息をするようにつくることを楽しみつづけるデザイナー、相樂園香
人にはそれぞれ思想や世界観があり、その元となるインスピレーションやルーツがある。一見ひとつひとつはランダムな点に見えても、それらは線となっていまの活動のなにかの糧になっているはずだ。だから、さまざまな人がさまざまなデザインをするのだ。
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今回は、まるで息をするかのようにつくることを楽しみつづけているデザイナー、相樂園香さんのクリエイティブルーツを探ります。
相樂園香さん | デザイナー
株式会社ロフトワークにてFabCafeのアートディレクション・企画運営に携わったのち、フリーランスを経て2018年に株式会社メルカリに入社。研究開発組織「R4D」を経て、全社のブランディングを担当。2021年からTakram。デザインフェスティバル「Featured Projects」主宰。公私ともにクリエイティブでオープンな場の実現・発展に取り組む。
1. 仕事やものづくりへの哲学、こだわりはなんですか?
Steve Jobsの「Real artists ship.」という言葉を常に意識しています。「本物の芸術家は出荷する」を意味するこの言葉は、Jobsが初代Macintoshを開発中に言っていたとされているもの。私もこの「出す」ということをとても大切にしています。
本来の私は正反対の性格で、細かいことがとにかく気になるタイプです。大学生の頃なんて、文化祭の出し物でつくっていたアクセサリーの検品が厳しすぎるという理由で、友達から「工場長」と呼ばれていたほどで(笑)。
でも、やっぱりつくったものは世に出さないと意味がないじゃないですか。どれだけ改善を重ねていても、世に出ていなければ存在しないことになってしまう。プライベートでアプリをつくっていたときには、世に出さずに改善している間に他の人が先に同じようなものを出してしまい、商標が取れなくて悔しい思いをしたこともありました。そういった経験もあり、shipは私にとって重要なキーワードになっています。
でも、ただ出せばいいわけではもちろんなくて、「どんなものでも最高の状態で出したい」という思いは昔から変わっていません。そもそもものづくりにおいて、細部にこだわるのは当たり前のこと。それは大前提であり、こだわりではないのかなと。自分自身のそういった性格を分かっているからこそ、出荷する、発表する、世に出すことを意識するようにしているとも言えるかもしれません。
出すためにやっているのは、「プロジェクト化すること」と「締切を決めること」。プライベートで友達と一緒に何かつくるような場合も、毎週定例ミーティングを設定して、進捗を発表しあったり、ネクストアクションを決めたりしています。「コミットする空気づくり」はとても大切な部分なので、けっこうシビアにやっていますね。
場がふわっとしそうなときは、相手がイメージを持てるぐらいのものをまずはとにかくつくって、目に見えるようにします。その方がモチベーションもあがりますよね。世に出すのもshipだし、チームメンバーにまずつくって見せるのもship。つくって出す、ものづくりはその繰り返しです。
実際、誰かと一緒にやっているプロジェクトで自分がアウトプットを出さずにいると、その分相手のポートフォリオを白紙にすることになり、次につながるかもしれない機会をなくしてしまうことにもなります。相手がやってくれたことを、自分のせいで無かったことにしてしまうのは避けたいです。
つくったものを世に出してみると、思いもよらない反応をいただいたり、それによって進化させることもできます。出すって、とてもおもしろいことなんです。形があるものを倉庫の中に置きっぱなしにしておくのは、もったいないですからね。
2. あなたが仕事をはかどらせるためにやっていることや、愛用しているものがあれば教えてください。
スクリプトを活用しています。IllustratorやGoogleスプレッドシートなど、ツール上で3回ほど同じ作業をした段階で「絶対に効率化する方法があるはず」と考えてしまいます。よく使っているスクリプトは三階ラボさんのもので、これらを活用してどんどん機械化しています。友達の作業の様子を覗いては、「それ、このスクリプトでできるよ」と布教することもあります(笑)。
スクリプトには、人為的ミスが減らせるという利点もあります。そもそも「同じ作業を何度も人間がやらなくてもいいのでは?」と思っていて。仕組み自体をつくることも好きで、「仕組みをつくれるエンジニアってかっこいいな」というリスペクトの気持ちもあります。
ただ私の場合、仕事は「始めれば進む」もので、はかどらせるためには「仕事を始めること」で十分なんです。椅子に座ればすぐに没頭してずっとやり続けてしまうし、むしろ休む方が苦手かもしれません……。そのため「休むための仕組み」をいろいろと取り入れて、気持ちを盛り上げるのではなく沈静化させることを大切にしています。
その仕組みのうちのひとつが「照明を変えること」です。17時になったら、部屋全体の照明を昼光色から電球色に自動で切り替わるようにしています。もうひとつが「香り」で、リラックスモードに切り替えるために、自分の好きなナチュラル系のお香をたいています。香木にもハマっていて、直接炭にくべて燃やしてたいて、木の香りを楽しんだりもしています。
これらは自分を「生活」に戻すためのものと言えますね。さらに言えば、「朝起きたら朝日を浴びてセロトニンを分泌する」といった原始的なことから、まずはきちんとやるようにしています。そうやって健康に生活することが、仕事をはかどらせるためには一番大切かもしれません。
3. あなたが影響を受けた人は誰ですか?
