伝統への敬意と、敢えてのタブー。デジタルのUXデザイナーによる伝統技能や文化の新解釈

多くの場合、アナログなものはアナログ領域のデザイナー、デジタルなものはデジタル領域のデザイナーと、領域を分けてデザインに取り組みます。ですが近年デザインの捉え方も広がり、体験のためのデザインが登場したことにより、双方の垣根も曖昧になってきています。

2021年にクラウドファンディングサイトでCOBITSUというプロダクトが登場しました。檜(ひのき)のおひつでご飯を冷凍保存できるものです。また、今年には能を家で楽しむことができる「お家能」というプロダクトも発表されました。これらのアナログなプロダクトをデザインしているのはデジタル業界で活躍するUI/UXデザイナーの南地秀哉さんです。今回はこの2つのプロダクトを通じて、南地さんが感じたプロダクトデザインにおけるデジタルとアナログのアプローチの違いや、双方を手掛けた中での気づきを聞いてみました。

デジタルデザイナーが副業として始めたクラファン「COBITSU」と「お家能」

── まずは自己紹介をお願いします。

南地:南地秀哉と申します。UXデザイナーとして、家庭用ロボットの「LOVOT」を作っているロボットベンチャー、GROOVE X株式会社に所属しています。普段はLOVOTと連携するスマホアプリのUI・UXデザインをしています。

東京大学の精密工学科を卒業後、武蔵野美術大学大学院の工芸・工業デザインコースでモノのデザインを勉強し、東芝のデザインセンターへ就職しました。新卒の自分が配属されましたのは新設のUX部署で、テレビと連携するリモコンアプリやウェアラブルデバイス関係のプロダクトデザインを中心に、地道なUIデザインから社会インフラの関係まで幅広くやってきました。そんな経験を経て、現職のGROOVE Xに入社したんです。

そのサイドで、個人プロジェクトとして「COBITSU」「お家能」をクラウドファンディングで始めました。

── そのふたつのプロジェクトについてお聞かせください。まずはCOBITSUはどんなものですか?

南地:COBITSUは檜でできた枡のおひつなんですが、ただの容器ではなく、炊いたご飯を冷凍保存できるものです。食べるときに容器のまま電子レンジで温めるんですが、檜の調湿効果がちょうど良く湿度を調整してくれて、炊き立てのご飯のようによみがえるんです。しかも、ちょっと檜の良い香りがするのもポイントです。枡のまま食卓に出したり、お弁当箱として使ったりできる見た目にデザインしています。忙しいときでも、炊き立てのご飯とはまた一味違う贅沢な体験ができるプロダクトです。

COBITSUはありがたいことに各所でフィーチャーしていただき、販売数は累計13,000個を越えました。

COBITSUについて(南地さんのNote)

──「お家能」はどんなプロダクトですか?

南地:お家能(おうちのう)は、家で能を気楽に楽しんで癒されてもらいたい思いで作った、能のストリーミング配信と、枡にお酒かお茶をセットにしてお届けするサービスです。枡は、能舞台に描かれている松を模した絵柄を内側にあしらった特注のものです。

ただ能の映像を配信するだけではなく、能にあまり慣れ親しんでない方もカジュアルに楽しめるように色々な側面で工夫しました。まず、宝生会さん独自の「夜能(やのう)」という上演スタイルを映像化したものをストリーミング配信に採用しています。声優の森久保さんが朗読するストーリーの現代語訳を聞いた後に本編が始まるので、どんな人物が登場して何が起きるのかが分かった上で鑑賞できます。言っていることがなんとなく聞き取れると「あ、今こんな話をしているんだ」とわかるので、初めて見る人でも理解しやすいようになっています。

また、能の楽しみのひとつとして、能楽堂という特別な場所で鑑賞することもあると思います。それに近い体験をどうにか演出するために、能の舞台を模した「檜舞台枡」を手にとって、能を見る気持ちを整えるきっかけになればと考えました。枡は能の舞台と同じ檜でできているので、現地に行ったような非日常感を臭覚や触覚など五感で感じて欲しいです。能と枡を通じて風流を体験し、とことんリラックスしていただきたいですね。

お家能:クラウドファンディングページ

観劇中に寝落ちしたことでできた「お家能」

── 普段はデジタルのデザインをされている南地さんですが、今回はどうして伝統的かつアナログなプロダクトを開発されたのでしょうか?

