「追い出す」ではなく「寝かせる」。クリエイター同士をつなぐ作業通話のやさしいデザイン

「作業通話」は、主に漫画やイラスト、小説などを作るクリエイターたちが通話アプリで話しながら作業をすることとして生まれた文化です。クリエイターの間ではすでに広く認知されている文化ですが、コロナ禍で新たな可能性を見せているという話を耳にしました。今回は作業通話に特化したサービス「mocri(もくり)」のデザイナー、日野文恵さんにその文化や発展、サービスを作る際の試行錯誤についてお聞きしました。

※ 2024年4月更新mocriは2024年3月末にサービス終了いたしました

日野 文恵
株式会社ミクシィ デザイナー Portfolio / Twitter

デザイナー、イラストレーター。美術大学卒業後、2016年に新卒で株式会社ミクシィに入社し、当時のグループ会社が行っていたフォトブックサービスやマッチングアプリサービスにUI/UXデザイナーとして携わる。現在、新規事業「mocri」グループに所属し、総合的なデザインを制作。

「みんなでやればはかどる」から定着した作業通話という文化

── まず、作業通話とはどういったもので、どのように発展してきたのでしょうか?

日野:作業通話は、2010年前後にデジタルクリエイター界隈で聞かれるようになった言葉です。絵を描く工程は線画を起こしたり、色を塗ったり、時間がかかる孤独な作業が多く、ひとりでやっていると終わりがないように思えるんですが、友達と会話しながらだと気も晴れるしその間にも作業は進むのですごく効率が良くなると感じます。その体験をしたクリエイターたちから根付いていった文化なのではないでしょうか。

当時一番普及していた通話ツールが、無料で使用できるスカイプだったので、作業スカイプ=さぎょイプという言葉がよく使われるようになりました。

現在は作業の種類も広がっていて、ゲームをしながら通話したり、家事をしながら通話したりすることも作業通話のひとつになっているようです。また、学生の方は集中するために友人と通話をつなぎながら同じ時間に勉強をすることが流行っていると聞きます。インターネットの発達により、通話をしながら別のことをする文化はジャンルを越えて広がっています。

また、コロナ禍になってから物理的に集まることができなくなり、誰かと一緒に作業している感覚になる「作業通話」という文化がさらに発展していると感じます。

── 日野さんたちが開発している作業通話ツール「mocri」はどのようなサービスなのでしょうか?

日野:mocri(もくり)は、音声で通話する機能に加え、チャットや作業時間を区切るタイマーなど作業通話ならではの機能がいろいろ備わったツールです。イラストや漫画を作る方、小説を書く方を中心に、たくさんのクリエイターの皆さんにご利用いただいています。

mocriは2018年に生まれたサービスなのですが、当初のPO(プロダクトオーナー)が「乗り気じゃないことでも人と一緒にやれば楽しくなったり、達成できたりする。そういう世界を作りたい」と考えていました。それを実現するにはどういう手段があるのかを調べていく中で、クリエイター界隈で「さぎょイプ」の文化があることを知ったんです。その考え方は「ひとりでは辛いことでも仲間とやれば楽しい」というPOがイメージする世界観に近かったんです。そこで、作業通話を軸に作ることになり、mocriが生まれました。私は立ち上げからデザイナーとして携わっています。

よりよい「作業通話」のための4つの工夫

1. 通話に対する心理的ハードルを極力下げる

── 通話サービスはたくさんありますが、mocriはどういった部分で作業通話に特化しているんですか?

