つくっては燃やすのサイクルから生まれたポップなデザインの魔術師、山口靖雄

人にはそれぞれ思想や世界観があり、その元となるインスピレーションやルーツがある。一見ひとつひとつはランダムな点に見えても、それらは線となっていまの活動のなにかの糧になっているはずだ。だから、さまざまな人がさまざまなデザインをするのだ。

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今回は、ほぼ日刊イトイ新聞のデザインを手がけたのち、現在は独立してさまざまな領域でディレクションからデザイン、撮影なども手がける山口靖雄さんのクリエイティブルーツに迫ります。

山口靖雄さん
MountainDonuts 代表社員

大阪芸術大学卒。広告製作会社、オリエンタルランドスポット契約デザイナー、VICTOR ENTERTAINMENTを経て2004年より、株式会社 ほぼ日(旧:株式会社 東京糸井重里事務所)に「ほぼ日刊イトイ新聞」デザイナーとして入社。糸井さんの仕事のデザインも同時に担当。その後独立。2022年にMountainDonuts LLC設立。アイデアとユーモアをもって、ワクワクすることを作り出す会社を目指してます。

1. 仕事やものづくりへの哲学、こだわりはなんですか?

「わかりやすいものであること」を大切にしています。自分では「ポップ」と呼んでいるのですが、「パッとみた時にみんなが何を言ってるのかわかる」ということを意味しています。言い換えると「ぱっと見たときに、言いたいことの要点を汲み取ったと錯覚するように見せられるデザイン」とも言えるかもしれません。

また、これは社内的というか仕事上でのメンバーとの話になるのですが、デザインのラフや考えのアウトプットを出したときに、見る人に気づきをもたらせるものだとさらに良いなと思っています。「だったら、こうしたらどう?」だったり「ここと組んだらさらにおもしろいことができそう」と、デザインが起点となって、さらなるアイデアが誘発されるようなものが出せたときは「やった!」と思います。そのために重要なのはアイディアをどれだけ練り込めるかだと思いますし、デザインだけでなく実は、そこにある言葉も結構重要だと考えています。

以前とある会社さんから、社内向けに新規プロジェクトの概念を示すコンセプトアートの制作依頼をいただいたときのことです。オーダーはコンセプトアートだったのですが、「いろんな角度から接してくれる方々へ届くものとしては、1枚のアートでは少し足りない。もう少し説明することがあるなぁ」と思い、「なぜこのプロジェクトをやるのか」からはじまり今後の世界展開の構想に至るまでをビジュアルに落とし込み、プロジェクトへの参画を促すコピーで締めるLPを制作してみました。それによって社内で、そのLPを起点にそれぞれの意見が活性化し、プロジェクトのベクトルの大きさと方向を再確認することができました。個々のモチベーションが湧きあがれば、自ずとプロジェクトはいい方向に向かいますよね。そこから「こういうこともできない?」と新しいアイディアもどんどん出てきました。これこそ、自分にとって「やった!」と思える瞬間です。自分がつくっていたのは、映画におけるコンセプトアートに近いかもしれませんね。

円谷プロダクションの海外の子会社のHPデザインなども担当 https://tf-mpe.com/

自分の仕事としては、綺麗に形にする「デザイン」という仕事が半分で、後り半分は、よりアイディアを出してもらうためにみんなの思考を形にして大枠をつくる、みたいなことが得意なのかなと思っています。だからこそ、ぱっと見たときにわかりやすい、つまりポップであることが大切ですし、それをもって「もっとできる!」と言わせたいのです。そういうコミュニケーションがある現場から生まれたものは、世に出たときに熱量が伝わるものになるはずです。

そのために気をつけているのは、嘘をつかないことです。自分が思ってもいないことは書かない(ビジュアルにしない)し、なんとなくで書いた言葉や案を通そうとしてつくったビジュアルは、やはりどこかで気づかれるものです。その世界観の中に本当に存在すると思えるものだけをつくることが、大切なのだと思います。