南地:学生時代からアナログなプロダクトデザインには挑戦したいと考えていたんですが、それまではなかなか縁がなかったんです。それを知っていた学生時代の友人が、「AICHI DESIGN VISION」という取り組みを紹介してくれました。中部地方でものづくりをしている企業とデザイナーが組んで新商品開発をする、というプロジェクトなんですが、友人がアドバイザーをやっていてつないでくれました。今回タッグを組んだ大橋量器さんは枡を制作販売している会社です。自分は商品になるプロダクトデザインは初めてでしたが、BtoC領域にも展開しているので、協力して製品を作るイメージが湧きました。最初にコラボして作ったのがCOBITSUです。

「お家能」は、過去に一緒にお仕事をしたシテ方宝生流宗家にCOBITSUの紹介をした際に、コロナ禍の能楽業界の状況を伺ったのがきっかけです。その方はいち早くストリーミング配信を取り入れるなど革新的な動きをしていたのですが、なかなか視聴者が増えないという課題を抱えていました。僕は「酒を飲みながら家で能を見れたら最高だけどな……」と思っていて、ちょうど枡を作れる大橋量器さんとご一緒したところだったので、「枡でお酒を飲みながら家でゆっくりと能を見るってすごく風流じゃないですか?」と話してみました。そこから三者でやってみようとなったんです。

── 南地さんはもともと和のカルチャーや能楽に興味があったんですか?

南地:自分は20代のときに仕事の関係で能に関わることがあって、そのときに招待していただき初めて見に行きました。気構えて行く場所だと思っていたんですが、失礼ながら観劇中にうとうとしてしまって……。それを正直に話したら「能はα波が出ると言われていて、リラックスできるものなんです。眠くなるのが自然ですよ」と言っていただけて、見る目が変わりました。気楽に楽しめる日本のエンターテイメントでもあるんですよね。

なので、その「癒やし」の部分を活かして企画を考えました。純粋に癒しの道具として使ってみるとどうなるんだろうというのが、今回の試行的な実験に繋がっています。言ってしまえば「寝落ちしてもいい能」だと思って作っています。家で見るからこそ、気兼ねなく自由な楽しみ方ができますよね。何度か見ているうちに、理解度や捉え方も変わってくると思います。自分の場合、結婚して親になって、といった人生のライフステージによって共感の仕方が変わりました。その時々によって感じ方が変わるのも、能の面白いところだと思います。

── 寝てもいい、と聞くととたんにハードルが下がった気がします。どこまでカジュアルにできるか、宗家や能楽師サイドと意見が食い違うところはないですか?

南地:今回ご一緒した宝生さんは普段から若い人たちにも能をうまく伝えられるように取り組んでるので、やりやすかったです。能の曲に関しても、噛み砕いて現代風に説明してくれて、例えば「土蜘」という曲を現代的に説明する際に「今でいうエクソシストに近いものです」と興味をそそる説明をしてくれたのが印象深かったです。新しいことに対して抵抗感がなく、歓迎してくれました。

職人技をスクラム的に考えたときにわかったこと

── 普段デジタルをデザインしている身として、アナログのプロダクトづくりにはどのような違いを感じますか?なにか苦労や発見はありましたか?

南地:まずデジタルと違って戸惑ったのは、香りの概念でした。デジタルは基本的に人間が作り出した環境の上で「大体こんなことが出来るだろう」っていう前提の上で作るものを決めてるから、どうデザインしてもそんなに踏み外すことってないじゃないですか。それに対して、枡の檜の香りはどこまでコントロールできるか本当に最後まで分からなくて、ヒヤヒヤしました。ひたすら実験をして、COBITSUは運良く落とし所がみつかったから良かったんですが、そこで行き詰まることもあるんだろうなと思います。

