感じています。悶々と考えてしまうことと、いま現実に起こっていることが別のことなんだと、肉体に対する負荷を通じて気づけるので、体を動かすようにしています。

Wikipedia:釈迦より

4. あなたのデザインや考え方のルーツとなったコンテンツはありますか?

小中学生のころ、レンタルサーバーのジオシティーズに触れてhtmlを書いて遊んでいた経験が、現在の仕事に結びついているのかもしれません。視覚的なものを構造化させることに興味を持ったのがそのころでした。

当時はデスメタルやブラックメタルのレビューサイトを作っていました。そのような音楽もずっと好きで、初めて聴いたのは小学生のころでした。オジー・オズボーンのアルバム『ブリザード・オブ・オズ〜血塗られた英雄伝説』を借りて聴いたのがきっかけでした。教会の中で十字架を持って目を見開いているオズボーンの絵がジャケットになっているんですが、もともと実家が禁欲的な家だったので、それがすごく冒涜的に見えて「かっこいいな」と思ったんです。そこからいろいろなデスメタルバンドの音楽を聴くようになりました。

また、アパレルブランド「Carol Christian Poell(キャロル クリスチャン ポエル)」の作品にもものづくりの面で影響を受けています。これはアルチザンブランドと言われるジャンルで、コマーシャルな活動をせず、見たこともない手法で信じられない工数をかけて服を作るブランドです。商業的な制約からではなく、美学から過酷な縛りを課しながらモノ作りをするブランドで、その中からドス黒い結晶のような新しい物体を生み出す姿に憧れています。数が作れない分、値段は高めに設定されているんですが、それを買うために頑張ろうと思えます。

宮原さん私物

5. 10代の頃に好きだったものやハマっていたことはなんですか?

クラブイベントのオーガナイザーや催眠術師の仕事に熱中していました。当時の接客やプロジェクトマネジメントの経験が、現在のキャリアにつながっていると思います。

催眠術は、相手に暗示をかけるために何段階かに構造化されています。最初にこれを伝えて、次にこれを伝えて……と順を追って暗示をいれていくことによって催眠状態に導きます。催眠術を通じて学んだラポール構築の技術はUXデザインにおけるユーザーインタビューでもほぼ同義のものと扱われていますし、デザインやhtmlの構造化の理解にも役立ちました。

自分がプロデュースしたクラブのイベントで、特に人気があったのは2007年ごろに始まった『DENPA!!!/電刃』です。私とパートナーはブレイクコアやノイズ系の音楽が好きだったので、それをアニメ音楽とサンプリングして暴力的に音を出すイベント、それが電刃でした。イベントは人気になるにつれてどんどん大きくなり、タイアップしたいアニメ系の企業からの話が増えてきた段階でプロジェクトマネジメントが必要になりました。それが自分のプロジェクトマネジメント経験の第一歩でしたね。

当時のイベントの様子

現職でもイベントをやっていて、イベントオーガナイザー時代から考えていた「予定不調和」で面白い体験を作りたいという思いは受け継がれています。採用文脈でのイベントが多いんですが、あまり他社でやらないようなアバンギャルドさを絶対出そうと思っています。

2023年に行われた『デザイナーズメイヘム!』というイベントでは、プロレスをイメージした会場で大人たちが本気で口論し、最後に相撲を取るというユニークなコンセプトでした。サラリーマン同士の口喧嘩ってめったに見られるものではないのでそれだけでも面白いし、トークテーマとしては大真面目なものを取り扱っているので、怖いもの見たさで来た方にも意外と共感することがあると思います。興味本位で来ても持ち帰れるものがちゃんとあるが、予定不調和であることをこれからもやりたいと思っています。

SmartHR主催イベント「デザイナーズメイヘム!」 

6. 最近「いいデザインだな〜」と思ったサービスやWebサイトと、なぜ良いと思ったかを教えてください。

進化を感じていいなと思ったのは、マイナンバーカードのサービスです。すごく良くなっていると思います。

デジタルサービスで一番トラブルが多いのは、IDとパスワードの管理だと思います。自社のサービスでもユーザー様からは頻繁に「ログインできません」といった問い合わせがあります。

行政がやっているサービスは使用するユーザーの範囲が広く、特に苦戦していると思われます。それをNFCによって物理的にセキュリティを担保しログインできるシステムに着地させたのはすごく難しかったと思いますし、実現したチームを尊敬します。

もうひとつ、ずっと好きなのは国税庁の確定申告の書類制作サイトです。上から下まで読めば、必ずできるように設計されているんです。毎年わかりづらい部分はアップデートされており、すごく息の長い運営を続けられていて、同じサービス提供者として見習わなければならないことだと感じています。デジタル庁の取り組みは常に注目をしており、行政の中でも野心的に良いアウトプットに落とし込んでいっているのは素晴らしいことです。

関連リンク

宮原さんが所属する株式会社SmartHR 採用ページ
プロダクトデザイナー
アクセシビリティスペシャリスト

Written By

野島 あり紗

Specrum Tokyoの編集部員。マサチューセッツ美術大学を卒業後、ゲーム系制作会社やデザイナー向け人材サービスのスタートアップに従事し、2021年に独立。デザイン界隈のフリーランスとして現在は各種デザイナーの採用、執筆編集などを行う。好きなものはラジオと猫。

Partners

Thanks for supporting Spectrum Tokyo ❤️

fest partner GMO fest partner note,inc.
fest partner DMM.com LLC fest partner Gaudiy, Inc.
fest partner Cybozu fest partner Bitkey
partners LegalOn Technologies fest partner SmartHR
fest partner Morisawa partners Design Matters

Spectrum Tokyoとの協業、協賛などはお問い合わせまで