本当にたくさんの方から影響を受けているので一人に絞れないのですが、「表現の探求」という観点で一人あげるとしたら、オランダのグラフィックデザイナー Karel Martensさんです。彼はずっと「色」や「形」を探求している方なんですが、とにかくずっとPlayfulで。今のようにコンピューターやソフトウェアが発展する前の時代から、制約の中で創意工夫することを楽しみ、豊かで新しい表現を探求し続けてきた方です。
私も色や形というシンプルな題材を探求するのが好きで、自分のスタジオにリソグラフプリンターを持っています。このプリンターは版画のデジタル版のようなもので、1色ずつしか刷れないため、カラーで刷ろうと思ったらCMYKにわけて4回色を重ねる必要があります。
でも、そうやって色や形の組み合わせを無限に探求できるのがいい。Karelさんの素敵なところは、そういった視覚表現の探求をずっと楽しんでいるところです。一見、単なる色や形の集まりに見えるものが、遠くから見たら文字や図形に見えるとか、今日擦ったインクが明日乾いたら何色に見えるか、そこに色を重ねるとどうなるか……そういったことをずっと試し続けているんです。
実は私も、プライベートで「色を採集するアプリ」をつくっています。日常の景色とそこに存在する色を写真から採集して保存しておけるアプリで、私自身が欲しかったもの。位置情報やタイムラインも保存できるので、「この年はどこでどんな色を見ていたのか」の変遷を見ることもできます。
たとえば海外旅行に行くと、空や光の色の違いを感じたりしますよね。ピクセルの中の正しさではなく、そうやって自分の目で見た色を集めておきたいと思ってつくったのがこのアプリです。忙しいと色を採らなくなってしまったり、そもそも景色を見なくなったりしがちですが、そうやって集めた色でできたカラーパレットを元に「次のデザインをつくってみよう」と思えることもある。やっぱり、日々の中で感じる美しさや色、形をずっと楽しめる人は素敵だと思います。そういった「日常にあるものをちゃんと見る」ということについては、Karelさんから多くの影響を受けました。
4. あなたのデザインや考え方のルーツとなったコンテンツはありますか?
ふたつあって、ひとつは幼少期に観ていたNHK Eテレ『つくってあそぼ』。この番組に登場するわくわくさんは、ものづくりを楽しむ師匠のような存在で、彼を真似ていろいろなものをつくっていました。わくわくさんはトイレットペーパーの芯や紙コップなど身近にあるものを使って創作をするのですが、当時家にあるトイレットペーパーを使いすぎて怒られたほどです(笑)。
つくったものは、お母さんやまわりの人にあげることがほとんどでした。サプライズが好きで、つくったものを人にあげて喜んでもらえるのが嬉しかったんです。拾ってきた石に和紙を貼って絵を描いてつくった文鎮を、母は今も使ってくれています。
ただ、喜んではくれるものの、お母さんにはよく「アイディアはいいけどつくりこみが雑」と言われていました。わくわくさんの影響もあり、「つくるのたのしい!」という気持ちを重視してアイディア偏重でつくっていたので、「細部が雑だからもうちょっとこだわろう」という母の言葉はけっこう響きました。それもあって、大学で工場長と呼ばれるまでになったんだと思います(笑)。
そんな厳しい言葉をもらってもつくり続けられたのは、「試してみる」ことを衣食住と同じぐらい自然なことだと感じていたからかもしれません。「寝たい」「食べたい」という欲求と同じ感覚で「試してみたい」があって、むしろ完成形にはそこまで執着心がありません。試してみたいという欲求は、わくわくさんもそうですし、さきほどのKarelさんにも通じる部分だと思います。
もうひとつは、新卒で入社したFabCafeです。入社した当初は「楽しくものづくりをしたい」、「ものをつくる場所をもっとオープンにしたい」とただ純粋に考えていましたが、FabCafeでの経験を経て、「生活に必要なものを自分でつくる」というものづくりの在り方にも関心を持つようになりました。
FabCafeは、株式会社ロフトワークとFablabの出会いによって生まれたカフェです。「Fab」には、「Fabrication(ものづくり)」と「Fabulous(楽しい・愉快な)」のふたつの意味が込められているのですが、このFablabができるきっかけとなったのが、マサチューセッツ工科大学の研究です。そこでは、貧しい地域に工作機器を揃えたオープンな市民ラボを設置したらどのように使われるか、というような実験を行っていました。
その実験の中で、彼らは自分たちの生活に必要なものを自分たちでつくれるようになっていくのですが、それは直せる力であり、生きていく力でもあります。そうやってアイディアを形にする力をみんなが持っているって、とてもヘルシーなこと。FabCafeで得た「ものづくりやテクノロジーの力をどうヘルシーさに活かせるか」という視点は、自分のキャリアや仕事を考える際の軸になりました。
5. 10代の頃に好きだったものやハマっていたことはなんですか?