電子レンジで実験

もうひとつ大変だったのは、コストの見積もりです。最初、「こういう人がこれくらいの価格帯なら買うだろう」と想定があったんですが、びっくりするぐらい外れました。職人が手作業で作るところが多いので、コスト的にどこまで職人さんの作業が増えても良いのかは、アウトオブコントロールに感じた部分です。

── 工芸の職人さん=心意気で引き受けちゃう、といったイメージがあります。工数の考え方がデジタルプロダクトと違いそうですね。

南地:スクラムの場合、コストとクオリティが固定でスコープで調整するのですが、アナログの場合は逆にスコープ、クオリティは固定されてしまうから、これらは削れません。そうなってくるとコストだけが変動しちゃうんです。なのでクラウドファンディングでも、「この価格帯で受容されるのかどうか」といったテストマーケの意味合いも込めていました。本当にどれくらい売れるか全然分からない状態でしたね。

手作業が多い枡作り まさに職人技

── UXデザインのスキルや知見が活かせた部分はありましたか?

南地:僕はデジタルの作り方しか知らないので、頭の中ではスクラムのフレームワークを応用したつもりでやっていました。最終ゴールは見据えつつも、そこに至るまでの課題をできるだけ洗い出しておいて、それを優先度が高い順にこなしていき、軌道修正しながらイテレーションを回していって積み重ねる……といったデジタルと基本的には変わらないフローです。

ユーザー層がはっきりしなかったので、とりあえず仮想ユーザーとして身近にいる数人に試してもらって、そこからの声を出来るだけ吸い上げて反映していきました。

ユーザーテスト的なことだと、実際に食べてもらうのが一番大きかったです。最初はふたつの案があって、ひとつはご飯を自分で入れて冷凍するタッパー的な使い方、もうひとつはもっと安価に提供できる木製の使い捨て容器にレンチンできるご飯を入れて「パックごはん」にする形です。プラスチックを廃棄するよりも環境に優しいですし、使い終わったあと炭にしてみる実験もやるなど、結構本気で考えていました。

でも冷静に考えると、自分でご飯を炊かない方はそもそもおかずを用意しないということがユーザーテストからわかったんです。だったら、自分で炊いてる人の方が可能性があると思って、リユーザブルな容器に決定しました。

デジタル・アナログ問わず、自分なりのやり方でデザインをする

── 物理プロダクトの開発は挑戦の連続だったと思うのですが、やってみて一番の学びになったことはなんでしたか?

南地:やってみて思ったのは、結局デジタルでデザインしてる人も何かを作る人という括りで見ると、本来は何を作ってもいいんですよね。だから多くのデザイナーがデジタルの世界に囚われずに実際のプロダクトに挑戦してみたら、すごく面白いものがどんどん出てきそうだなと思いました。そこで自分が経験したような苦労や通用しない部分もあるとは思いますが、通用する部分の方があるのではないかと思うんです。画面の中だけじゃなく、「こういう体験を実現したい」と思うことにコミットして、垣根無く作っていくと世の中もっと面白くなっていくんじゃないかと思います。

やっぱりUXやUIデザインって画面の中に閉じこもってしまいがちじゃないですか。もう少し視野を広げて「その人の周りはどうなっているんだろう」と意識すると、自然に広がると思います。

── アナログでの開発もやってみると意外とできたんですね。デジタルデザイナーはなんとなくアナログと距離を置いている人もいると思います。

南地:そうですね。そのひとつに「絵を描くのが苦手」という意識からそう考える人が多いと思います。プロダクトデザイナーの方はまず完成図をスケッチしてから作ると思うんですが、僕はいきなりCADで描いてたりします(笑)。僕は美大を出ていますが、大学院からなので絵を描かないままここまで来てしまって、絵が得意ではないんです……。

まさに「逃げるは恥だが役に立つ」ではないですが、そんなものづくりを半分は誇りに思っています。この時代、ツールがあればデッサンが絶望的でも、自分なりのやり方でデザインができる。デザインの方法に「なにが正しいか」というのはないので。自分がやりやすい方法でやればいいんです。なんならSketchやFigmaとかでもできると思います。

COBITSUのモデリング

デジタルやUXの思考を持って「人をどう喜ばすか」にコミットしてる人が、デジタル、アナログを問わずにものづくりをすると世の中はもっともっと面白くなるんだろうな、と思います。

── 失敗したことはありましたか?