日野:身近な通話サービスはたくさんあると思いますが、どれもあらかじめ相手の予定と自分の予定を合わせることが必要になりますよね。mocriの場合、相手と予定を合わせなくても良いのが他の通話サービスとは違うところです。

ユーザーインタビューをしたときに、通話できるまでの工程で時間がかかってしまうという課題が発見されました。通話を始めるには、「いまからかけてもいい?」とメッセージを送り、相手の返事を待ち、確認がとれたら呼び出して、相手が応答するのを待つ……という一連の工程が発生します。

mocriはそういったステップを踏まずに通話が始められるんです。通話はmocri上の「部屋(フリースペース)」の中で行われるのですが、自分が部屋を作って相手を待ち、相手が入ってきたらすぐに話し始められるようになっています。お互いの都合にピッタリ合わせなくても始められるところが界隈に刺さったのかと思います。

自分のスペースを作って友達の入室を待つ仕組み 引用元:mocriサポート

また、深夜に「いまから通話したいけど、迷惑かもしれない」と気を使ってしまって結局話せない、という課題もありました。そういう場合でも、部屋に入室すると通知が飛ぶので、わざわざアポを取らなくてもタイミングが良ければ通話することができます。誘う必要がないので、心理的なハードルが低くなるんです。ユーザーはそこをうまく使ってくれています。

── 確かに、ちょうど同じ時間に話したい人がいればラッキー、と思うことはよくあります。相手を待ってオープンに話せる場というのは数年前に流行ったClubhouseにも近いのかなと思いました。

日野:近いところもありますが、コミュニティが違うように感じます。mocriのユーザーは絵を描いたりゲームをしたりしながら通話をしている方が多いですが、Clubhouseはもっとラジオのように有名人が喋っていて、それを他の人が聴いていることが多い印象です。

Clubhouseが登場したときは、音声通話という同じジャンルのサービスなので競合になりうるかと思いましたが、作業通話とはまた違う性質のあるサービスです。

2. ターゲットに合わせた世界観をつくる

── クリエイターにはコミュニティを大切にしている方が多いと思うのですが、そういったコミュニティに対して開発側で気にかけていることはありますか?

日野:mocriの初期のメインターゲットは漫画を描くなどの創作活動をする人だったので、親しみを持ってもらうために「もくちゃん」という犬のキャラクターを作りました。絵を描く方々なので、キャラクターがいると皆さん興味を持ってもらえるんじゃないかと思い、リリース当初から犬のもくちゃんがいる世界観を作っています。

マーケティングの軸でも、告知にはバナーや画像ではなく、あえて漫画の表現を選びました。漫画にすることによって、同じように漫画や絵を描く人に向けたサービスということがより伝わりやすくなるんじゃないかと思い、コミュニケーションの工夫をしました。その結果、多くの人に知ってもらえたのかなと感じています。

日野さん作のアプリ紹介漫画

3. 作業と通話のメリハリを演出する

── サービスの機能で作業通話に特化した部分はあるんですか?

日野:通話だけでなく、作業をするためのツールでもあるので作業をはかどらせるための機能もあります。25分集中して、5分休憩を挟む、生産性を上げるための時間管理術「ポモドーロ・テクニック」が実践できるタイマーがついています。その機能を「集中モード」と名付けました。

── だらだら話すだけではなく、集中して作業をするための機能があるんですね。

日野:初期からある機能です。告知をするときにも「こういう機能があって、作業通話に特化しています」と伝えていました。

最近だと、SNSで勉強用アカウントの方がmocriのIDを載せているのを見かけるようになったので、勉強に集中するためにも使われているみたいです。コロナ禍でもインターネットを使えばお互い家にいても一緒に勉強できている感覚になれるので、頑張れそうですよね。

4. ユーザーの趣向に併せてカスタマイズ可能にする

── 逆にこれは失敗だったな、という機能はありますか?

日野:あります……!

すでに会話が始まっているところに入ってくる人が、自分があとから入って大丈夫か、会話を遮ってしまわないか心配で入室をためらってしまう、という課題がユーザーリサーチからわかったんです。それを解決するために、「入室前の1分間だけ会話を聞くことができる機能」をリリースしました。

それが、賛否両論の嵐でした。「この機能すっごく欲しかったです!」「この機能、すぐに消してください!」と両極端な強い意見が同時にたくさん上がりました。友達しか聞けないのがわかっていても誰が聞いているかわからないのが嫌だ、聞かれてる間は会話に気を使うなどのネガティブな意見、逆にこの機能を使うことによって部屋にいる人たちが誘いやすくなったというポジティブな意見、本当に半々でしたね。

── たしかに、どちらの意見も理解できます。どのように対応されたのでしょうか?