以前働いていたほぼ日刊イトイ新聞(以下、ほぼ日)でも、取材には必ずデザイナーが写真撮影のために同行していました。記事の中の言葉を言っていないときの写真を使わないようにするためです。そうしないと、みんな「それっぽいポーズ」の写真になってしまうし(笑)、何より文章内の感情と異なる写真になってしまいます。「ほぼ日の編集者って、現場の息遣いを正確に伝えつつ、さらに魅力的な文章にしてくれる人たちだな」と尊敬してるので、あるべきでないところの1枚でそのコンテンツがなんか嘘ついちゃってるものになってしまう力を持っている写真においても、しっかりと整合性を取ることを大切にしていました。

2. あなたが仕事をはかどらせるためにやっていることや、愛用しているものがあれば教えてください。

愛用しているのは、SONYのα7 IVというカメラです。以前は別の機種と2台持ちをしていましたが、そちらが壊れてしまったことをきっかけに、映像メインの同僚に「バックアップとして同じものをもう1台買うべき」と言われ、α7 IVを2台持ちするようになりました。(自分は別のカメラが欲しかったんですが、バックアップとは同じものである、と。)

SONYのカメラはほぼマシンなので、写真を撮る、動画を撮る、という以外の「マシンを使いこなす」という楽しみがあるので、そこも含めて楽しいです。

愛用のSONY α7 IV。左がマウンテン号、右がドーナッツ号。

もうひとつ、基本的にはディスプレイをはじめとしたデバイスをすべてAppleで統一しています。理由は、色で迷わなくてすむからです。どれが本当の色なのかを考えるとき、ディスプレイによって少しずつ見え方が異なるのが難点ですが、日本人が一番見るディスプレイはiPhoneです。であれば、Appleで揃えておけば半数はカバーできるはず。以前はハイスペックのディスプレイを使っていたのですが、隣で作業している人のモニタと色が違いすぎてどう調整すべきか悩んでいたんです。WEBだと特に、みんなと同じに見えるということが大事なので、ディスプレイを揃えることで色については悩まないことにしました。

3. あなたが影響を受けた人は誰ですか?

やはり糸井重里さんですね。感覚的であり、論理的でもあり、何より優しい方です。

出会いのきっかけは、友人ふたりから「ほぼ日がデザイナーの募集をしてるから絶対に応募したほうがいい」とすすめられて興味を持ったことです。選考を通過したのち、最終面接で糸井さんから「うちの社員が君と働きたいって言ってるみたいだからよろしくね」と言われたことを覚えています(笑)。この言い方がまず独特ですよね。

入社後は思いつくままいろいろなものをつくりました。「無茶だけどおもしろい」を優先させてつくったものをみんながおもしろがってくれて、とにかく嬉しかったですね。糸井さんはそういった「おもしろがりながらものづくりができる環境をつくること」に対して、本当に寛容で、「おもしろい!」とちゃんと反応をくれるんですよ。そういう社風なので、社員も同じテンションでした。

あとはクリエイティブに関してとても真摯で。「クリエイティブがイニシアティブをとる」ということをずっと言っていて、はじめは意味がわからなかったんですが、今では「クリエイティブがイニシアティブをとる」と自分も思っています。

社内の印象的なエピソードとして、社内にお菓子テーブルという、いつもお菓子が置いてあって常にいろいろな人が集まっているテーブルがあります。そこにデザインの試作品も置いておくことができて、そうすると「ふーん」という反応しか得られないものと、「これ可愛いね!」「これいくらで売るの?」と話が膨らむものとにはっきりと分かれるんです。そうやって社内で素の反応を見ることが、結局どんなマーケティングよりも早くて正確です。その「嘘をつかない環境づくり」がとても大切で、ほぼ日はそこに意識的に取り組んでいる会社でした。

会社内での対談やイベントの時に大工仕事をしていたものもコンテンツに。https://www.1101.com/Yamaguchi_komuten/index.html
こちらは会議室を配信用のライブ会場にしているときの写真