南地:どちらもローンチしてからの方が失敗が多いですね。

COBITSUの方は、初速が思った以上に速くて、2日目ぐらいでもう売り切れてしまって、せっかくの勢いを失いそうになっていました。当初の見込みでは生産量も無理せずにゆっくり増やしていって、数回に分けてリターンを追加したかったんですが、サイトの規約でそれができなかったんです。

それから急いで増産体制を整えることになりました。工場の方の意思決定も早く、すぐに在庫は復帰できて、結果オーライではありましたがあのときはヒヤヒヤしましたね。

本業では在庫という概念を気にしたことがなく、生産量がなかなか予測できなかったです。これはリアルのプロダクトならではのしんどさなのかなと。Webサービスだとサーバーを増強するといった話に近いのかもしれないですね。

── お家能でもハプニングはありましたか?

南地:お家能では、ブランディング、マーケティング的なところでの伝え方が難しかったです。能ってただでさえとっつきにくいので端的に伝えたかったのですが、思ってたよりやっぱりまだ難しく伝わってたかな、と思っています。途中の段階で周りの人にフィードバックをもらって、できるだけ噛み砕くようにしてたんですが。キービジュアルの差し替えやメディアへのアプローチなど、ローンチ後により魅力が伝わるようにする試行錯誤も含めて楽しみました。

今の段階で最初の座組ができたところなので、ここから育てていこうと考えています。まずはクラウドファンディングしかやっていないので、ここから海外展開など、違う方向により精度を高めていくこともアリなんじゃないかと。

伝統を敬いつつもひっくり返す

── 伝統文化を扱うにあたって、難しかったことはありますか?

南地:リリースするまでネガティブなフィードバックがあるかもしれないと心配だったんですが、意外と炎上することはなくやれました。例えば、枡に檜舞台の絵柄を入れることに対して「神聖な舞台に酒を入れて口をつけるなんて……」と叩かれるかも、と心配したんですが、「檜舞台を模した」と表現することによって回避しました。

檜舞台枡

あと、PV撮影のときに舞台に上がらせてもらったんですが、あの舞台って床板だけでも数億円くらいするそうなんです。普通の靴下や素足では上がってはだめで、足袋を履かなきゃいけないんですね。三脚もそのまま置くのはNGなので、毛氈(もうせん)を敷いた上に置いていました。檜はやわらかい木なので、すごく大事にされていて。そういうのも相まって神聖な場所になっているんだろうと思いました。

── 事情をよく知らないと、何がタブーなラインかもわからないですね。

南地:どこら辺まではタブーなんだろうと掘っていくのは、意外と楽しいプロセスでした。僕は文献を読んだり調べたりするのが苦手なタイプなので、コミュニケーションでなんとか探っていきました。一回地雷を踏んでみて、確認していくスタイルです。

COBITSUの誕生もそこからです。普通、木製のものを電子レンジで使っちゃだめというのが一般的な認識だと思います。それを逆手に取って「だめなことからやってみよう」と思い、やってみたら案外良くてそのまま製品化に繋がりました。

知識があるからこそバイアスで避けてしまい、その結果生まれてこないものもあるので、新しいものを作るときはあえて死なない範囲で地雷を踏むっていうのは大事だなと思っています。

―― 南地さん、ありがとうございました!

取材協力

COBITSU : https://www.makuake.com/project/cobitsu/

お家能 : https://www.makuake.com/project/ouchi_nou/

南地さんのnote : https://note.com/minajimi

大橋量器:https://www.masukoubou.jp/

能LIFE Online:https://nohlife.myshopify.com/

宝生会:http://www.hosho.or.jp/

Written By

野島 あり紗

Specrum Tokyoの編集部員。マサチューセッツ美術大学を卒業後、ゲーム系制作会社やデザイナー向け人材サービスのスタートアップに従事し、2021年に独立。デザイン界隈のフリーランスとして現在は各種デザイナーの採用、執筆編集などを行う。好きなものはラジオと猫。

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