日野:結果としては、オン/オフの設定を各自でできるように変更して、落ち着きました。

事前にユーザーインタビューやユーザーテストをしっかり行っていたのにも関わらずこうなってしまったので、改めてUXデザインは難しいなと思いました。開発時は、「自分が会話に入って邪魔をしてしまわないか」という不安を持った人をメインにユーザーインタビューをしていたので、そうでない人の意見を反映できていなかったんです。反対派の意見も冷静になればイメージできたのでは、ユーザー理解が足りなかったんじゃないかと反省し、忘れられない出来事のひとつです。

ユーザーを「寝かせる」やさしさ

── mocriが予想外な使われ方をされていることはありますか?

日野:最近は創作活動をされる方以外にも広がっています。特に私たちが驚いたのは、家事や子育てをしながら通話をする主婦の方々が増えていることです。Twitterで感想を探したときに、主婦の方がmocriを紹介してくれたんです。それで家事をしながら通話できるので主婦におすすめ、と書いてあって。ああこういう使い方する人たちが居るんだ、と認識しました。たしかに、家事こそひとりで黙々とやるのはしんどいこともあると思うので、会話しながらだとはかどりそうですよね。孤立しやすい層でもあるので、ママさん同士でお互い励まし合いながら、家事も通話しながら行いたいというニーズもあると感じています。

他にも、アンケートで寝落ち通話で使っていると答える方が増えてきました。お互いが寝落ちするまで通話し続けるもので、そういう方々に使っていただけるのは想定していなかったですね。寝落ちを目的としていなくても、作業通話をしながら気づいたら寝てしまう人はいるみたいなので、mocriでは「寝かせる」という機能を追加しました

── 「寝かせる」とは?

日野:通話中の人が寝落ちしちゃったな、と気づいたら対象者を部屋から出してあげる機能です。友達が寝落ちすると、自分が退室しても部屋だけが残り続けてしまうんですが、ブロックすることもできないし、起きないし、向こうのいびきを聞くのも申し訳ない……と対応方法に悩む人が多いことが判明したので、解決のために作りました。

寝かせる機能を使って部屋から出させると、出て行ったユーザーにはポップアップで「おやすみでしたのでそっと寝かされました」と表示されます。「寝かせる」というワードもユーザーに刺さったようで、リリース後すごく反響がありました。

意味としては同じでも「追い出し」や「追放」だとネガティブになってしまうので、より優しい「寝かせる」になりました。言葉選びにはチーム全体でいつも気をつけています。寝かされたユーザーには、もくちゃんが寝てるイラストを表示させて、少しでも傷つかないようにデザイン面でも工夫しています。

── 最後に、mocriの今後の展望を教えてください。

日野:作業通話という文化がもっと広まって欲しい、流行って欲しい、そしてmocriも広まって欲しいと思っています。創作界隈には広まってきている実感があるんですが、もっと自由にいろいろな使い方をしてみて欲しいですね。

たとえば、通話しながら筋トレを何分何セットみたいにやってる人もいます。そんな風にもっともっと「mocriではこういうことができるよ」と使い道が増えたらうれしいです。

また、「人と一緒になにかをするとはかどる、ひとりでできなかったことができるようになる」ということを多くの人に感じて欲しいです。

取材協力
mocri(もくり)

日野さんTwitter:https://twitter.com/pinopo_

Written By

野島 あり紗

Specrum Tokyoの編集部員。マサチューセッツ美術大学を卒業後、ゲーム系制作会社やデザイナー向け人材サービスのスタートアップに従事し、2021年に独立。デザイン界隈のフリーランスとして現在は各種デザイナーの採用、執筆編集などを行う。好きなものはラジオと猫。

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