ちなみに糸井さんに言われてもっとも心に残っている言葉は、「人って役割で生きていないからね」というものです。本来なら「今日何食べようかな」とか「あれが楽しかったな」とかで生きているのに、社会に出た途端に急に役割に縛られてしまうということは、そこには矛盾があるはずだよね、と。「役割だからこうしなければいけない、なんて思わなくていい」とおっしゃられていたのは、社長という立場を考えるととても大胆な言葉だったと思います。今は会社も大きくなっているので、同じことを言われるかはわかりませんけどね(笑)。

「会社」っていうちょっと気張ってる場所で、そういうことを言ってもらえると心にきますよね。あと、わからないときは心の中の「わからない」というフォルダに入れておくとも言っていて。自分の心の中で言語化されていないものが、言葉になるとこんなに楽になるんだな、と思いました。

糸井さんは社員とおしゃべりするみたいにずっとそうしつづけているんです。アイディアもユーモアもあって、本当に「すごいなぁ」と思える方です。

ちなみに、ほぼ日では自分が担当するコンテンツが必ず毎日数本ありました。当時の1日のユーザー数が100万〜120万。SNSがまだ発達していない中で、毎日たくさんの感想メールをいただいていました。そんな中、わかりづらいものや意図が隠れていてわからないもの、デザインだけをよく見てもらおうとつくったものって、アクセス数や感想メールで如実に見えるんですよ。実直で、わかりやすく、何より「コンテンツがいちばんの主役」なんだということが改めてわかり、その結果として自分の中で「ポップ」という言葉に繋がっているんだと思います。

4. あなたのデザインや考え方のルーツとなったコンテンツはありますか?

ふたつあり、ひとつは岩井俊二さんの作品です。大学生の頃に、TSUTAYAでアルバイトをしながらさまざまな作品を借りて観ていたのですが、バイト仲間で「どの作品が好きか」という話になって作品名をあげたら、それがすべて岩井監督の作品だったんです。監督名で意識していたわけではありませんが、『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』や『undo』『PiCNiC』『Love Letter』など、かっこよくて、ちょっと不思議で、いつも見ている景色が全く違って見えるような作品ばかりで、「あんな世界観の作品、観たことない」と感じていました。

ちなみに写真を撮りはじめたのも、これらの作品との出会いがきっかけです。TSUTAYAでアルバイトをしているとたくさんのポスターを目にするので、自分でつくってみたくなってしまって。友だちにモデルになってもらって写真を撮り、それを素材にしてコピーを入れてみたりして、オリジナルのポスターをつくっては楽しんでいました。

大学を出た頃に制作したオリジナルポスター

もうひとつは、ディズニーです。映像と光を使ったショーが好きで、特にディズニーランドのライブショーが大好きなんです。過去にオリエンタルランドさんの仕事に関わらせていただいたこともあります。

パレードのフロート(山車)

ディズニーの仕事は、働いている人が一番おもしろいのではないかと思います。「今日は楽しむぞ」と思って来る人たちを迎える仕事なので、スタッフ側もその思いに答えたい、喜ばせたいという気持ちになるんです。もちろん労働基準や安全基準などにもシビアに向き合っていると思いますが、制作している人たちがまずディズニーを愛してる。「これ可愛いよね!」といったやりとりが飛び交っている環境でもありました。やはり、人を喜ばせたいという思いで取り組む仕事は素晴らしいものです。それはウェブでも同じで、何事も楽しくやりたいですよね。

5. 10代の頃に好きだったものやハマっていたことはなんですか?

DIYですね。中学生の頃まで、自宅の裏庭にある木材でさまざまなものをつくって遊んでいました。

工作を好きになったきっかけは、子どもの頃に見ていたNHKの『できるかな』です。家のテレビで見ながら、紹介されるものを片っ端から真似てつくっていました。

つくることのおもしろさは、「こんなことできるかな」と想像し実際にできあがっていくことではないでしょうか。もちろん想像と違うものになる場合もありますが、つなげていって、どんどん大きくなっていって、世界観ができあがっていくのがおもしろいですよね。

工作以外にもブロックやプラレールが好きで、プラレールを立体交差させるために、ブロックを使って足りないパーツをつくって支えたりしていました。両親は僕がつくったものを「ふーん」と見ている感じで、そう褒めもしないし、邪魔もしないんですが、「ここを支えるためにこうやってつくっているんだね」と構造の工夫をちょこちょこ見てきて、そういうところを見てくるのって、あんまりないんだなと大きくなってから思いました。