10代よりもさらに前、小学生の頃からインターネットにハマっていて。「ふみコミュニティ」という巨大掲示板にものづくりをしている人たちのスレッドがあって、そこでオーダーを受けてドット絵を描いたり、バナーをつくったり、デジカメで撮った写真素材を売ったりしていました。
中学生のころは、当時流行っていた「モバスペ」で友人とのホームページをつくったりしていました。売っている素材のページや書き込みのできる掲示板があって、よく日記も書いていたと思います。そんなことをしていたのでクラスの中でも「つくる係」として認識され、隣の中学校の子たちから「つくって」と頼まれることもありました(笑)。
もちろんそれだけインターネットにいると危険なこともあったし、ウイルスを開いてしまって両親に怒られたこともありました。そのときはウイルスがどのようにつくられているのか調べて、撃退する方法を覚えて試してみたり。もともとは家のパソコンを使わせてもらっていたのですが、お年玉の貯金と両親からのサポートでiMacを購入し、自分専用のものになったことでますます没頭していきました。
インターネットの何がおもしろかったのかと言えば、なんでも調べられるし、掲示板に行けばなんでもわかること。それにみんな何時でも起きていて、深夜2時、3時でも書き込んだら何かしら反応があるのは、やっぱりおもしろかったですね。貢献することも好きだったので、新しい情報を持ってきて書き込んだり、依頼されたものをつくったりすることも楽しんでいました。
6. 最近「いいデザインだな〜」と思ったサービスやWebサイトと、なぜ良いと思ったかを教えてください。
今年の3月に開催された「デヴィエーションゲーム展」です。このイベントでは「AIと人間の相互進化のあり方をゲームを通して探求するプロジェクト」をテーマに、展示やワークショップが開催されていました。
内容がとてもおもしろくて、出されたお題に対して、AIに正解がバレないようにしつつ、人間同士は分かるように絵を描く協力型のゲームがあったんです。たとえば「LOVE」というお題の場合、「ハート」を描いたらすぐにAIにバレてしまいますよね。だから、ハグの様子を描いたり、人と人との距離感を描いたりと、みんな工夫しはじめるわけです。使えるインクの量も決まっているので、ある程度簡素な表現で伝えなければいけません。そういったルールづくりもとても上手だったと思います。
その結果からは、他の人がLOVEというお題をどう捉えているのか垣間見ることができるだけでなく、AIがLOVEだと判断するものも集合知として見えてきます。また人間同士でも、他人には当てられないけど、普段からコンテクストを共有している家族なら当てられるというケースもありました。とても個人的な情報はもちろん、それらが蓄積されたビッグデータのような情報も俯瞰することができる。自分はLOVEをどう見ているのか、他の人はどう見ているのか、AIはどう判断するのか。そういったさまざまな概念を知ることができて、とてもおもしろかったです。
加えて、たとえば「パン」というお題の場合、フランスの方はフランスパンを描くけど、他の地域出身の方は食パンを描いたり、クロワッサンを描いたりします。そうすると、「パン」というお題に対してイメージするものが、場所によってどう変わっていくのかをデータとして取ることができます。それをまたAIにも学習させていって、AIと人間とでデータを取り合って、お互いにゲームをつくっていく。「AIに模倣される」だけではなく、「そこからどう逸脱するか」を繰り返しながら、本当の意味での「AIとの競争・共創」を考えるきっかけとなっていて、最高でした。
関連リンク
相樂さん Webサイト:https://sonokasagara.com/