こだわりを持たないにこだわる、知的アスリート UXデザイナー 安藤幸央

人にはそれぞれ思想や世界観があり、その元となるインスピレーションやルーツがある。一見ひとつひとつはランダムな点に見えても、それらは線となっていまの活動のなにかの糧になっているはずだ。だから、さまざまな人がさまざまなデザインをするのだ。

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今回は、UXデザイナーやデザインスプリントマスターとして活躍しつつ、Spectrum Tokyoのコラムでもたくさんの記事を執筆してくれている安藤幸央さんのクリエイティブルーツに迫ります。

安藤幸央さん

株式会社エクサ 共創ビジネスデザイン部 クリエイティブサービスデザイナー

北海道生まれ。エンジニアとしてキャリアをスタートし、現在はUXデザイナー、UXライター、デザインスプリントマスターとしてデザインを通じて企業のビジネスやサービスをサポート。 Webから始まり情報家電、スマートフォンアプリ、VRシステム、巨大立体視ドームシアター、 デジタルサイネージ、メディアアートまで、多岐にわたった仕事を手がける。立教大学、昭和女子大学などで非常勤講師を務める。好きなものは映画とSF小説。本に埋もれて暮らしている。
http://www.andoh.org/

1. 仕事やものづくりへの哲学、こだわりはなんですか?

若いころはいろいろなものにこだわっていた気がするのですが、ある時「こだわることをやめよう」と思ったんです。

その大きなきっかけになったのは、世界的なフォントデザイナーの小林章さんのセミナーでした。誰かが「お気に入りの文具を教えてください」と質問したのですが、小林さんは悩んだ末に「なにもないです」と答えたんです。そのとき、これはまさに「弘法筆を選ばず」だと思いました。

卓越した能力を持った人は道具にこだわらなくても、すごいアウトプットや作品が作れるといった言葉ですが、小林さんはどんな状況でどんなことをするかわからないから、 そもそも道具にはこだわっていない、書けるなら鉛筆でもなんでもいいんです、などと言っていたのがすごく印象的でした。

エンジニアやデザイナーだと、コンピューターやキーボードなど道具にこだわる人が多く、それはそれでリスペクトするんですが、自分自身は逆にそこにこだわらないようにしています。どんなキーボードでもマウスでも、すぐ自分の体の延長として使いこなせるように、癖がつかないように、特定の道具でしか仕事ができない状態にならないように意識しています。なので、こだわらないということがこだわりなのかもしれないですね

小林章 – Shorai™ Sans 

それと、情報発信をすることにはそれなりの哲学があります。情報がほしいというのはみんな欲求として持っていると思いますが、本当にいい情報や信頼できる情報が集まってくるのは情報を発信している人なんだと思います。自ら情報発信することで、「この人はこういう情報に詳しい人で、こんな情報を求めているんだ」と周りに伝わります。その結果、いろんな情報が発信者に集まってくるんです。なので、自ら発信し続けることは心がけていますね。インプットとアウトプットのバランスをよくしないと、インプットだけでも自分のためにならず、中身のないアウトプットをするだけなのも意味がないので。アウトプットすればするほど自分が求める情報が集まると思っています。

安藤さんが運営するデザインスプリントのWebメディア「Design Sprint Newsletter

2. あなたが仕事をはかどらせるためにやっていることや、愛用しているものがあれば教えてください。

効率よく働くために、体調管理には気を付けています。

とある会社でデザインスプリントのワークショップをやったときに、若い社員の方に「安藤さんって知的アスリートですね」と言われたことがありました。最初はよくわからなかったんですが、自分の頭をフル回転させるための体の使い方、体力回復に効率性を求めるところなどがアスリートっぽいのだと思います。

ある程度年を取ると体力も知力もすぐに限界が来てしまうようになるので、疲れる前に休むようにしています。疲れてから休むと、回復するのに時間がかかるんですよ。疲れる前に休めると、パフォーマンスが高いまま頭を使い続けることができるので、それを意識しています。睡眠時間をしっかり取る、炭水化物が多い食事は取らない、基本的なことですがそういった体調管理はアスリートのように気にしているほうだと思います。年を取ったなりのパフォーマンスの出し方を試行錯誤しています。