愛用していた「diablock」https://www.kawada-toys.com/brand/diablock/

ブロックで育ったこともあってか、「デザインはブロックだなぁ」と思います。すべては技術の積み重ねと組み合わせなので、急にポンとはできない。土台に技術があって、経験があって、その上に新しいものが乗っていくものです。新しいブロックを手に入れたら、他のものとつなげることもできますしね。ブロックの「種類」をたくさん持っていることと、ブロックの「物量」を持っていることが、すごく大事だなと思います。

ちなみに……DIYでつくった木製のものは(ブロックではないです)、完成後は壊して家にあった焼却炉で燃やしていました(笑)。壊して燃やすのが好きで、できあがったら「もういいかな」「これを燃やしたらどうなる?」と(笑)。いや、たき火って楽しいですよねぇ。自分の中では筋のある遊びなんですが、この話をする度に引かれます。

ものを燃やす話ではないですが、デジタルのものづくりでも同じで、スクラップアンドビルドは楽しいなと感じています。たとえばロゴなど毎年変えてもいいのではないかと思っていますし、かかるコストさえ問わないのであれば、そしてお客さんから見て違和感がないのであれば、そのときどきの状況に応じて変えてもいいと思っています。僕の会社のロゴはドーナッツ型なんですが、新しく社員が入ったら、上にかかっているチョコのデザインを変えていいことにしています(笑)。

もっと言えば、複数案がある場合、ひとつに絞らなくてもいいと思っています。自分自身も乗ってくるとラフ案をたくさん出すタイプで、メインビジュアルも複数あっていいのではないかとさえ思っています。ほぼ日でもレギュレーションを持たずに毎回ゼロからページをデザインしており、とてもおもしろかったですね。

やはり昔から変わらず、ひとつのものに固定されることが苦手なのだと思います。もちろん、既存のものを大切にしている人たちがつくりあげてきた文化も素晴らしいもので、自分としては苦手なこと。どちらの考え方もあるとうれしいなと思います。

6. 最近「いいデザインだな〜」と思ったサービスやWebサイトと、なぜ良いと思ったかを教えてください。

先日自社のホームページをつくり変えるにあたって「STUDIO」を使用したのですが、とても良かったです。ブラウザ上であそこまで表現できて、バグなどもなく挙動もしっかりしていますし、使い方もとてもわかりやすかったです。それまで使っていた別のツールから乗り換えたのですが、久々にホームページを見た方は、変わったことにも気づかないのではないかと思います。表示もとても早くなり、レスポンシブの挙動も良くなりました。

STUDIOでつくられているマウンテンドーナッツ社のホームページ https://mountaindonuts.jp/

僕はAdobe XDを使うことが多く、Figmaの挙動の所作に慣れていないのですが、STUDIOはこの二つを足したような印象がとても好みでした。それぞれのソフトには考え方があると思うんですが、まだ自分の中ではXDの方が好みで。「早くもっとFigma勉強しろよ」というだけなのかもしれませんが。やればやったで「Figma最高!」ってなるんだろうなぁ。新しいブロックのパーツ集め、がんばります。

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2025年1月に開催される、古巣、ほぼ日さんの「生活のたのしみ展」の会場デザインを担当しています。「おもしろいことって、いっくらでもある。」というコンセプトのもと、楽しくて素敵なお店が集まります。自分は、WEBや会場の構成や楽しさひっくるめたデザインを担当しています。年明けの開催となりますが。お時間あればぜひお越しください。


「生活のたのしみ展 2025」公式サイト

前回の「生活のたのしみ展」の様子

関連リンク

山口さんが代表を務める マウンテンドーナッツ合同会社 ホームページ
https://mountaindonuts.jp/

Written By

長島 志歩

Specrum Tokyoの編集部員。映画会社や広告代理店、スタートアップを経て2022年よりフリーランス。クリエイターが自らの個性を生かして活躍するための支援を生業とし、幅広くコンテンツづくりやPRなどを行っている。

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