逆に20代のころはとにかくたくさん働いてましたし、そういう時期があってもいいと思っています。そのタイミングで自分のスキルや人的資本がすごく溜まったように思います。人生にはあふれるほどに仕事がやってくる時期があるんです。そのときに、遊ぶことをとるか仕事をとるか。選べるんですが、めちゃめちゃ頑張って仕事をすると、経験の貯金や人的ネットワークが圧倒的にできるんです。それがあれば、その後の人生がとても楽になる。私にはその数年があったおかげで、人の資本やスキルの資本がチャージできて、いまでもそのときの貯金が効いているなと思うときがたびたびあります。仕事での信頼のネットワークは一生役立ちますね。

30代くらいから多くの人にパートナーや家族ができたり、別の責任の要因が増えてすべてのリソースを仕事に捧げることができなくなる。そうなる前にいっぱい働く時期があってもいいんじゃないでしょうか。

3. あなたが影響を受けた人は誰ですか?

実はあまり思いつかないんですが、「巨人の肩に乗る」という言葉があり、先人たちが積み重ねた肩の上に僕らがちょこんと乗ってることで、すごく高みに到達することができているとは常々思います。デザインもですし、仕事の仕方、コンピューターやIT、デジタルのことなどすべてがいままでのさまざまな人が積み重ねて来たもので、そのすごく大きなものに自分たちが乗って高い成果を出しているんじゃないかと思っています。なので、先人たちにはすごく感謝しています。

あと、こういった質問でこう答える人はほとんどいないとは思うのですが、過去の彼女(ガールフレンド)たちにはすごく影響を受けたと思います。実はみんなそうなんじゃないですかね……?

付き合ってくれた女性にあらゆる影響を受けて、学んだり、教えてもらったり、自分が変わるきっかけになったんじゃないかと思います。当時の彼女たちの好きなものを教えてもらったり、よくない立ち振る舞いにはガツンと言ってくれたり、そういうことにすごく感謝してます。若いころに付き合ってくれたパートナーから受けた影響は絶大なるものがあるんじゃないか、それでしか自分は変わってないんじゃないかとさえ思います。

もちろん、妻にも多大なる影響を受けています。最後の最後に自分をすごく変えてくれた人で、いまでも変えられて、影響を受けています。

4. あなたのデザインや考え方のルーツとなったコンテンツはありますか?

レゴブロックは自分のルーツになっているもののひとつです。子供のころ、3〜4歳ごろには親が色々なおもちゃを買ってくれていたんですが、5歳くらいからはレゴだけがおもちゃとして与えられていました。キャラクターがついたおもちゃとは無縁で、レゴと道具と材料で作ることばかりしていました。いまのレゴは説明書があるキットが多いですが、当時私が持っていたのはバケツにレゴだけが入っているものでした。限られた部品から想像力を働かせて作って、作ったものを壊して、また工夫して同じようなものを作って……その繰り返しで三次元の構造が理解できるようになり、限られたリソースをいかに活用していいものを作るか考えることがレゴで培われたと感じています。

いまは娘がレゴで遊んでいます。自分が1970年代に楽しんでいたブロックを実家から送ってもらったのですが、現代のレゴともカチっとハマるんですよね。50年のときを超えてなお新鮮に遊べる、すごいものです。レゴにはすべてのものづくりの要素が詰まっている気がしています。

レゴブロックは1963年以降変わらぬデザイン
令和キッズもレゴを楽しむ

また、ピアノも自分のルーツになっています。子どものころはあまり好きではなかったのですが、ピアノを習わされていて。当時のピアノの練習はひたすら指を動かすことを繰り返し行う、楽しさとはかけ離れた練習でした。しかし繰り返していると両手が使えるようになってきて、ちゃんと弾けるようになりました。その後ピアノはやめてしまったのですが、当時の訓練によって右脳と左脳を同じくらい使えるようになったのかなと思っています。

ピアノを通じて、鍛錬をすることで達成できることがあると身にしみて理解することもできました。誰でも鍵盤を叩けば音は出せるのですが、うまく弾くには鍛錬が必要で、なにも練習しないで最初から弾ける人はいないんですよ。弾けるようになるまでの練習量は人それぞれではありますが、やり抜くことで身につけられることは、いろいろなジャンルであるはずです。つまらない練習を繰り返すことによって乗り越えられることがある、自分の身体の延長として楽器が使えるようになるんだという気持ちになれたのはすごく良かったです。

5. 10代の頃に好きだったものやハマっていたことはなんですか?

10代後半のころにはコンピューターにハマっていました。まだネットが普及し始める前の時代ですが、コンピューターに夢中になって仕組みを探ったり、プログラムをたくさん作って楽しんでいました。そういったことが自分の将来のしごとになるんだろうな、とも薄々感じていましたね。

その他には音楽にもハマっていて、バンド活動も楽しくやっていました。パートはキーボードで。人間の音楽の好みは10代後半くらいのものが一生続いていくらしいので、そのころたくさんの音楽を聴いていたのはよかったですね。生活に潤いが出てくるし、大変なことや嬉しいことがあったら必ず音楽がついてくる。

左:Breath from the Season / Tokyo Ensemble Lab
何組かのバンド仲間と大編成で練習した思い出の曲
右:スターな男 / ユニコーン
ユニコーンのコピーバンドをやっていたときに、特別企画でいつもはキーボード担当の自分がボーカルも担当したという忘れられない思い出の曲

6. 最近「いいデザインだな〜」と思ったサービスやWebサイトと、なぜ良いと思ったかを教えてください。

やっぱり、ChatGPTの登場はいいデザインというのを飛び越えて、これからの私たちの生活や仕事、すべてを変える大きなうねりがやってきた感じがしましたね。どんな仕事でも影響を受けるので、本当にすごい変化を起こすものだと思います。うまく使いこなして、うまく共存しながらさまざまなことができるといいのではと思っています。自分の場合は、壁打ち相手やアイデア出し、自分が知らないことについて素早く調べるときに便利に使っています。

あとは、観光地で乗った人力車はすばらしかったです。それまで一度も乗ったことがなかったのですが、ものすごくうまく設計されたサービスに仕上がっていて、払った金額以上に満足感のある体験をしました。見るべき観光スポットに素早く道を縫うように連れていってくれて、一番写真映えするスポットで、乗客のスマホで適切な画角や向きを合わせて写真を撮ってくれるんです。その写真の撮り方がまた絶妙で、ササッとフィルターをかけたり、拡大縮小を調整したり、本当に上手なんです。レトロな街並みの前では、白黒に設定して雰囲気のある写真をパシャっと。すごくいい思い出になりました。

また、解説や質問への回答も流れるようにスムーズで、落語のように何回も練習しているのかと思います。どうすれば喜んでもらえるのか、幾度もユーザーテストを繰り返し最適化してたどり着いたことなのでしょう。すべてに淀みがなく、ひっかかりがなく、不快なポイントがまったくなくて、私も同乗した娘もとにかく楽しい数十分間となりました。最後に割引券をくれて、それもまたリピートや紹介したくなるような仕組みですよね。彼らは見方によっては、とても優秀なUXデザイナーなんだろうと思います。

構図も目線もバッチリ
レトロ風に撮ってくれた1枚

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Spectrum Tokyo 安藤さんのコラムシリーズ「日常にあるデザイン」

Written By

野島 あり紗

Specrum Tokyoの編集部員。マサチューセッツ美術大学を卒業後、ゲーム系制作会社やデザイナー向け人材サービスのスタートアップに従事し、2021年に独立。デザイン界隈のフリーランスとして現在は各種デザイナーの採用、執筆編集などを行う。好きなものはラジオと猫。

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